オスカレイク領1
翌日、太陽の明るい光の下、四人はそれぞれの情報を交換し合った。
追いかけてきた友人らから聞かされた内容は、ウォルターには十分すぎるほど衝撃的なものだった。
長年、行方のわからなかった兄。まさか、こんな所で、こんな状況で、その顛末を知らされることになろうとは……。
「オスカレイク家の墓所に葬られているそうだ。墓参りに来てやって欲しい、アルフレド殿も喜ぶだろう……エメライン嬢からの伝言だ」
「……そうか」
呟いたきり、ウォルターは沈黙した。
大きく動くことの少ないその表情からは、胸の内は伺えない。だが、長いこと心に掛かっていた暗雲の一つが、ようやく晴れたのは間違いなかった。
再度、騎士として迎えられることにも抵抗がないようだ。正直、これは、良い意味でフィオルには意外だった。
また余計なところで生真面目な性分を発揮して、今更どの面下げてだのと、ごねるに違いないと思っていたのだ。それを宥めすかし、説き伏せるための台詞も、二十ほどは用意してあったのだが……どうやら不要に終わりそうな気配だった。
旅の空の下、騎士に戻りたい、戻らなければならないと考えを改めさせるような出来事が、あったのかもしれない。
同業者の友の馴れ合いの言葉ではなく、もっと深く、もっと強く、魂に刻み込まれるような……重い、何かが。
(忘れないでおくれ、黒騎士様。あなたは我々アリストラ人の誇り。我々平民の希望なんだ)
「力を貸してくれ。フィオル、イアニス……ユリア。俺は、ザカリアからレオンを……あの悪魔を追い出したい」
ただの一旅人では、出来ることは限られる。だが、アリストラの黒騎士ウォルター・レアリングならば、可能性は無限に広がる。その権限を与えられている。
「どうする? 一筋縄ではいかない相手のようだが……」
イアニスの問いに、ウォルターは明確に答えた。
「兵を出す。相手は屍兵を抱えて多勢に無勢の気になっているらしい。……なら、それをひっくり返してやろうと思う。こちらが多勢、相手が無勢となるように」
「兵の出処は……オスカレイクか」
「ああ。まともな領主なら、そろそろ手を打とうと考えているはずだ。溢れた屍が近隣の町や村を襲わないとも限らないし、それでなくとも風評が悪くて交易に影響が出るのは目に見えているからな」
「数は……三千は欲しいね」
「堅いだろう。オスカレイク家なら」
「あの……」
ユリアが遠慮がちに口を挟んだ。
「私、戦いのことはわからないのですけど……。レオンは……あの人は、三千なんて数で向かったら、すぐに気付いて逃げてしまうと思います。あの人の目、大魔女メディアと同じ……たぶん、万里の瞳です」
「逃げていいんだ」
ウォルターが言った。ユリアが目を瞬かせる。
「えっ?」
「むしろ、数で攻めて奴を逃亡させるのが目的なんだ。奴さえいなくなれば、残った遺体はどうとでもなる」
「もし……逃げないで抵抗したら……?」
「それならかえって好都合だ。完膚なきまでに叩き潰す。こちらも被害は間違いなく出るだろうが……奴も終わりだ」
「……」
怖い、と、ユリアは思った。
いつも彼女を優しく見守ってくれていたレテの湖畔の青の瞳が、今は研ぎ澄まされた刃のように鋭い光を放っている。
魔女にとって、騎士は、あらゆる災いを跳ね返す絶対の盾だった。常に身を守ってくれる力強い鎧だった。だが、彼は、同時に剣でもあったのだ。
アリストラの誇る名剣。
それが、黒騎士という存在なのだ。
「とりあえずオスカレイク伯爵に会いに行こうか。王命が出ているからね……。向こうは、むしろ、俺たちが来るのを今か今かと待っているかもしれないよ」
更に数日、大事を取ってユリアの体の回復を待って、四人は出発した。
進路は西ではなく南にとった。ザカリアを含む西一帯の大領主オスカレイクの施政地ラグリードは、真西ではなく南西の大街道の先にある。
南洋諸島との交易が盛んな王都近辺と比べると、農業が主たるラグリードは地味な印象が強い。だが、街並みは歴史の古さゆえの趣があり、そこに住む人の心も生活も、どっしりと落ち着いた雰囲気があった。
王都より遥かに西に来て、ユリアは初めて気付いたが、オスカレイク領は圧倒的に黒髪の人間が多い。ほとんど癖の無い、青みがかってすら見える艶やかな漆黒は、同じく西出身のウォルターやエメラインにも共通するものだ。
(同じアリストラ人なのに……レテの民と随分違う)
レテの民は総じて色素が薄い。多いのは金か淡い茶の髪色だ。たまにユリアのような銀もいる。
むろん耳に入ってくる言語は共通のアリストラ語なのだが、ユリアは、遠い外国にでも足を踏み入れたかのような気分になっていた。ウォルターの腕を引っ張って、その辺の店や広場を覗いてみたい誘惑に駆られる。
(駄目駄目……。遊びに来たんじゃないんだから)
ユリアはいけないと首を振った。大切な使命を帯びてここにいるのだ。王命により、ザカリアの混乱の原因を突き止め、収束させなければならない。
魔法が関わっている以上、魔女も無関係ではいられなかった。
「ザカリアもこんな雰囲気の町なんだ。……もちろん、もっと小さいけどな」
ウォルターが目を細める。黒ずんだ石の壁を見上げ、呟いた。
「懐かしいな……」
領主の城はラグリードの街に隣接して聳え立っていた。街の中央を貫く大通りをひた走れば、唐突に城門へとたどり着く。
城は高い塀で囲まれてはいるものの、堀もなく、騎士らの目にはいささか不用心にも映った。が、そこを守る兵士はよく訓練されており、訪問者たちの名乗りを求め、騎士の剣の柄を確認し、更には王命の書状もしっかりと吟味した上で、城内の係官へと取り次いだ。
「黒騎士殿へのご無礼、どうかお許しください。これも任務ゆえ……ご容赦いただきたく」
「いや。むしろ感心した。ここの兵士はよく訓練されているな」
「伯爵さまが、規律と礼儀には厳しい方ですので」
その規律と礼儀に厳しい伯爵が、若かりし頃の情熱のなせる業とはいえ、王の寵姫に横恋慕してこれを奪い取ったのか……とフィオルは思ったが、口に出しては何も言わなかった。
オスカレイク伯爵には三千もの騎兵を用意してもらわなければならない。なかなかに気性の激しい人物と聞き及ぶ西の大領主に、余計な喧嘩を吹っ掛ける気はフィオルにはなかった。
騎士らを案内してくれている領主の側近の男が、一つの大扉の前で立ち止まった。
「どうぞお入りください。我が主がお待ちです」