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プロローグ 合格発表

 二〇〇七年三月。品川区にある東京都立立山高校。その正門前に張り出された合格発表掲示板の前に、一人の少女が受験票を握り締めながら立っていた。周りでは合格を祝う同い年くらいの受験生たちが喜び合っているが、少女は一人だった。

 おかっぱに近いショートヘアの髪型で、どことなく活動的な印象を受ける。事実、中学校では陸上部に所属していた。とは言え、エースと言うわけでもなく、かといって幽霊部員でもなく、簡単に言えば平凡な平部員ではあったが。

 制服は都内にある波ノ内第一中学校のものだ。手には学校指定の鞄が提げられており、その鞄のネームのところに「深町瑞穂」の文字が見える。どうやら、これが少女の名前らしい。

「あ、いたいた、瑞穂!」

 と、少女の後ろから声がかかった。少女……深町瑞穂が振り返ると、中学の同級生の笠原由衣が立っていた。瑞穂と同じく制服姿で、身長は瑞穂よりやや高い。

「どうだった?」

「当然、合格!」

 瑞穂はVサインを由衣に見せた。

「まぁ、当然か。立山高校ってそこまで偏差値高い高校じゃないし、瑞穂の実力なら余裕だったでしょ」

「まあね」

 瑞穂は照れくさそうに笑いながらいう。

「そういう由衣は?」

「私? 水泳の推薦で桜森学園に決まったよ。何日か前に結果が届いた」

 由衣の言っている私立桜森学園高等部は、東京有数の名門私立高校だ。

「へぇ、でも、大丈夫? あそこって、名門だけあって勉強大変らしいよ」

「何? それは私に学力がないって言うあてつけなの?」

「冗談、冗談。はぁ、何にしてもこれで受験終了か。何だかあっけなかったなぁ」

 瑞穂は腕を頭の後ろで組んで言うと、ふと気がついたように由衣に聞いた。

「にしても、由衣。今日どうしてここに来たの? 桜森学園って練馬区でしょ?」

「いやぁ、学校に報告に行った後なんだけど、万が一とはいえ瑞穂が落ちていないかどうか心配になって」

「大きなお世話」

 瑞穂が顔を膨らませる。

「もちろんそれだけじゃなくてさ、合格祝いを名目にして瑞穂と品川にでも行こうかなって思って。ほら、ここから近いし」

「ああ、そういう事」

 瑞穂は納得した。

「でもさぁ、どうしてここ受けたの? 瑞穂の成績なら、もっと上の高校だって行けたんじゃないの?」

「うーん、下手に上に行って勉強についていけなくなるくらいなら、このくらいの高校がいいんじゃないかって思って。可もなく不可もなく。そんなガッツリ勉強する気もないし、変にエリート意識があったりとか堅苦しかったりとかいうのも嫌いだし。普通が一番って感じかなぁ」

「まぁ、確かに立山高校って、こう言っちゃなんだけど平凡な高校だと思うよ。特に有名でもないし、かと言って悪名があるわけでもない。ごく普通の高校っていうのが私の一番の感想かな」

「ちょっと、それって今まさにその高校に受かった友人に対して言う言葉?」

「だって、うちの中学からここに行くのって、瑞穂くらいじゃん。随分変化球を狙ったなって、先生も驚いてたよ。瑞穂なら、もっと上に行くと思ってたって」

「先生らしいなぁ」

 瑞穂は苦笑した。

「それはそうとさ、瑞穂は陸上続けるの? 私は水泳で入ったから水泳続けないといけないけどさ」

 歩きながら由衣は面倒くさそうに言う。由衣は瑞穂とは小学校以来の幼馴染かつ親友であると同時に水泳部のエースで、都大会で優勝した事もあった。

「そんな事言って、本当は泳ぐのが好きなんでしょ」

「ま、そうだけどね。で、瑞穂は続けるの?」

 瑞穂はウーンと考え込んでいたが、

「そうねぇ、これ以上陸上続けても伸びるとも思えないし、高校入ったらいっそ別の部活に入ってみようかなぁって思ってる」

「どんな部活?」

「そこまでは決めてないけど、あえて文化系にでも入ってみようかなって」

「文化系? 瑞穂が? 何か似合わないなぁ」

「そう?」

「うん、瑞穂って、もっとこう、活動的なタイプじゃない。ただ座っているような子じゃないよね」

 由衣は断言する。

「そうだっけ?」

「そうよ。小学校の時、ドッジボールで残り一人まで追い詰められながら、そこから相手チームを全滅させたっていう伝説は今でも語り草だし」

「……そう言えば、そんな事もあったっけ」

 瑞穂は遠い目をする。

「昔は色々と無茶したものね」

「お年寄りじゃないんだし、回想モードに入らない」

 由衣が突っ込む。

「まぁ、とにかく。これで、私たちも晴れて高校生ね」

「高校生かぁ。はぁ、何か実感わかないなぁ。あと一ヶ月で花の女子高生だなんて」

「九年間一緒だった私とも、ついに離れ離れか」

「ようやくって感じね」

 二人はそう言って互いの方を振り向き、クスクス笑った。

「で、瑞穂はどんな高校生活を送りたい?」

「ん、そうねぇ」

 瑞穂はしばらく考えた後、

「何をするでもいいけど、とにかく普通の高校生活は嫌かな。せっかく何だから、若いうちにできる事をやっておかないと。他の人にはとても真似できないような事をしたい」

「……瑞穂、あんたやっぱり運動部向けだと思うよ」

 そう言いながら、由衣は笑って、

「ま、なぜかわからないけど、瑞穂ならそれをやってしまいそうな気がするなぁ」

 と言った。そして、二人は改めて笑うと、合格祝いにと言う事で何か食べようと言う話になり、由衣の予定通りにそのまま品川に向かう事になった。


 この時、誰が思った事だろう。この時の発言が、本人たちが思っていた以上のスケールでこの物語のヒロインであるところの深町瑞穂と言う少女に降りかかるという事。そして、瑞穂の人生はおろか、何人もの人間の人生を変えてしまうという事を。


 「犯罪」という、この晴れやかなプロローグには全く似つかわしくない物騒な単語と共に。


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