実戦試験道中 三
学院の門を抜けた先は緩やかな起伏の多い草原でその奥には森が見え、その丘の隙間を縫うよう蛇行して踏み固められた一本道があるだけだった。
コンクリートの地面や建物が今まで見る風景だったので、比べなくとも初めて見るというもの珍しくはある。
しかし試験の時間から想像するに、これからは気の休まらない屋外での歩き通しが多いだろうと考えられ、それは自由な散歩しかやってこなかった自分には、歩くのを迫られたこの状況は足を進める前から億劫な気分になっていた。
それに、外に出てきて森を確認してから分かったことだがどうやら多くの生物が住んでいるようで、姿は見せなくとも木の影の方から臭い獣の臭いが漂っている。
強い奴との喧嘩何てしたことも無いので、さっきにマルコスから聞いた魔術が形になる前に襲われるのはごめんだ。
かち合う前に早く忠告するかと、出発の号令をかけた癖に道が分からず地図とにらめっこしているマルコスとローズマリーの二人を見上げる。
「ニャウ、ナー?(マルコス、道は分かったのか?)」
「うん、だいたい分かったよ。前に用があって通った道が途中まで使えるからそこが終わるまでには纏まるでしょ」
「はい?それなら早く……」
ローズマリーさんが何か言いかけたが森の方が心配なので割り込む。
「ニャーォ。ニャー(それは良かったよ。しかし森の方が臭くてたまらないな)」
「もう見られてるのか……でもそれなら大丈夫。どうせ襲って来ないし。襲われてもその位僕一人でも余裕だよ」
マルコスはあははと笑い、まだ地図を見ていたローズマリーを無視して荷物として受け取っていた背嚢にしまうと先頭に立って歩き出した。
ローズマリーはぞんざいな扱いに目付きを鋭くしたものの、マルコスのことだからと思ったらしく一息入れて歩き出した。
離れて見ていた二人も無言でついて来る。あの二人には大きな確執があるので負担が増えないように仲裁役になるつもり何だろう。
軽装にローブ、不釣り合いな背嚢の格好をした男女四人と黒猫一匹はようやくして道なりに進み始めた。
全員が全員盛り上げる性格では無かったので、ひたすら無言でマルコスの後ろを歩くこととなり、俺は教えられた魔術のブレイドについてずっと考えていた。
森の獣に関してもマルコスのいうように森から飛び出すことは無く、しばらくは俺にはきつく感じる臭いと見られているせいの少しの緊張感があったが、森から離れだして直ぐにそれも無くなっている。
不快だろうが刺激となる感覚が無くなり、本当にひま過ぎて苦し紛れにブレイドのことを考えていたが、そろそろなにか無いと我慢の限界が来ていた。
ブレイドを詳しく聞いてみるか?と魔力をこね繰り回していると、マルコスの方から声かけてくる。
「ラオ、魔力を操作して遊んでいるけど魔術のやり方でも考えてるの?」
マルコスから見れば俺のしていた魔力の操作は遊びでしか無いらしいが、丁度よく魔術の話をしてきたのは素直にありがたい。
「ニャ、ニャーゴ(そうだ、とっかかりすらつかめない)」
「そういえば説明もほとんど受けて無いようなものだったね。しばらく道なりで暇だから詳しく説明しとこうかな」
マルコスが丁寧で軽薄な語り口で喋りだしたが、そこまで言うとローズマリーさんも話に加わる。
「あら、ラオフェンに魔術を教えているのですか?魔術のことは何も知らない様子なので早いようですけど、それで何の魔術を?」
「自衛と対話目的でブレイドとボイスだね。ブーストが最初だけど教えた側から出来てたよ」
マルコスは一々ローズマリーさんのことを気にしてるのか、俺のことなのに言葉の端々から自慢気な意識が読み取れる言い方をする。
そんなマルコスの相手をするローズマリーさんは、話し方程度なら慣れているのか動じない。
「ラオフェンは魔術師として有望なんですね。でもブレイドの魔術を使うなら属性を乗せないとやりづらいと思いますよ。」
「ニャ?(魔術に属性ってなんだ?)」
受けていない説明にマルコスの方を見る。
そのマルコスはローズマリーの言葉に不満だという顔をしていた。
「それをこれから説明するよ。初めて説明されても分かりにくいけど、魔術と属性の関係は魔力によって結びついていてね。ラオの属性は昨日聞こえてた通りその属性は普段のラオが使わなくても持っているもので、それは属性に触れたときの感覚を知ればいつでも使うことが出来るんだよ。そして、属性は魔力を何か形つける時に手助けになるから知っておくと便利になるね」
