変わらぬ想い2
扉を開けると、驚いた顔の魔女がそこにいるのではないかと、何度、期待したことだろう?
無論、そんな都合の良い奇跡は起こらない。
無人の部屋は、相変わらずがらんと静まり返っていた。
「ここは?」
「魔女の店だって言っただろ」
「どこが店?」
何もない空間に、ぽつんと一つ備え付けのカウンターがある。擦り切れて読めない看板が、その上に載っていた。
空家なのは確実なのに、なぜか埃臭くない。掃除が行き届いていて、誰かが大切に管理しているのが見て取れた。
「……君が?」
ウォルターは、まずは窓を開けて回った。一か月に一、二度、彼はこうして空気の入れ替えに店を訪れていた。掃除は人を雇ってまめにさせていた。魔女が、ふらりと戻った時、すぐにも店を再開できるように。
「空家の空気の入れ替えのために、エメライン様のお茶会を断ったんかい」
ライオネルが呆れている。気位の高い伯爵令嬢が聞いたら、あまりの不敬に卒倒してしまうかもしれない。ウォルターは苦笑するしかなかった。
「ここは、俺の恩人の店なんだよ」
「恩人? 君の?」
「そう。ここにいた魔女のおかげで、今の俺があるんだ」
明け放しの窓から吹き込む初夏の風が心地よい。ウォルターは眼を細めた。ゆるやかな風の流れに身を任せていると、六年の歳月を飛び越えて、空っぽではない魔女の店の光景が脳裏に浮かんでくる。
棚に置かれたとりどりの薬。明らかに子供の字で書かれた値札。積まれたオーブ。
そして、佇む銀の魔女。
「魔女の恩人の店かぁ。いつか再開したら、僕も買いに来るかな」
「たくさん買ってやってくれ。どうも、あまり儲かってなさそうだったから」
「貧乏子爵の三男坊に無茶言わないでよ」
「貧乏だろうと一応貴族だろ」
「一応貴族は、できる士爵より金が無いんだな。これが」
ライオネルが笑った。つられるように、ウォルターも口元をゆるめた。
いつも厳しい表情をしていることが多いウォルターだが、魔女の店にいる彼の顔はとても穏やかだと、ライオネルは思う。
恩人だという魔女に対する信頼が、騎士として日々つのる緊張感を、解きほぐしているのかもしれない。
「なぁ」
「何だ」
「魔女って美人?」
「……老婆だぞ」
「何だ。つまんないなぁ」
咲き初めの菫色の瞳をした、透き通るように美しい娘だと、なぜか正直に告げてやる気が起きず、ウォルターは適当なことを言った。
フードを被って、ぶっきらぼうな口調を装って、一生懸命に老婆のふりをしていた幼い魔女の、その演技力が六年の間に少しでも磨かれていることを……祈りつつ。