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猫又旅   作者: 老猫
11/32

実戦試験道中 二

 マルコスの話を聞き流していると、いつの間にかフェリシー先生の部屋に着いていた。


コンッコンッコンッ

 ロデリックがなにも言わずに先に立って扉をノックする。


「どーぞー」

扉の向こうからフェリシー先生の声が聞こえたのを確認して扉が開かれる。

 部屋にはフェリシー先生以外に銀髪のオールバックで四、五十代位のイケメンおっさんと禿頭髭もじゃに眼鏡をつけた中背のおじさん、猫背で本に没頭する金髪ロングの何か異様な若い美女がいた。


 先生はそれぞれ銀髪イケメンのおっさんと禿頭髭もじゃ眼鏡のおじさんはカードゲーム、金髪ロングの若い美女は一人離れて読書をして、フェリシー先生の机には髪があって人の顔のような下手な落書きがおいてあるという、四者四様だが先生の部屋とは思えない場だ。


「失礼します。錬金術師科のロデリック・ハンドです。実戦試験のことについてに用があり参りました」


 このおかしな空間を前にして、ロデリックは努めてしっかりとした硬い口調で言葉を紡ぐと、フェリシー先生だけが更に近寄って手招きしながら話しを始める。


「おう、入っていいぞ。しかしお前の時は堅っ苦しくて息がつまる。もう少し柔らかい感じにならないのか」


「いえ、先生方ですので。まだ相手のお二方は来ていないようですね」


「当たり前だ。予定より早く来たらそうなるだろうよ。お前らのことは予想はしてたけどな。あと二人が来るまで暇だろうし早く座れ」


「はい、失礼します。わたしはお茶を入れましょうか?」


「ああ、頼もうか。後ろの二人はさっさと奥の椅子に座ってくれ。いつまでも扉を開けっ放しにするつもりは無いぞ」


「ニャーォ(失礼します)」


「あはは、失礼します」

マルコスが最後に入り、一つ乾いた笑いをして扉を閉めた。





 三人の先生はこちらには見向きも何もしておらず、相変わらず礼儀に興味の無いマルコスは挨拶もなく、険しい顔の金髪おっさんと静かな髭もじゃの先生二人とは背中合わせの椅子に座って、お茶と二人を待ちながら少し話すことにした。


「ニャーゴニャーォ?(しかし実戦試験は難しいものなのか?)」


「それはどうだろう?僕にとっては余裕はあるけど、ラオが何かするつもりなら絶対つらいと思うかな」


「ニャーア。ナーォ?(基準は知らないが大変なのか。何か手段は無いのか?)」


 ついていくだけで役割が無いのはまだ良いが、最低限の自衛が出来る手段は何か欲しいな。


「そうだなぁ……ラオに出来るだけ簡単な魔術を教えておこうかな。どうしても少しは危険だけどとっても面白いよ」


「ニャ。ニャーオニャー?(魔術か。そうだな召喚以外には何があるんだ?)」


「興味あるでしょ。かなり簡単な魔術なんだけど、でもまずラオは力の流れって感じたことある?」


「ニャウ(何度か)」

 確かに力の流れに当てはまるものは召喚の時と検査の時で経験したが、あれが何になるんだろうか。


「それは良かった。最初につまってたら基礎の基礎も教えられないからどうしようと思ったよ。それで、その力の流れは魔力と言うんだけど、ラオは頭の宝石を探るように集中したらその流れの渦かあったりしない?」


