青息吐息-よわるこころ-
・弐・青息吐息
泉谷 馨。彼は、私のことを嫌っている。
中学の頃から一緒だから、そんなことは解りきっている。一度だけ、言われたことがある。
「 笑ってる君は嫌いだ。 」
うん、知ってるよ。私が笑うと君の表情は一変するの。わかっているけど…どうすればいいの?
泣けばいいの?でも、涙ってどうしたら流れるの?そんなことすら忘れた私に、どうしろというの?
ずっと考えてた。どうしたら彼が笑うのか。どうしたら嫌われずに済むのか。…でも、答えなんか出ないよ。
「 ありがとう。 」
高校に上がって初めて話したとき、そう言ってくれて嬉しかった。久しぶりに、心から笑えた気がした。
少しは私のこと、嫌いじゃなくなったかな。
……そうだったらいいのに。
雨に濡れながら、そんなことを考えていた。
たとえ、これから先の未来が、今より苦しくて心が痛むのだとしても、君の「 ありがとう。 」があれば、大丈夫な気がする。
傘を借りてから2日が過ぎた。
あの日以来、彼女とは会っていない。だけど、さすがにそろそろ返さなければ、彼女が困るだろう。
毎日雨が降り続け、なんとなく気分が下がるこの時期には、できればあまり動きたくない。しかし、いつまでも僕がこの傘を持っているわけにもいかない。
「 なぁ、どうやって返せばいいと思う? 」
ここは紫季のいる資料室。大抵、紫季はここにいる。“職員室は居心地が悪い”んだそうだ。
「 あ?どうって…普通に『ありがとう』って返しゃいいだろ。 」
「 …それができれば苦労しない。 」
「 そうか?できるだろ。 」
「 ……。 」
紫季の「頼れ」という一言を聞いてから、紫季には色々相談している。
唯一本音で話せる相手ができたこと自体は嬉しいのだが、彼と僕は根本的に違う種類の人間だ。彼のアドバイスは正直あまり役にたっていなかった。
「 めんどくせぇ奴だよな~、お前は。 」
「 それは紫季も同じだろ。他の生徒の前で話すときと、僕と話すときの言葉遣い違うし。多重人格だろ。 」
「 それを言うな! 」
ゴン、と頭を叩かれたがその拳にはあまり力が入っていなかった。
「 …痛くない。 」
「 当たり前だろ。 」
にっと笑うこの偽イケメン教師は、本当に僕と全然違う。
僕の気持ちはわからないんだろうな。
心の中でそう思った。
「 …俺にもあったよ、お前みたいな時期。 」
一瞬、心の中を読まれたのかと思った。そして、紫季はそのまま言葉を続けた。
「 全然笑えなくて、しょーもないことにすぐ笑う奴が嫌いだった。笑わなくてもそこそこ楽しかったし、別に支障はなかった。 」
うん、わかる。すごくわかる。今の僕はこんな感じだと思う。
「 …でも、今思えば全然楽しくなんてなかった。今の方が100倍楽しいよ。…いつか、お前にもわかるといいな。 」
うん。そんな未来が来ればいい。毎日が色づいて見える世界を、僕は見てみたい。
周りと同じように笑える未来を。
「 …え、いない? 」
覚悟を決めてF組に寄ったというのに、そこに嘉影 百合はいなかった。確かに姿を見かけない。
「 どこにいるのか、知ってる? 」
「 多分、家にいると思うよ。昨日から風邪で休んでるから。 」
まさかと思った。あの雨の日、傘を僕に貸したせいで濡れて帰ったのではないか、と。
彼女は「友人に入れてもらう」と言っていたが、よく考えたらその時周りに人はいなかった。結構遅い時間だったし、友人なんかいなかった。なのに彼女は僕に傘を貸した。自分が風邪を引くかもしれないというのに。
「 ……そっか、ありがとう。 」
知らなかった。風邪を引いていたなんて。
置いていかなければよかった。傘を借りなければよかった。声をかけられても無視すればよかった。声をかけられる前に帰っていればよかった。
幾つもの後悔が、頭の中でグルグル廻る。
彼女のことは嫌いなはずなのに、足は自然と彼女の家へ続く道へと進む。
中学のとき、一度だけ彼女の家に行ったことがある。それを今でも覚えてる。
家の目の前まで着いたとき、玄関のチャイムを押すのを躊躇った。
僕はどうしてここにいるんだろう。
頭の中は、もう自分でもわからない色で染まっていた。色々考えながらも、僕の手はチャイムを押した。
彼女が出てくるまで、少し間があった。
「 …あれ?馨くん、どうしたの? 」
ゆっくりと出てきた彼女は、如何にも今まで寝ていたのだとわかる程、着崩した格好だった。
今まで目にすることのなかった姿が今、僕の脳内に保存されたような気がした。
「 …傘、返しに来た。 」
ハッと我に返った。今日の目的は、彼女の姿を見に来たのではなく、傘を返すことだ。
「 え、わざわざありがとう。…でも、うつしちゃ悪いから…… 」
彼女はマスクをしている。もちろん僕も風邪予防のためにマスクをしている。彼女は、自分のマスクの上から手を添えて、少し後ろに下がった。うつさないよう配慮している。
「 それだけだから、帰る。…お大事に。 」
それしか言えなかった。これ以上ここにいる意味もないので、すぐ帰ろうと後ろを向く。けれど、その先にはひとりの青年がいた。大体、大学生くらいで明るめの茶髪に優しそうな目をした青年だった。
「 あれ?珍しいね、男が百合に会いに来るなんて。 」
にこっと笑った顔は人懐っこい印象を持たせる。
…こんな顔、僕には到底できない。
なにより僕が気になるのは、彼女のことを「百合」と呼び捨てにしたことだ。
「 けいくん。どうしたの? 」
「 ん?お見舞いだよ。 」
笑いあっている。彼女は嬉しそうに頬を染める。
わかってしまった。この胸の痛みも、彼女の気持ちも……自分の気持ちも。
何故、もっと早くに気づけなかったのだろう。…いや、気づいていたとしても変わらないのだろう。
でも、もう少し早くに気づいていたら、今よりましだったかもしれない。
「 あのね、馨くん。こちら、近所に住んでてお世話になってる、水無月 希唯くん。今、大学生で…… 」
「 …帰る。」
「 え……、馨くん…? 」
耐えられなかった。もし彼氏だって言われたら、僕はどうすればいい?普通でいられる自信なんて、全くない。
呼び止めるような彼女の声が聞こえた。
でも僕は既に、傘もささずに雨の中を走っていた。
お久しぶりですぅぅ!!!
いつの間にか時間が過ぎて、投稿遅れました!
申し訳ございませぬ( ;´꒳`;)気まぐれなもので(笑)
読んでくださいました、そこのあなた!
ありがとうございました(◍˃̶ᗜ˂̶◍)ノ"
この小説まだまだ続きます。
また読んでくれたら嬉しいです(っ ॑꒳ ॑c)