「ニャウ、ニャァ(じゃあ、俺の属性の感覚を教えてくれ)」
つまり、属性の感覚さえ知ればブレイドがやり易くなるってことだろう。それ以外の魔術でも同じなら早めに知っておくと良いじゃないか。
「でもね、属性の話をするには大きく二つの問題があるんだよ。まず属性には相性があって属性で得意不得意な魔術や属性がばれること。次に属性は個人の性格に影響を与えるのでおおざっぱな性格がばれること。これは戦うとなったら不利だからね。信頼した相手の前でしか話してられないよ」
「ニャーオニャーァ(属性は魔力にも性格にも影響があるのか)」
便利だが相性や性格に影響というのが不便にもなるのか。
どうやら属性は難しいようだが今の俺には関係無い話だから、常識としてはということなんだろう。
「ニャー。ニャーォ(ばれるのが危険なのは分かったよ。俺の属性を教えてくれ)」
「教えるけど今は一つだけだよ。他は使うことが危ないから。それでラオに教えるのは風の属性だよ。属性は自由だけど常に何処にでもあって、魔力に属性を乗せるなら魔力を風にしようと意識するだけで良いよ。ブレイドなら風切りの音とか強風を固めたものだとかなんてよく教えされるね」
なるほど。属性はそのまま意識すれば魔力は属性を持つのか。
属性の説明から小難しいことを言われるかと思ったが徒労だったな。
思ったより簡単な方法なので、さっそく魔力が風の属性になるように今度は風を思い出しながら魔力を動かしていると、不意にグレタさんが近寄って話しかけてきた。
「ラオフェンくんは魔術を知らないようだけど飲み込みが早いのね。それに額の宝石も変わってるわ。とても安定しているのに優遇される属性があるのはどういうことなのかしら?」
グレタさんはじっとこちらを見て話しかけてはいたが、それは俺では無くて宝石を観察しているようだった。
正しく美人の部類だろうが、灰色の瞳でじろりじろりと見られているのに、俺のことは見られていないという感覚は正直気持ちが悪い。
ほとんど合わさっていなかった目線を外して、マルコスに寄り添ってグレタさんから離れるが、グレタさんはその気持ちを見透かしたのか気にしていないのか今度はマルコスに話し掛ける。
「確か名前はマルコス・グレタフくんでしたよね。苗字に私の名前が隠れていて不思議な気分だし、マルコスくんと呼んでも良いですか?後、よろしければあの宝石のことも何か知っていたら教えて貰いたいのですけど」
想像はついていたがこの宝石に興味があるらしい。
ことの進め方からこれほど腹黒さを向けたやり方も無いし、それを覆い隠そうともせずに極めて自然体でやっているように見える辺り、計算付くで豪胆なのか元から本当に自然体なのか。
どちらにしろ、欲望に忠実なのか裏があるのかごまかしきっているのにごまかしているのは分かりやすくて、それも知るのか知らないのかごまかしているが他人の評価を気にしないタイプだと判断出来る。
出発した時には静かにしていたが、実際には虎視眈々と狙う獣だったようだ。
「あはは、よろしくお願いしますねグレタさん。その宝石なら僕が作って余らせた賢者の石の一つですよ。属性がおかしいのは今気づきました。良ければグレタさんの考えをお聞きしても?」
だが、馬鹿正直で自分勝手が基本のマルコスは自分が痛くなければ気にしないようで動揺はしていない。
意外とこの二人は似ていて拮抗し合うタイプの気がする。
他人の目を気にしなくて利己のために頭が働いている部分で共通いている。
「まあ!?あの賢者の石を使っていらっしゃったんですか。でも賢者の石にも四つあったと記憶していますがどの賢者の石をお使いになられたのでしょう?」
この宝石が賢者の石というのを聞いてグレタさんは驚いていたが、後ろにいるローズマリーさんの方が驚いていた。
話の邪魔をしないようにと飛び出しかけたローズマリーさんをロデリックが後ろから抑え込んだことで、不審に思われる体勢になって一悶着起こったように見えたが関係の無いことだ。
「それなら一番単純なアニマの賢者の石ですね。最近良い材料があったんでついでに作ったんですよ」
「マルコスくんっ!まさか魔物だとしても生者の魂を使うなんて恐ろしいことではないですか!」
意味は知らないがアニマの言葉に反応してローズマリーさんが口を挟む。
阻んでいた筈のロデリックも信じられないといった顔をしていた。
