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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
3章
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西に微睡む1



 生命の危機は脱したものの、結局ユリアは高熱を出して倒れてしまい、一歩も先へと進めない状況になってしまった。

 薬の類は持ち合わせがあったが、弱った体に一番必要なのは、何よりも休息だ。ウォルターは旅を一時中断し、ユリアを抱えて近くの村へと馬を走らせた。


 実り豊かな西の村は、収穫の時期も終え、冬支度を整えつつ、ゆったりと微睡んでいるような印象だった。

 美しい娘を抱えた、馬を我が身の一部のように操る若者の登場は、何ら変化の無い村を、にわかに活気付かせた。

 とりあえず集落で一番大きな家を持つ村長が、空き部屋を提供したが、その村長一家は用事もないのに魔女と騎士の周りをうろうろする。更に、見舞いと称しては、村人たちが秋の収穫物を持ってひっきりなしに訪ねてくる。

 親切にしてくれるのは有難いのだが、どうにも落ち付かない。

 ユリアが回復したら早々に引き揚げようと決意を固める騎士の心情など知るはずもなく、呑気な村の者たちは、うきうきと噂話に花を咲かせていた。


「駆け落ちかな、やっぱり」

「きっと、深層のご令嬢とそれに仕える騎士だよ。身分違いの恋ってやつ? 愛の逃避行の途中にこの村に立ち寄ったんだ!」

「騎士と姫君かぁ。うんうん。そんな感じだね」

「いや貴族の若君と、敵対する御家のお嬢さんかも! 引き離される恋人たち……なんてどう?」

「でも、あの娘さん、貴族の令嬢にしては髪の長さが変じゃないか? 意外に、髪を売らなければならないくらい貧しい出身なのかも。それを若き伯爵? 侯爵? が見初めて……」

「おお! その展開はなかなかいいね!」


 ……格好の話のネタにされていた。


「ウォルターさんに聞いてもねぇ。ただの旅人だとしか言わないし」

「あの娘さんが目を覚ましたら、是非とも確かめないとね」

「姉ちゃんなら、目を覚ましたよ」

 ひょっこりと大人たちの会話に割って入ったのは、村長家の次男坊だった。十歳になったばかりの無邪気な少年は、ちょうど席を外していたウォルターを探しに来て、この井戸端会議に出くわしたわけである。


「姉ちゃんに、僕、聞いてみたよ。ウォルター兄ちゃん、国王様のお城の黒騎士様なんだって!」


 この一言で、村人たちの妄想が更に膨らんだのは、言うまでもない。






 村に来た青年は宮廷の黒騎士だった! という話が、数刻のうちに村中に広まっていて、ウォルターはただただ唖然とするばかりだった。

 彼自身が言わない以上、噂の出処は十中八九ユリアしかない。だが、魔女は非常に口の堅い娘だ。多少世間ずれしているものの、ウォルターの置かれた状況がわからないほど馬鹿でもない。

 目覚めたばかりで、意識が朦朧としているところに問いかけられて、半ば反射的に答えてしまったのだろう。根が素直なユリアだからこその反応で、それを咎める気にはウォルターはなれなかった。


(ユリアは、俺が辞表を出してきたなんて知らないからな……。俺がまだ騎士だと思っているのか)


 一度は目を開けたものの、再び眠りについてしまった魔女の顔を覗き込む。

 王都にいた頃より少し痩せた気がした。もともと細いのに……旅の無理と心労が祟ったのだろうか。


(早く良くなれ、ユリア。お前がこの状態だと……何も手につかない)


 まだ熱はあるのだろうかと、騎士は魔女の額に手を当てた。掌に、不自然な熱さは返ってこない。

 後は、時間の経過とユリア自身の体力に任せるしかない。溢れんばかりに持ち込まれた見舞いの品を整理しようと、テーブルの傍らに立った時、か細い声が彼を呼びとめた。

「ウォルター……」

「ユリア!?」

 魔女はゆっくりと目を開けた。

 少し離れて立っているウォルターを見て、不安そうに手を伸ばした。

「どこか……行くの? もう少しここにいて……」






 正直、ウォルターは、ユリアにあまり体力を使わせたくなかった。

 人と会話するのは、思いのほか疲れるものだ。いきなり姿を消したことに対する文句も愚痴も、回復してから存分に聞いてやるつもりだったのに、ユリアはとにかく話をしたいらしく、次から次へとよく喋る。

 ウォルターはそれを聞きながら、可能な範囲で答えていたが、その彼の「辞表を出してきた」という言葉に、ユリアは鋭く反応した。

「辞表……?」

「ああ。直接渡しても受理されそうになかったから……卑怯だとは思ったが、書き残してきた。だから、ユリア、俺はもう騎士では……」

「待って……待って下さい。辞表って……そんな話、聞いていません。ヴァルト様は、ウォルターが何も言わず出て行ってしまったって……宮廷を出奔したって……だから、大騒ぎになって」

「何だって?」

 ウォルターは眉を顰めた。

 何も言わず、宮廷を出奔。そんな真似をするはずがない。それでは、最悪の場合、上司であるヴァルトにまで責任問題が及んでしまう。

 ウォルターは、辞表をしたため、騎士団長、副騎士団長、そして二人の親しい友人に手紙を書き、残していく者たちに迷惑がかからないよう、可能な限り配慮した上で、城を去ったのだ。

 ある日突然、一人が欠けたら、勤務の回りの点では大いに負担が増えてしまうだろうが……。辞表さえあれば、誰かの責任が、監督が、という話には発展せず、騎士が一人私事で辞めたと、簡単に決着がつくはずだった。

 それが……。

「俺が出奔……。大丈夫なのか、団長は」

 ヴァルト自身、国王の信任厚く、部下の騎士が一人失踪したくらいで揺らぐような人物ではない。だが、経歴に傷は残ってしまうだろう。それを気にするような人ではないと、わかってはいるのだが……。


(どうなってんだ。じゃあ、俺が残していった辞表や手紙は……どこに行ったんだ?)


 誰かが隠した、ということだろう。誰かはわからない。悪意ある者が……。

「辞表は、フィオルとイアニスに見つけてもらおうと思っていたんだが……」

二人を飲みに誘ったのだ。日にちを決めて。その約束の日に、二人はウォルターの部屋を訪れて、辞表と手紙を発見するはずだった。

 だが、ユリアから話を聞くと、騒ぎが持ち上がったのは、その約束の日の二日も前のことだという。

 約束の日の二日前といえば、ウォルターが城を出たまさに当日。

 まるで見張っていたかのように……悪意ある者は都合良く現れて、全てを隠し、歪めてしまったのだ。


「ザカリアの件が片付いたら、一度王都に戻らなければならないな。団長の処分が気になる……」


 ユリアが珍しく怒った。


「ヴァルト様より、自分のことを心配して! 誰かが、ウォルターを失脚させようとしたのよ。辞職と失脚じゃ全然違う。ひどい……ひどいわ」


 同じだよ、と、ウォルターは呟いた。


「騎士としての責任を放棄した……そのことに変わりはない。同じなんだ、ユリア」




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