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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
1章
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変わらぬ想い1



 ライオネル・グリント・アルトールは、息を顰め、目を凝らし、街の雑踏にあっという間に飲み込まれて消えてしまいそうな長身の後姿を、必死に追いかけていた。

(うっ……普通に歩いているだけなのに、なんであんなに速いんだ。こっちはもうへとへとだよ)

 体力を要する事柄に、自分がからきし向いていないのは、百も承知だ。親に勧められるまま一時は白騎士団に籍を置いたが、毒蛾の女王との死闘という身の毛もよだつような経験を経て、すっぱりと騎士の位を返上した。

 白騎士団を抜けるのにも、莫大な金品を必要として、痛すぎる出費においおいと泣いたものだが…………とりあえず、現在は平和に軟派な文官職に就いている。

 運動はからきしだが、ライオネルは勉強はよくできた。歴史書の編纂を主とする今の仕事が、彼はとても好きだった。

(ウォルター……今日こそ、こそこそと何をやっているのか、突き止めてやるからな!)

 彼が必死の形相で追いかけているのは、毒蛾の女王の一件で親しくなった、ウォルター・レアリングという男だ。

(せっかくのエメライン様のお茶会を断って、どこに行く気だ。あいつ)

 エメライン・リューダ・オスカレイクは、美しい未亡人として城仕えの男たちの間では有名だった。十九歳の若さで夫を亡くし、現在は二十六歳。七年の寡婦生活にもそろそろ飽きて、次の夫を探しているともっぱらの噂である。

 彼女はオスカレイク伯爵の一人娘であり、亡くなった夫との間に子供は無かった。そのため、彼女にとって再婚は義務であり、課せられた使命でもあった。次代の長に相応しい人物を迎え入れ、何としても伯爵家の血を残さなければならない。

 どうせなら、強い男がいい。見目良い男がいい。女の本能のままに、美しい未亡人は、独身の若い男に声をかけた。たびたび開かれるお茶会には、とっかえひっかえ、実に様々な地位年齢の男たちが招待された。

 その中に、黒騎士ウォルターもいた。しかも、ライオネルが知る限り、彼は四回も誘われて、それをことごとく断っているというのである。

(もったいない。もったいなさすぎる! エメライン未亡人と結婚できれば、次の伯爵じゃないか)

 ウォルターは二十二歳。エメラインより四歳下で、これは十分に許容範囲だとライオネルは思う。

(あいつ、老けてるし。六年前に初めて会ったときだって、僕より下なんて、夢にも思わなかったもんなぁ)

 同い年か、一つ、二つ、ウォルターが上だとライオネルは思っていた。が、蓋を開けてみればウォルターは十六歳。自分は十七歳。なんと自分の方が「お兄さん」だったことが判明し、少なからず衝撃を受けたものである。

「おい」

 慣れない尾行の最中なのに、呑気に考え事をしていたライオネルは、突然背後から掛けられた声に文字通り飛び上がった。

 つい先程まで一生懸命背中を追いかけていたはずの人物が、なぜか自分の真後ろに立っている。

 あまりにお約束すぎて、ライオネルは、かえってこうした事態に陥ることを想定していなかった。どうせいつの間にか見失って、悔しがって、そしてすごすご引き揚げるものとばかり思っていたのだ。

 ああ、現実って、意外に小説めいたことが起こるんだ……遠い眼をして青い空を仰ぎ見て、言い訳もせず、素直に頭を垂れるライオネルだった。

「はい。尾行していました。すみません」

「……お前、たまたま行き先が同じだったとか、少しは言い訳しろよ」

「いや。そんな胡散臭いこと言っても、嘘だってすぐわかるし」

「……何で尾行していた?」

「エメライン様のお茶会断ってまで、どこに行くのかなぁ、と」

「誰だ、エメラインって」

「今、さりげなく、ものすごいこと聞いた気がするんだけど」

 本気で言っているのかと尋ねると、ウォルターはあからさまに眉を潜めた。どうやら冗談ではないらしい。

「オスカレイク伯爵令嬢だよ。あの! 美人で、金持ちで、彼女と結婚すれば伯爵になる道が約束されているという、長男ではない独身男垂涎の的の!」

「名前で言われたってわかるわけないだろ」

 ウォルターはそっけなく答えた。

 彼はあまり貴族の云々には興味がなかった。彼自身、騎士として士爵位を賜ってはいるが、騎士は騎士だ。貴族ではない。

 野心があれば、跡取りのいない貴族やそれこそエメラインのような未亡人にも取り入るのだろうが、正直、面倒くさいという思いの方がウォルターは強い。

 黒騎士団長ヴァルトのように武勇を極めて騎士の頂点に登り詰めるならまだしも、何を好きこのんで醜い政治闘争に身を置かなければならないのか。毒蛾の女王と遊んでいた方がまだマシだ……一度死んでしまったが。

 従って、エメライン嬢の誘いは魅力的でも何でもなく、のらりくらりと逃げ続けているウォルターなのであった。

「朴念仁だよなぁ。本当に。好きな子とかいないわけ?」

 何気ない問いに一瞬虚を突かれ、ウォルターは押し黙った。

 脳裏を過ぎるのは、六年前の銀の髪の魔女。

 だが、愛だの恋だのではない。彼女は命の恩人だ。今、五体満足でこうして通りを歩いていられるのも、すべて彼女のおかげなのだ。

 そもそも、愛だの恋だのに発展する暇もなく、彼女はひっそりと姿を消して……。


(今ごろ、どうしているやら)


 六年間、変わらずに通い続けている場所がある。

 今も、そこに向かっている途中だった。

「……で、ウォルター、どこ行くの?」

 余計なおまけがくっ付いて来てしまったが、まあ良いだろう。ライオネルはうるさい男だが、基本的に人畜無害だ。

「魔女の店さ」

 すっかり慣れた道を歩き、ウォルターは、看板すら無い何かの入口の前に立つ。

 鍵を差し込むと、古い木の扉をゆっくりと押し開けた。



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