魔女の想い、令嬢の決意3
ザカリアの異変についての調査を、ザカリアの領主の娘である自分が、ザカリア出身の義弟に頼む。
これはそんなに不自然なことかしらと、エメラインは一同を眺めやる。
白騎士はもちろん黒騎士も、国王すらも、唖然として、しばらくは二の句が継げなかった。
意外に早く衝撃から立ち直った白騎士団長シュミットが、嘘だ、と呻くように呟いたが、その声はいかにも生気に欠けていた。
エメラインの話は嘘の一言で片付けるにはあまりに内容が複雑であったし、そもそも如何に滅びたザカリアでも、名家の出身であるならば、人々の記憶や記録に残っている可能性は極めて高く、調べれば真実に辿り着くのは容易であった。
「なるほどねぇ……。ウォルターが貴女の亡夫の弟……。いや、縁とは不思議なものだな」
王が笑った。快活に。
「とてもよく似ておりますのよ。アルフレドとウォルターは。同じ血を分けた兄弟、当然ですわね。騎士であるウォルターの方が、アルより更に体格が良いですけれど」
ですから、と、エメラインは改めて国王に向き直った。
「陛下……ご報告の不備、心よりお詫び申し上げます。ウォルターが城を離れたのは、私欲のためでも、ましてや陛下に仇なす意図があったわけでもございません。愛する国を、故郷を想って、我がオスカレイクに代わり動いただけに過ぎません。どうか……寛大なご処分を」
「オスカレイクに代わり……か」
国王は苦笑した。
「そう言われてしまうと、私としてはきつい処分の下しようがないな。報告の不備については厳重に注意するとして……。この件はオスカレイクと黒騎士団に一任するとしようか」
ああ、そうだ、と、王はわざとらしく膝を叩いた。
「報告の不備については、ここで沙汰を言い渡しておこう。ウォルターについては三カ月の半額減俸処分、いかに縁故とはいえ我が騎士を勝手に動かしたオスカレイク家については……そうだな、同額の罰金でも納めてもらおうか」
「陛下、私めの処分もお忘れなく」
ヴァルトが恭しく言い添えた。
「今回の件は、私の監督不行届が全ての原因。いっそ退団して……」
「どさくさに紛れて何を言っている。お前もウォルターと同じ分を減俸だ」
さぁ会議は終わりだと、王は勢い良く立ち上がった。
白騎士団長が口を挟む余地もなく、他の者もそれに倣ってがたがたと席を立つ。
「こんな馬鹿な……」
取り残された白騎士団長の呻きなど、誰も聞いてはいなかった。
「宰相閣下、黒騎士団長殿。さし出た真似を致しましたわ。心よりお詫び申し上げます」
臨時会議の間を退出後、黒騎士団長と宰相、伯爵令嬢の三人は、ヴァルトの執務室へと話し合いの場を移した。
部屋に入るなりエメラインが謝罪の言葉を口にするので、二人の男が慌ててそれを制した。
「貴女の機転に感謝こそすれ、さし出た真似などと思うはずがない」
「我々では、立場上、庇いたくともそれをするわけにはいかなかった。むしろよくやってくれたと貴女には言いたい……エメライン殿」
「本当は、私の機転ではありませんの。私に長年仕えてくれている者が、こうすれば、少なくとも時間は稼げると教えてくれまして」
ヴァルトが感心した。
「ふぅむ。そんな狸な宰相殿のような入れ知恵の出来る者が、貴女の身の回りにいたとは」
じろりと宰相が騎士団長を睨んだ。
「本人のいる所で狸と言うな」
「おお、これはすまんかった。では、居ない所で言うとしよう」
「……それもどうかと思うが」
くすくすとエメラインが笑った。
「お二人が実は仲が良いという噂……本当でしたのね」
二人は同時に嫌そうな顔をした。
「腐れ縁だ、ただの」
図らずもぴったりと声が揃ってしまい、二人はこれまた同時に溜息を吐いた。
話がどうでもいい方向にどんどん外れ出しているのを感じた騎士団長が、一つ咳払いをして、エメラインに問いかけた。
「ウォルターが、貴女の亡夫の弟という話は……」
「事実です。ただ、ウォルター自身は知らないはずです。アルフレドは、レアリング家を勘当されていましたから……」
「勘当? 何故また。優秀な人物だっただろうに」
「最新の医療を学ぶために、家を飛び出したのです。十五の時に。ウォルターはまだ五歳ですから……ほとんど記憶にも無いでしょう。彼らの両親も、家を飛び出した年の離れた兄のことは、初めから居ないものと諦めていたようです」
だが、七年前、病に冒されていると気付いた兄は、十年ぶりに、弟に手紙と貴重な人体解剖図の書籍を送った。オスカレイク家の婿養子に納まっているという事実は伏せてあったものの、行方不明とされていた兄の生存を喜んだ弟は、反対する両親を説き伏せて、王都に向かった……。
そして、兄が待つ王都に到着する前に、ザカリアが、あの悲劇に見舞われたのだ。
結局、弟は、兄に会うことが出来なかった。ザカリアの消滅からわずか数カ月後にアルフレドは亡くなり、細い糸のような繋がりは、そこで永遠に断たれた。
「貴女のご夫君……アルフレド殿の出した手紙が、奇しくも、弟の命を救ったという訳か……」
ウォルターも不思議な男だな、と、ヴァルトは思う。
七年前のザカリアでは兄に、そして六年前の蟲の女王との戦いではユリアに命を救われている。
まるで、死神がなんとか彼を手に入れようと画策するたびに、偶然と必然を司る運命の女神が、そうはさせまいと巧妙に彼を守っているかのようだ。
そして今回もまた……美しき伯爵令嬢が、黎明なる緑の魔法使いが、彼の騎士としての命を繋いだ。
(ウォルター……。好む好まざるに関わらず、お前は大きな力に守られているんだ。つまらん事で命を落とすなんて許さんぞ!)
さぁ、ここからは、俺の仕事だ。
黒騎士団長は、頭の中で忙しく考えを巡らせた。
せっかくの与えられた時間を無駄にすることは出来ない。いかにオスカレイク家の命で動いているという事になっても、あまりにも長いあいだ所在不在のままでは、また白騎士団長あたりが騒ぎ始めるだろう。
とにかく一度連れ戻さなければ。場合によっては力づくでも。
誰を派遣する?
力でも、言葉でも、ウォルターを捕まえることの出来る人間は……。
「団長」
誰かが扉を叩いた。誰可の声を待たずして踏み込んで来た二つの人影に、ヴァルトは、思わず唇の端を釣り上げた。
「お前たちか……。フィオル、イアニス」
「団長。あの馬鹿……いえ、ウォルターを連れ戻す役目を、どうか我々に」
二人の騎士が進み出る。
その手には、ウォルターが一度は手放した黒の騎士剣が、しっかりと握られていた。