 そうか、今まで感じていた力の流れは魔力とついていたのか。

 正体不明の何かじゃなくて安心した。


「ニャウ、ナー……(そうだな、少し待てよ……)」

 マルコスの言う通りに宝石を探るように集中してみると、額からじわりと視界が冴え渡るような感覚が広がり、宝石から強い流れの渦を感じた。

 しかも、渦の流れから自分の体にある弱い流れに巡って全身に繋がっている木の枝のように外向きに伸び、所々に瘤のようの強い流れの塊があるのを感じ取れた。


「ニャーゴ。ニャーアーナー(ああ全身から見つかった。今までは気づかなかったのに今はしっかり分かる)」


 分かったことを伝えると、マルコスは意外そうな驚いた顔をして少し口をパクパクさせていた。




「どうした、マルコス。いつか見たが腹から剣が生えてきたオークとおんなじ顔をしているぞ」

 フェリシー先生とロデリックがお茶とお菓子を用意して、いつの間にか他の先生に配り終え、フェリシー先生のオークが分からない冗談でマルコスが教えてくれた。


「あっ、はい。すみません。ラオその言葉は真実なら、僕が知る中で魔力に開花するまでが最速になるよ。まさか一気に全部を把握出来るなんて凄いけど変だよね」


 実は凄いことだったと聞こえるが、何か誉めながらも含みがある気がする。


「どうやら、わたし達が茶を入れてる間にラオフェンが魔力に開花したようだが……それは無茶苦茶早いな!もっと真剣に調査する必要がありそうだな」


「本当にそれは凄いな。だが、いくら何でもきっかけはあるはずだ。ラオフェン、魔力を知る上で何が重要なものはあったはずだか?」


「ニャァーア。ナーゥニャウ(経験が少ない分大きいものがあるぞ。額の宝石と召喚の時の引っ張られた経験だな)」


 詰め寄り気味な二人の期待に応えて教えてやると、周りの先生も見てないが動きが緩慢でこっちに聞き耳を立てているのがはっきり分かる。

 急な気迫に圧されてか、おずおずとマルコスが通訳をする。


「えっと……召喚時の強力な魔力のパスと契約具に使った賢者の石だそうですね」


「ふーん、あの馬鹿な使い方をした賢者の石以外は特におかしさは感じないな。他に何か……」


 フェリシー先生が冷静に受け答えてから追及しようとすると、ついにそわそわしていた銀髪おっさんが立ち上がり会話に割り込んできた。


「おいおいおい!?賢者の石ってのはおかしいだろうが!マルコスは錬金術師の叡知の結晶を何してくれてんの。賢者の石がザクザクだからって調子に乗ってんのかぁ!それでどれだけの患者が助かると思ってんだ有り余ってんなら俺に分けてくれよお!!」


「嫌です!」


 マルコスは笑顔で端的に断る。


「ガァァアアアアアッッ!!クソッッタレがぁ!!!!」


 マルコスのおふざけで銀髪おっさんがぶちギレて我を失ったふりをして襲いかかる。


「まぁまぁ落ち着いて下さいエラディオ先生。まず学生に集るのはどうなんですか」


 飛びかかろうとした直前に、髭もじゃ眼鏡のおじさんが銀髪おっさんを押さえつけ、低く鈍い声でいさめる。

 銀髪おっさんは抵抗してもぞもぞ動いていたが、諦め気が済んだのかピタッと暴れるのを止めた。


「ハァァァーーッ……マジで馬鹿にした真似をしやがって。ゴック……あー、もう一杯くれ」

銀髪おっさんは髭もじゃ眼鏡のおっさんと席に戻ると、一気にお茶を飲み干しておかわりを要求する。


「エラディオ先生、医療魔術科が年中金欠だからといっても学生から奪い取るなんてことはしないでくれよ?ついでに、マルコスは今からの実戦訓練の為に装備を固めている。下手に暴れられるのは迷惑だ」


 フェリシー先生が釘を刺しながらお茶を入れるが、エラディオという名前の銀髪おっさんは平然として髭もじゃ眼鏡のおじさんに話しかける。


「ここは常識はずれな奴が多いから慣れん。邪魔したな。インジフ先生、ゲームの続きとしましょう」


 髭もじゃ眼鏡のおじさんはインジフというらしい。

 インジフ先生も特に代わりにこたえたと様子も無く、席に戻りながらエラディオ先生に返事をする。


「えぇ、そうしましょうか。マルコス・グレタフくんのことは良いものも悪いものよく噂を耳にします。フェリシー先生の苦労を増やすのは誉められたことではないですから」


 二人ともは散らばったカード集め、集中して二人でゲームを始めていた。



「ニャーオ(あの二人の男は誰だったんだ?)」

 マルコスに怒ったふりをして盗みを働こうとした銀髪おっさんとそれを止めた髭もじゃ眼鏡のおっさんは、どちらも先生のようだが関係がわからなかった。


「あの二人は銀髪の方が医療魔術科のエラディオ先生で眼鏡の先生が精霊術科のインジフ先生だね。エラディオ先生は朝以外は忙しくて、インジフ先生は今日の相手の一人が精霊術科の人がいるから」


