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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
序章
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命の石2

 黒騎士団が帰還した。ただ一人欠けることもなく、レゼルの森に到着してわずか三日目に禍の主を討伐するのに成功したという。

(ヴァルト様……お忙しそう)

 屋敷には帰っておらず、城に尋ねたが門前払いされてしまった。

 退治して意気揚々と帰還して、ゆっくり骨休めとはいかないらしい。騎士団長ともなれば、何かと事後処理が山のようにあるらしかった。

 直接会って挨拶はしたかったが、そろそろ魔女は自らの体に異変を感じ始めていた。命の石を失ってから、既に二十日以上が経過している。これからそれと同じくらいの期間をかけて、レテに戻らなければならないことを考えると、悠長に構えている暇はなかった。

 魔女は手紙を(したた)めることにした。

 命の石を失っていることは、伏せておくことにした。何かと世話になったかの人に、余計な心配はかけたくない。

(今日で、終わり)

 店の商品は、すべて綺麗に処分した。古い石造りの店内は、一年前、彼女が初めて訪れた時と同じ状態になっている。

 何もない空間に、唯一残ったカウンターの上に、魔女は古ぼけた看板を置いた。

 ヒルダは彼女の祖母の名だ。看板の名前も変えなければと思っているうちに、王都を離れる事態になった。手を付けなくて、かえって良かったのかもしれない。

「店……やめるのか?」

 不意に扉の方で声がして、魔女は驚いて振り返った。

 虹の石を託した少年が、物問いたげな顔をして、立っていた。






「この通り、店仕舞いだよ」

 魔女は答えた。ぶっきらぼうに。彼女の祖母が、かつてそうしていたように。

 店を始める時、ヴァルトにも言われたことだった。魔女はあまりにも若すぎる。だから、フードを被り顔を隠し、声色を変えて、気難しい老婆のふりをするようにと。

「なぜ?」

 少年が再び聞く。彼が一歩進み出て、魔女は無意識に一歩下がった。

 たくさんの商品を並べた棚もなく、魔女はカウンターより外扉に近い方にいて、自分がひどく無防備に思えた。

 魔女は若く……本当に若すぎて、カウンターの向こうにいなければ、実は客のあしらいなど出来そうになかった。故郷ではまるで隠者のような生活しかしておらず、人は好きだが、人との話し方がわからず、こんな時、どのように振る舞えば良いのか、見当もつかなかった。

「この前は、わからなかった。あんたが、どれほど貴重な物を俺にくれたのか」

「…………」

「あれはレテの魔法使いの命の石だろう? 持ち主の命を守るという……。俺が死んだとき、身代わりに砕けた」

 魔女は少年に背を向けた。向かい合っていると、なぜか言葉が上手く出てこなかった。

「見えてしまったからね。死の影が。可哀そうになったのさ。あんたが、まだ若かったから……」

「レテの魔法使いは、あの石がないと、レテから離れられないはずだ。それに、寿命を縮めるとも。俺のせいで、あんたは……」

「石はまた作ればいい。けれど、人は、死んだらお終いなんだよ」

 それは本心だった。だから、少年が助かったことも、魔女は素直に嬉しかった。

 自分は故郷に戻り、石を作り、気が向けばこの王都にまた来るだけだ。もしかしたら石を作るのに失敗して、二度とレテから出られない身になるかもしれないが……それはそれで仕方ないと思っている。

「わからない。どうしてそこまで……」

「目の前に、死ぬかもしれない人間がいた。自分が、助けられるかもしれない物を持っていた。だからそれをやった。それだけさ」

 不意に、視界が開けた。

 少年がフードを引っ張ったのだ。肩に伸びてきた手が、魔女をくるりと振り向かせる。

「やっぱり」

 少年が笑った。

「人のことを子供とか言っておいて。お前の方が子供じゃないか」

 たぶん、魔女は若いだろうと思っていた。もしかしたら、二十歳にも満たないのではないかと。

 少年の予想は当たっていた。魔女は若かった…………恐らくは、彼よりも。

「あ……」

 ゆるく波打つ銀の髪。驚きに見開かれた瞳は、咲き初めの菫のような紫色だった。慌ててフードを被り直そうとする華奢な手を、少年は反射的に押さえた。

 隠すことはないのに……そう思った。粗末な布きれの下にしまってしまうなんて、勿体なさすぎる。

 王宮に出入りするようになってから、華やかに着飾った貴族のご令嬢なども見かけるようになってはいたが、その誰よりも、目の前の少女は美しかった。

「ご、ごめんなさい」

 怯えたように、魔女が言う。被り物を取り払ってしまうと、彼女は途端に芝居が下手になるらしい。ぶっきらぼうな口調はなりを潜め、生来の大人しい、内気とも思える性格が見て取れた。

「名前を教えてくれ」

 と、言ってから、少年は、自分がまだ名乗っていなかったことに遅まきながら気付いた。

「俺の名は……ウォルター。ウォルター・レアリング」

「私、は……」

 辺境のレテの民に、苗字はない。今まで、それを恥ずかしいと思ったことなどなかったが……。

「ユリア、です」

「ユリア?」

「苗字はありません。レテの魔女、ユリアです」

 不意に、ごく近い場所で、ごぉん、と低く重い音が響いた。

 都の中央部に聳え立つ大聖堂の尖塔の鐘が、正午を示して鳴っていた。

 行かなければと、魔女は窓の外を仰ぎ見た。この鐘の音を合図に、隊商がぞくぞくと広場に集まっているはずだ。レテに向かう長い道のりの途中まで、ユリアは、隊商に同行させてもらうことになっていた。

「そろそろ行きます。ウォルター……さん、お元気で」

 魔女はフードを被り直し、身を翻した。

 古い扉を潜る寸前、ふと立ち止まり、春花が躊躇いがちに開くような透き通った微笑を浮かべ、彼女は言った。


「貴方が無事に帰ってきたこと、私はとても嬉しいんです。だから、どうか、自分のせいなんて……思わないで下さい」




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