反対にグレタさんとマルコスの二人は冷静で、当のマルコスに至ってはやれやれと呆れたような顔までしている。
「二人とも、そんなに怒らないでよ。相手はアンデッドだ。むしろアニマとして浄化する作業が大変だった位さ。それに魔物と人は魂も肉体もその重さと関係性は変わらない。最初の基礎の時に常識は捨てろと学んだはずだよ」
マルコスは完全に喧嘩の前兆を告げるように吐き捨てた。
ローズマリーは最後のその言葉を聞いて納得しないと云わんばかりに顔を歪めていたが何も言わす、ロデリックはアンデッドという所で胸を撫で下ろしていた。
ローズマリーはかなり健全で潔白な常識の持ち主で、ロデリックは道徳心込みで半々、冷静はグレタさんとマルコスは価値という考えが希薄で犠牲をいとわないのか。
この一瞬のうちで四人の価値観がはっきりと別れる反応だった。
苦しい空気に仲介役としてロデリックが口を開く。
「ローズマリーさんも納得しろとは言いませんので、そろそろマルコスの言い分を流せるようになりましょう。マルコスもその考えが合わないのは分かっているんだ。押し付けるのはやめにしないか」
勇気ある行動だがこれで仲介になっているだろうか?状況の重さが分からないと第三者の割り込みに感じる。
しかし、ローズマリーさんは更に起こり出すということは無く、むしろだんだんと怒りが収まっているようで、再び空気が悪くなる前に喋った。
「マルコスくんはいつも魔術師らしい意見が出来てうらやましいです。やはりいつか決着をつけるための話し合いが必要だと思います。今度お誘いしますので予定は開けておいて下さいね……」
空気は意見の対立的で凍りついたものと思っていたが、実のところはローズマリーさんの一人相撲か。
今の言葉でローズマリーさんも感情を飲み込んで元のように少し離れて、それに合わせて戻ってきた空気と同時にグレタさんも再び話を振ってくる。
「では、ラオフェンくんの額にある宝石はアニマの賢者の石ということでよろしいのですね。それだとなぜ何かの属性が優遇されるのか最も分からなくなるのですが……さすがにラオフェンくんの属性までは教えられないですものね」
名残惜しそうな切り方で話を振っていたが、マルコスには通用しないと思っているようで目線は俺の額の方にある。
「属性は教えられないですね。だけどラオに事情がありそうなのは昨日分かっていて、フェリシー先生と話し合って調べてもらうことにしてあるんで何か分かれば伝えましょうか?」
面倒だと言いたいらしくマルコスには珍しく疑問で終わる言い方をする。
そもそも丁寧な喋り方も珍しいはずなんだが、グレタさんの前だと当然と思えるオーラがあるから不思議だ。
「それは、是非お願いします。事前に分かりそうな時にその旨を伝えて貰えれば私のほうからお伺いさせて頂きます。その時はよろしくお願いしますね」
「えぇーっ、じゃあその時になったら伝えますね。じゃあラオ、とりあえずはブレイドが使えるようになったらボイスに挑戦しようか」
「ニャ(ああそれが良いな)」
いきなりやることが増えても困るだけだしな。時間がかかるなら一つずつがいいか。
全員がまた無言になったが、俺はブレイドを使うために風の刃を空想しながら歩んでいた。
又しばらく歩き日の光は真上にある。
目の前に何度目かの二股の道が近づき、マルコスが声をあげる。
「皆、あそこの二股の所から地図を確認したいから一回昼食にしようか」
「そうだな。地図確認なら早いだろうから良いと思うぞ」
「よしっ決まりだね。皆急ごうよ」
ロデリックの賛成を聞いて提案したマルコスが喜こび勇んで駆け出す。
「マルコスは変わらないな。そうだ、誰か聖水は持っているか。俺の荷物の中には無かったから他の背嚢にあると良いんだが」
ローズマリーさんとグレタさんが動く前にマルコスが動き、地面に液体を少し垂らしているのが見えた。それが聖水だろう。
「それなら僕が持ってきた分があるよー」
そして聖水を懐にしまうと、その中から本来なら入らないのように見える敷物を引っ張り出して座る場所まで取る。
「本当に色々持ってきたようだな。一体どこにどれだけ隠しているのか分からない」
ロデリックの言葉には喜びと困惑が混在していたが、三人ともゆっくり出来ることを歓迎しているのがわかる。
マルコスの準備のお陰で安心して昼食を済ませ、改めて地図を確認するとその場を後にした。




