魔女の想い、令嬢の決意1
ウォルターが姿を消したと、ユリアは、彼が失踪して更に数日後、ヴァルトからようやく聞いた。
「もしかして、お前のところに立ち寄ったんじゃないかと思ったんだが……そうか、来ていないか」
ザカリアの件も、その時初めて耳にした。七年前の傭兵団の奇襲。そして、七年後の彷徨う死者。
「お前にも、何も言っていなかったのか。俺は、てっきり、お前たちは……」
ヴァルトと入れ違いのように、今度はスウェンが現れた。
驚いたことに、ウォルターはスウェンの元は訪れていた。蘇る死者について、そういう魔法はあるのか、どのようにすれば元に戻せるのか、二度とこんな事態に陥らないようにするには如何したら良いか、事細かに聞きに来たのだという。
「まさか、城を出奔してしまうなんて、夢にも思わなかったですから……。私が知る限りのことを伝えました。今となっては悔やまれます。あのとき気付いて、止めてさえいれば……」
「スウェンさんのせいではありません。ウォルターさんは、こうと決めたら動かないところがありますから……。誰にも止められないと思います」
スウェンの顔を見ているのが辛くなり、ユリアは、体調不良を理由に、せっかく来てくれた魔法使いを、半ば強引に家から追い出してしまった。
黒い感情が胸の奥で激しく渦を巻いていた。自分の所には来てくれなかったのに、スウェンの元は訪れていた、その事実が、悲しく、また悔しくて仕方なかった。
頭では理解しているのだ。死人を蘇らせるという明らかに異常な魔法は、どう考えてもユリアよりスウェンの方が詳しい。彼は、まさに、そういうレテにはない外の魔法を研究し続けてきたのだから。
ウォルターは、単純に、最もその分野に秀でた人物に知恵を借りに行っただけなのだろう。
わかってはいるのだが……気持ちが追いつかなかった。
(ウォルターさん……どうして)
視界が滲んだ。何度か瞬きを繰り返すと、たちまち涙が零れ落ちた。
騎士としての何もかもを置いて行ったということは、二度と王都に戻らないつもりなのだろう。根本的に生真面目な彼がそれをするには、相当な覚悟を要したはずである。
彼はユリアも捨てて行ったのだ。二度と会えなくなっても構わないと、言わんばかりに。
(……捨てて?)
唐突に、ユリアは気付いた。
捨てるも何も、ユリアはウォルターの所有物でも何でもない。法的に縛られる家族でもない。
捨てられた、という考え自体が、おかしいのだ。いつの間にか、自分は彼にとって特別な存在かもしれないと、過度な期待を抱いてしまっていたから……今、こんなにも傷ついている。
(私、いつから、見返りを求めるようになったの……?)
六年前、ユリアには何の気負いもなかった。目の前の少年が間もなく死んでしまうのだと思うと、ただ悲しく、助けたい一心で、魔女の石を与えた。
それが、六年後、再会した途端、気持ちに変化が現れた。もっと、もっと、と、際限なく求めるようになってしまった。
もっと会いたい。もっと話がしたい。もっと近くにいたい。
もっと……私だけを見て欲しい。
(間違っちゃ駄目よ。私の願いは、昔も、今も、これからも……一つだけ)
彼を、守りたい。
ザカリアの異変には十中八九、魔法が関与しているだろう。騎士はたいがいの苦難ならば一人で切り抜けるだけの力を持ってはいるが、今回ばかりは状況が悪すぎる。
魔法は、魔法の力を持ってしか、退けることは出来ないのだ。そして、騎士が魔法を使えない以上、それが代わりに出来るのは、魔女しかいない。
置いて行かれたならば、追いかければ良いだけの話。
追いかけて、追いついて、そしてユリアにしかない力で、彼の身を守るのだ。
(泣いている暇なんてない。私が、ウォルターを守るんだ)
ユリアは涙を拭いた。ベッドの片隅でいじけて蹲っていた我が身を起こした。
テーブルの上に、地図を広げる。見慣れぬ西の地理を頭の中に叩きこみつつ、部屋の中を歩き回り、長旅に必要な物を次々と棚から引っ張り出した。
あまり持ち合わせがないから、路銀も用意しなければ。魔法具をかき集め、古物商と両替商に走った。
ほぼ一日かけて準備をし、最後に、自宅の古い扉に鍵をかけた。
(お婆ちゃん……見ていてね。今度は、魔女が、騎士を守るから)