 マルコスは声をひそめずに話すが、背中合わせの先生二人はゲームに熱中して気づいたようすは無い。


「マルコスはいつもながらエラディオ先生への態度が冷たいな。もう少し敬うことは出来ないのか」


「あはは、入学式からの因縁ですよ。それに盗みを考えたエラディオ先生が悪いと思いますが」


 どうやら喧嘩になりかけたのは前々から何かあるからなのか。マルコスの素行がよほど悪いかと勘違いするところだった。


「それよりも……マルコスはラオフェンに魔力の開花を促していたようだか、魔術でも教えるつもりなんだろう?そのうち残りの二人も来るだろうから教えるなら早い方が良いんじゃないか。こっちはこっちでゆっくりしているさ」


「それもそうですね。じゃっ、ラオ、魔力はわかったと思うから今から魔術を一つ教えるけど、扱いには気を付けてね」


「にゃ(おうわかった)」


「それじゃあ三つの魔術のやり方を教えるね。まず魔術には種類があって、その三つで今から教えるのは詠唱魔術っていうんだけど、一つはブースト、もう一つはブレイド、最後にボイスという名前で詠唱と魔力を動かすことで発動するね」


「ニャウ(俺はその詠唱とやらが出来ないと思うが)」


「それが、抜け道があってね。詠唱する魔術には完全詠唱、省略詠唱、詠唱破棄の三つがあるんだよ。ラオには難しいけど詠唱破棄をしてもらうから使えるよ」


「ニャー(どうやるんだ)」


「やり方を教える前に魔力操作が出来ない意味が無いけど、先に魔術を教えとこう。ブーストは魔力を使って体を強化する魔術、ブレイドが刃を作る魔術、ボイスが魔力に音と意思を乗せる魔術。どれも魔術には便利だけどボイスはラオには必要じゃないかな」


「ニャ(通訳がいらないのは便利か)」


「それで詠唱破棄っていうのは、本来は詠唱が魔術を発動するときの魔力の動きを誘導してくれるのを全部自分で操作することを言って、一番簡単なブーストは魔力を集めて強いと意識することだよ」


「ニャオ?(簡単そうだな?)」


「ブーストは魔力があるなら誰でも出来る初歩の簡単な魔術だから。ブレイドは少し違って魔力を体に接して外に刃のイメージ。ボイスは少し難しいけど喉に集中しながら言葉を考えて、その音を外に向けて吐き出すイメージで出来るよ。一通り教えたけどまずは額の賢者の石の魔力をほんの少しだけに身体中に巡らせることからやってみよう」


「ニャーゴ(少し待ってくれ)」


 言われた通りに一度宝石を意識し、その渦から少しだけ体の巡りで太い枝のもの方に向くよう動かす。


 魔力を意識できれば簡単なもので、渦から少量流れる魔力は全身に力をみなぎらせる。


「ナーォ(これは馬鹿げてるな)」

 それは今までの苦労が嫌みなほどに自分の実力を引き上げ、身体中に力が巡ると同時に良いような嫌なような複雑な気持ちも湧き上がってくる。


「賢者の石で楽になってるっていっても早いなぁ……それに多すぎても少なすぎても無いし。実は似たようなことを経験してたと言われたほうが納得出来るくらいだよ」


「ここまで来れば何もないとは言えんだろう。それがラオフェンの意思だろうが偶然だろうがな。それと、わたしはマルコス、お前も関わっていると思うぞ。何か隠しているなら言えるときに教えてくれよ」


「さぁ?それはどうでしょう」


 フェリシー先生はしかめっ面でこっちを見ながら、曖昧な話だとよく見せる深刻な顔でに追及するが、マルコスは変わらない微笑みではた目でも分かるほどにごまかし、逃げるよう俺を見ながら話す。


「よっしラオ、次はブレイドをやってみよう。危ないけどブーストとブレイドが使えると外でも自衛なら出来るから安心安全になるよ。改めて説明するけど体の外に向けて刃を出すだからね?」


「ニャ(わかった)」

 しかし、刃の魔力はどこから出すべきだろうか。


コンコンコンッ……ガチャ


 説明を受け、刃の位置を考えながら再び魔力の流れを意識ようとしたところで扉が叩かれ間もなく開くと、ショートの金髪で赤い瞳の中背の女性と紺色の長髪に灰色の瞳の長身の女性がいた。




