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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
3章
44/57

魔女の想い、令嬢の決意2


「当然、除名ですな。陛下の勅命を無視しての出奔……一族郎党がいればそちらも罰しても良いほどの罪ですが、まぁ、天涯孤独の身という事ですし、それが妥当な処分でしょう」


 さほど広くない部屋の、円卓を囲んで、数人の騎士たちが話し合っていた。

 騎士の他には宰相もおり、少し遅れて多忙なはずの国王までもが現れて、室内はさらに物々しい雰囲気となった。


「除名……」


 ヴァルトは唸った。

 判断誤りだ、と、苦い思いがこみ上げてくる。数日前の自分を渾身の力で殴り飛ばしてやりたい気分だった。

 多少危険でも、ウォルターを望むまま行かせてやれば良かったのだ。深入りしすぎて怪我では済まない事態に陥るのを恐れるあまり、失踪に失脚という、まさに最悪の状況を招いてしまった。

 自らの意思で出て行った以上、庇いようがない。

 いや、公平を期するためにも、彼や副騎士団長は庇ってはならないのだ。……国王すらも。

 だから、ほぼ全員が、苦虫を千匹も噛み潰したかのような表情で、一人嬉しそうに語る白騎士団長の声を聞いていた。

 あわよくばヴァルトの責任問題にまで発展させてやろうという白騎士の口調は、ますます熱を帯びてゆく。

「もともと、出自のはっきりしない、どこの馬の骨とも知れぬ輩を、安易に騎士などに取り立てるべきではなかったのです。陛下の御身をお守りする誉れ高き騎士は、我々貴族階級のみで構成すべきでした。それを、ザカリアの孤児など……。こうなると、本当にザカリア出身かどうかも怪しいですな。あるいは隣国の流れ者の可能性だとて皆無ではありますまい」

 騎士ともなれば、このような裏切り行為が出ないためにも、やはり血筋が重要。白騎士団長が、いつの間にか論旨をすり替え、白騎士の存在意義について熱弁を振るっていたが、それを咎める者もいない。

「つまり……」

 そろそろこいつの首を絞めても良いだろうかと、ヴァルトが物騒なことを考え始めた時、不意に、部屋の外が騒がしくなった。

「お待ちください。今は……!」

「そこを通しなさい。陛下と騎士団長の方々に、大切なお話があります」

 凛とした、それでいて鈴の音を転がしたような美しい声に、居合わせたほとんどの者が聞き覚えがあった。

 王が素早く通せと命じ、白の副騎士団長が、やや慌てた様子で扉を開けた。


「これはこれは……エメライン殿」


 美貌の伯爵令嬢は、男たちの物問いたげな視線を真正面から全て受け止め、真紅の薔薇もかくやという艶やかな微笑を浮かべると、この上もなく優美な所作で王に一礼を施したのだった。


「ご無礼をどうかお許しくださいませ、陛下。大切なお話がありまして、参った次第にございます」






 美しい貴婦人の乱入に、白騎士は、途端に無口になった。

 良くも悪くも女性への礼を叩きこまれた者たちである。身分の低い男に対してはよく回る舌も、高貴な伯爵令嬢が相手では、たちどころにその機能を失ってしまうようだった。

「大切な話とは?」

 押し黙った白騎士に代わり、黒騎士団長が先を促す。

 エメラインは少し首を傾げ……どう切り出せば効果的に自分の登場を演出できるか、考えているようであった……小細工無用と判断したらしく、単刀直入に口を開いた。

「ウォルター・レアリングの件ですが、彼は出奔ではありません。私の極秘の願いを受けて、旅立ったに過ぎませんわ」

「……は?」

「本当は、先に陛下と騎士団長殿に申し上げる予定だったのですが……。私、体調が優れずここのところ臥せっておりまして、ご報告が遅れてしまったのです。そうとは知らないウォルターは、予定の通りの日付けに出発してしまい……」

「お待ち下さい」

 引きつった笑みを浮かべ、白騎士団長がエメラインの台詞を遮った。

 身に染み付いているはずの紳士の仮面も、令嬢のあまりに突飛な話に、あっさりと剥がれ落ちてしまったようだった。

「一騎士と、伯爵令嬢の間に、なぜ極秘の願い云々という話が持ち上がるのです。あまりに脈絡が無さすぎる。庇いだてするにしても……もう少し真実味を帯びた内容で取り繕ってもらいたいものですな」

「一騎士と伯爵令嬢……では、確かに、そういう話にはなりませんわね。ですが、私とウォルターは、そんな薄い縁ではありませんわ」

「ほう……。伯爵令嬢とその情夫、とでも?」

「口を慎みなさい。そのように下世話な想像しか出来ぬ白騎士殿に、心より同情いたしますわ」

 エメラインは、深い翠色の双眸で、王を見つめた。若き国王は、好奇心と期待に満ちた眼差しで、令嬢の次の言葉を待ってくれているようだった。

「私、七年前に亡くなった夫を、今でも大切に想っております。あれから七年が経ち、他に愛する方も現れましたが……それでも、前の夫との絆は断ち切れるものではありませんわ」

 白騎士が、胡乱な目つきをエメラインに向けてくる。彼女の話がいきなり飛んだことに、付いて行きかねる顔だった。

「私の前夫の名は、アルフレド・レアリング。父に仕える医師でした。レアリング家は、ザカリアで代々医師を輩出してきた家系です。過去には、何名かオスカレイクの主治医も出しているほどの。ウォルターは、そのレアリング家の次男……アルフレドの、そして私の、たった一人の弟ですわ」



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