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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
3章
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悪夢の胎動2


 黒騎士団長ヴァルトの元に、一つの奇妙な報告がもたらされたのは、十一月も半ばに差しかかった頃だった。

 アリストラは一年を通して比較的温暖な気候だが、それでも、この時期になると、外出時には外套を手放せなくなるくらいに冷え込んでくる。

 騎士たちの制服も、より厚地で、防寒の優れたものへと衣替えした。城の室内でも暖炉に火が灯るようになり、下働きの男たちが、毎朝、大量の薪を持って各部屋に補充に訪れるのを見かけるようになると、ああ冬だなと人々は季節の移ろいを感じるのだった。

 下男が堆く積み上げてくれた薪を、次々と暖炉の中に放り込みながら、ヴァルトは、サイラスの次の台詞を待っていた。

 有能なはずの副官が、今日に限って歯切れが悪い。寒くて頭が鈍ったのかと問いかけると、そうかもしれませんと、彼らしくもない答えが返ってきた。

「おいおい。どうしたんだ?」

「いえ、信じられないのです。私自身、その報告の中身が」

「?」

「ここに来る前に、実は、宮廷魔道士たちにも相談してみたのですよ。ですが、そんな話は聞いたことがない、と言われてしまいまして」

 現在、城には、二人の宮廷魔道士がいる。二人とも精霊を召喚する力を持ち、こと魔法の造詣の深さに関しては、十分に信頼に値する者たちだ。

 が、その二人が、揃ってサイラスの質問に困惑顔を見せたのである。

 レテの魔法に、そんな忌まわしいものはない、と。

「ちょっと待て。わかるように話せ。その報告とやらは、結局、何なんだ?」

 ヴァルトは眉間に皺を寄せた。サイラスは有能ではあるのだが、たまに、話が回りくどくなることがある。

 自分自身が納得し、十分に吟味をした上でないと、副官は上手い言葉が出にくい体質のようであった。

「端的に言いますと、死体が墓地から勝手に出てきて、うろうろ歩き回っているそうです」

「はぁ!?」

 あまりにも端的すぎる説明に、ヴァルトは、かつてない間抜けな声を出す羽目になった。






「待て。普通、死体は歩き回らんだろう」

「そうですね。普通は歩き回りません」

「じゃあ、なんで歩いているんだ」

「魔法でしょうか……考えられる可能性としては。だから宮廷魔道士たちに聞いたのです。あっさりと、そんな魔法はないと言われましたが」

「魔法でないなら、どうして歩いていられるんだ」

「私に聞かないで下さい」

 黒騎士たちの頂点に立つ男二人が、まるで掛け合い漫才のようになってきた自らの会話に気付き、これはいかんと同時に首を振った。

「本当に魔法じゃないのか?」

 魔法でないとしたら、それはそれで十分すぎるほどに恐ろしい。こういう不可解な現象は、わかりやすく魔法の仕業であってくれた方が良いのだ。

 そうでなければ……本当に説明がつかなくなる。

「宮廷魔道士殿の話では、レテにそのような魔法はないと」

「むぅ……」

 ヴァルトは唸った。彼は十年も騎士団長をやっている男なので、随分と色々な経験を重ねてきたが、さすがに歩く死体という話は初めてだった。

 とにかく物知りな魔女ヒルダが生きていれば、良い助言を与えてくれたかもしれないが、彼女は現世を去って久しいし、他に相談できるような当てもない。

「魔法云々は後で調べるとして……。で、どこだ。その歩き回る死体とやらがいる場所は」

 考えても仕方のない事はさっさと脇に押しやって、ヴァルトは極めて現実的な質問をした。

「王都の墓地か? それなら俺が今夜にでも行って捕まえてくるぞ」

 サイラスは呆れた。

 何故、この人は、何かと自分で動きたがるのだろう。本気で真夜中に一人で墓地に行くつもりなのか。黒騎士団の長ともあろう立場の者が!

「王都ではありませんよ。もっと遠い場所です」

「何だ、そうか」

「がっかりした声を出さないで下さい」

「で、どこだ?」

「最悪の場所です。ザカリアです。あの……」

「何だって……」

 さすがのヴァルトも、すぐには二の句が告げなかった。






 ザカリアは、彼にとっても辛い記憶の残る地だった。

 かの町が謎の一軍に襲われているとの報告を受け、ヴァルト率いる黒騎士団が駆け付けた時、ザカリアは既に壊滅していた。謎の一軍は軍隊などではなく、程度の低い傭兵らの烏合の衆だと判明し、連中には相応しい罰をくれてやったが、結局、罪無き町人の誰一人として救うことは出来なかった……。


(いや。一人だけ生き残った。あの焦土と化した廃墟の町で……ウォルターを見つけた)


 騎士団が彼を救ったわけではなかった。詳しい経緯は知らないが、ウォルターは、襲撃の夜、偶然にも町を離れていたのだ。

 訃報を受け、慌てて取って返したものの、彼もまた騎士団と同じく間に合わなかった。やっと故郷に辿り着いた時、町に生者の気配は無く、当時十五歳の少年に出来ることといえば、せいぜい剥き出しの遺体を土に埋めてやるくらいのものだった。

 壊れた町に、僅かに残った金目のものを求めて、ちょうど賊の類も出没していた。

 少年はそれに鉢合わせてしまったが、ヴァルトが助ける必要などなかった。騎士団長が手を差し伸べる間もなく、たった一人で夜盗を叩きのめしてしまったからだ。


(お前……ザカリアの生き残りか)

(……あんたは?)

(アリストラ黒騎士団だ。……すまん。間に合わなかった……)


 どうしてもっと早く来てくれなかったんだ! そう罵られて当然だった。だが、少年は無言だった。ひどく冷静だった。

 取り乱して、激情のままに泣き喚いても許される年頃だろうに、涙ひとつ見せない。胸の奥に黒い感情をすべて閉じ込めて、自分一人の力だけで、何もかもに折り合いを付けてしまおうとしているかのようだった。

 せめて皆を埋葬してほしいと、少年は、ただそれだけを言った。


(……おい、お前、俺と一緒に来い)

(……?)

(ザカリアをこんなにした奴らを、これからひっ捕らえに行く。お前も来い)


 騎士団長は、少年に手を差し出した。

 少年は、躊躇わずその手を取った。復讐の狂える炎が胸の内に猛っているのではないかと、騎士団長は慎重に青い瞳を覗き込んだが、少年の双眸は凪の海ように静かだった。


 ああ、大丈夫だ。そう思った。

 こいつは見誤らない。間違えない。

 乗り越えて行けるだろう……その強さを、確かに感じる。

 

 だから、ヴァルトは言ったのだ。


「騎士になれ。国を、町を、……お前自身の大切な人を、守るために」






「ウォルターの耳に入れるな。絶対に」

 思いの外きつい声で、ヴァルトは言った。サイラスが頷く。

「その方が良いでしょう。ザカリアの死者が蘇って、辺りを徘徊しているなどと知ったら……」

「最悪だ。その歩き回る遺体の中に、あいつの家族がいる可能性も……」

「皆無ではないでしょう」

「……くそったれ」

 時の経過が、せっかく、傷口を塞いでくれたのに。

 音もなく降り積もる雪のように、醜く残った傷跡すらも、白く、塗り替えようとしていてくれたのに。


「とりあえず原因を調べる。全てはそれからだ」



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