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7.悪夢払い

 僕が動かない鬼をぼんやり見つめていると、隣に気配を感じたので振り向いた。白玉さんが大きな瞳で僕と同じように見下ろしていた。白玉さん、と僕は呼んだ。


「僕はどうしたらいいのかな?今自分が何をしたいのかわからないんだ」


 白玉さんは鬼の死体を見たまま黙っている。


「この化け物の顔、僕の……中学の同級生と同じなんだ。君がここにくるまでは殺されるつもりだった」


 白玉さんは鬼に近づくと、鳴田の顔に手をあてて壁に押しつけた。


「白玉さん?鳴田をどうするつもり?あまり乱暴なことは……」


「これは夢鬼。あなたの知り合いではない」


「……わかった、任せるよ」


 確かにそうだ。彼女に言われて気づいた。これは現実の鳴田ではない。みにくい鬼だ。この鬼によって僕はこれまで悩まされてきたのだ。


 白玉さんは鬼の顔に何かを貼りつけた。気になって近づき見ると、鬼の額からおふだが垂れていた。中央に墨で絵が書かれており、そこの周りに達筆で一目では分からないような漢字の羅列が並んでいる。絵は足が4つある獣のようだ。顔の先が伸びるように突き出ている。


 白玉さんは手を合わせて聞き取れない声で何かを唱える。すると、おふだを貼られた鬼の顔が光りだし、その光が体全体に広がる。光はその強さを大きくすると、さながら掃除機のようにおふだの中に飲み込まれていった。やがて鬼をすべて飲みこんだおふだがひらひらと落ちた。


 おふだを拾いあげた白玉さんがそれを僕に突き出した。墨で書かれていた動物がさきほどの鬼のようにかすかに光っているのがわかった。


「これで終わりなの」


「終わり?」


「夢鬼は獏が食べたの」


「じゃ、もう悪夢を見なくてすむってこと?」


「……食べたの」


 白玉さんの顔が横を向く。ん?少し歯切れが悪かったような。


「もうすぐ変わるの」


 彼女の言葉に視線をおうと、ぐにゃぐにゃとまた景色が揺れて変化していこうとしているのが分かる。足場も揺れだす。またたく間に、最初に鬼と出会った草原になった。空から鳴る笛もそのままだ。と、そこで気づいた。さっきまでは全くこの笛の音は聞こえてなかった。


「この笛の音って……」


「ユリなの」


「ユリって、ユリちゃんのこと?」


「オカリナなの」


「……え?この笛は、ユリちゃんがオカリナを鳴らしてるってこと?」


 もしそうなら、ユリちゃん何してるんだ?いや、白玉さんが知ってるということは彼女が指示したことなのだろうか?というよりなんで僕の夢の中に白玉さんがいるのか。あの消えた弓や今も持ってる刀とか鬼をすいとったおふだとか何一つ全く分かってない。


「帰るの」


「え?」


 白玉さんは目の前の空間をつかむようなしぐさをみせると、その手を捻った。すると、その空間から音がたち、扉のように開いた。空間の扉の向こう側からには漆黒が広がっていた。光の一切ない穴のように思えた。


 すると、白玉さんはなんの躊躇もなくその扉へ入っていった。


「ちょっと、白玉さん待って。他にも聞きたいことが──」


 あわてて彼女のあとを追うように勝手に閉まろうとする扉に手をかけてがっとひらいて、中に飛びこんだ。





 目が覚めた僕が見たのは見覚えのない天井で、起き上がって少しびっくりしたが、そういえば白玉さんの部屋に泊まらせてもらっていたことを思い出して冷静になる。そして気づく。


 胸が痛い。胸に手をあてたが何ともない。むかむかするというわけでもない。むしろ胸の中に詰まったものが取れてすっきりした気持ちだ。でも痛む。実は元々胸を怪我していて、胸にあったものが血栓のような役割で傷口をふさいでいたが、それが取れたことで開いた傷口がずきずきとうずき出したような。


「あ、早川様!おはようございます」


 ユリちゃんがひょこっとキッチンから顔を見せる。キッチンからいい匂いが広がっている。


「起こさせてもらうつもりだったので助かります。早起きですね」


「いや、ユリちゃんのほうが絶対早いよね……」


「ふふふ、もうすぐで出来ますので楽しみにしてくださいね」


 と、包帯越しに見える目をほそめて笑っていたユリちゃんの顔が少し変わる。あ、と何かに気づいて驚いたような声をあげた。


「だ、大丈夫ですか?その顔」


「顔?」


 なんだろう、と顔を触ってみると、頬のあたりでぬるりと指がすべった。濡れている。そこで僕は自分が泣いてることに気づいた。


「どこか具合とか悪くないですか?」


「……男は朝起きると時々こうなるんだ。生理現象だよ」


「そ、そうなのですか!?」


「うん、だから大丈夫。顔洗ってくるから。それより、キッチン離れていて大丈夫?」


 おどけながらいうと、あ、と百合ちゃんはあわててキッチンに戻っていった。


 泣いていた原因に心当たりはあったが、僕は今は考えないことにした。


 洗面所から顔を洗って戻った僕は百合ちゃんお手製の朝食をご機嫌にいただき、昨日着ていた制服を着直し(百合ちゃんが丁寧にハンガーにかけてくれていた)、帰り支度をした。白玉さんは隣の部屋でまだ寝ているようだった。百合ちゃんが言うには、ヤミトリは体力を消耗するらしいので寝かせているそうだ。


 玄関で通学かばんをもって靴を履いてる僕に、百合ちゃんが声をかけてきて着物の懐から何かを取り出した。


「早川様、こちらをお持ちください」


 ん?これって。彼女が差し出したのはおふだであった。動物の絵の周りに漢字がえがかれたもの。夢の中で見たものと漢字の文字やその並びに違いは感じられたが、瓜二つであった。


「これは?」


「早川様へ渡しておいてほしいと姉から受け取っておりました。寝られるさいに枕のそばにおいてほしいとのことです」


「白玉さんがそういうなら、そうするよ」


 おふだを受け取って、僕はそういえばと思い出す。


「百合ちゃんって詩音の友達だよね」


「あ、はい、わたくしはそう思っています」


「それなら、僕のことは早川じゃなくて、真でいいよ。詩音と同じ苗字でややこしいし」


「真様ですね?」


「いや、気楽に真さんでいいよ」


「真さん、ですね。わかりました。善処します」


 善処するって。僕は苦笑いした。


「じゃ、善処のほうよろしくお願いします。あと機会があるなら、詩音にでも声かけてうちに遊びにおいでよ」


 詩音は人付き合いは良いほうで誰とも仲良くなれるしな。見た目がやや特殊なユリちゃんと仲良くなっているというのも、別段あの妹なら驚きではない


「はい、遊びにいくときはぜひよろしくお願いしますね、早川様!」


「真だって……」


「あ」


 僕はユリちゃんに感謝の言葉をいって、部屋を後にした。外に出ると、空はすっかり晴れあがっていてまぶしい日差しを照りつけていた。僕はもらったおふだの入ったかばんをおさえつけ、残りの手で胸のあたりをぎゅっと握った。


 これでもう悪夢に悩まされることはなくなる。そう実感しても、まだ僕の胸の中にはちくちくとした傷口が残っていた。その傷口が痛むたびに頭に思いうかぶのは、夢の中で出てきた鬼の顔──かつていじめによって人生を狂わされた同級生の顔だった。

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