 金髪で少し童顔な女性が口を開く。


「精霊術科のローズマリー・フェアマンと魔女術科のグレタ・エクです。実戦試験のことについて用があって参りました。」


 さっきのロデリックと負けず劣らずハキハキと、しかし高く柔らかさのある女性的な声色で用件を喋る。


 それに反応したのは自分たちと同じでフェリシー先生だけだが、前とは違って飲んでいたお茶を置いて手招きをしながら呼び掛けた。


「二人とも来たな。まだ時間はあるが全部揃ったんでもう出発しようか。契約書を書くから四人ともわたしの方に集まってくれ」


 呼ばれた四人が集まると、フェリシー先生は紙を一枚とナイフを七本出し、そのナイフを四人に配る。

 ふと動く気配を感じてその方向を見てみると、カードゲームをしていたインジフ先生と今まで読書をして何の反応もして無かった金髪の女性も来てナイフを取っていた。


 フェリシー先生は紙に何かを書き込むと、その紙に魔力を流してから皆に近づくように差し出して指示を出す。


「四人は先に紙に血を垂らしてくれ。インジフ先生とシャーリー先生もどうぞ」


 フェリシー先生もそう言い、最後に手に取ったナイフで指先を切って血を垂らし、全員が終えたのを確認してから先生からナイフを受けとる。


「待たせました。インジフ先生とシャーリー先生は戻られてどうぞ。そいじゃあ荷物は隣の部屋に纏めてるから行こう」


「いえいえ、仕事ですから。わたしは先に戻らせて頂きます。では後少しはお任せいたします」


 フェリシー先生は二人の先生に軽く促すと、シャーリー先生は無言でインジフ先生だけ挨拶をして部屋を出ていった。


「やることは無いし、もう面倒なんでさっさと言ってもらうぞ。四人とも急ぎめに行こうか」


 四人と俺は堂々と面倒といい放ったフェリシー先生を追いかけ、隣の部屋にあるらしい荷物を取ると、そのまま屋外に出て学院の端にある門まで本当に急ぎ足で着いた。



 ようやく止まったフェリシー先生が後ろのこちらに振り向いて話す。


「門を越えた時点で出発だ。一応確認しておくと、当たり前だが飯は足りんから現地調達すること。目的は予め教えている遺跡の文字を読んでくることだ。それと、渡したままのナイフは試験と安否確認の為にあるから無くさないようにな。じゃあいってらっしゃい」


 間違えないようにとゆっくり丁寧に確認をするが、声自体は間違い等起きないというように焦りも何もない。

 面倒というのはよほどのことだったようで、フェリシー先生は言うことだけ言うと早足で帰っていった。

 最初来たときに見た下手な絵のことを聞きたかったが諦めるか。


「えっと……僕はマルコス・グレタフと言います。錬金術師です。その黒猫が僕の使い魔でラオフェンという名前です。三人ともこれからよろしくね」

 フェリシー先生がここまで足を止めなかったので、ここでマルコスが自己紹介をする。


「えぇ、私はローズマリー・フェアマンと言います。精霊術科です。どうぞよろしく。使い魔は後で必要な時に紹介します。特にマルコスくんにはよくよく気をつけて行動して頂きたく思いますね」

 聞いていた通りにローズマリーさんはマルコスのことを知っているからこそ心配のらしく、自己紹介にまで注意を挟んでくる。


「わたしの名前はロデリック・ハンドだ。錬金術科に所属している。食料調達や料理も出来るのでこれからは色々と協力をよろしく頼む。使い魔はわたしも同じく必要な戦闘時にでも見せるとこになるのでその後に紹介しよう」

 ロデリックの自己紹介は想像通りに固いが料理が出来るとは意外だ。

 朝マルコスから聞いたが何事にも勤勉なのは本当だろう。


「それでは最後になりますが、わたしはグレタ・エクと申します。魔女術科に所属してますわ。使い魔は今は寝ておりますので起きた時に紹介しますね。毒物に詳しいので危ない植物を見分けて食料調達に貢献したいと思っております。これからよろしくお願いいたします」

 最後は見た目と所作の相まって神秘的な女性だ。だが、拭いきれない胡散臭さがある。聞いた感じてはきっと戦闘が得意なだったりするんだろう。

しかし、こうして並んでみれローズマリーさん以外の三人は身長が近い。


 どうでもいいか。


「じゃー行きましょうか!」


 マルコスの能天気な掛け声で始めての外になる実戦試験が始められた。




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