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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
3章
38/57

収穫祭の夜会4


(ウォルターさん……いたけど……)


 人ひとりを探し出すなど不可能に思われた大賑わいの会場で、ユリアはようやく騎士を見つけた。

 だが、騎士の傍らには既に他の女性がいた。広間の中ほどで、まさにダンスの真っ最中だった。

 ちょうど流れてきた華やかで速い曲調に合わせ、数ある舞踊の中では相当に難しい部類のそれを、二人で難なくこなしていた。レストル、と呼ばれるそのダンスは、男性が女性の腰を支えて浮かせたまま回るような非常に難度の高い動作も入り、例えば限りなく素人に近いユリアなどには、逆立ちしたって出来そうもない踊りだった。

(ウォルターさん、すごい……。何でも出来る人だなぁ)

 感心して見ているうちに曲は終わり、二人は挨拶を交わして別れた……かに見えたが、令嬢は騎士を気に入ったらしく離さなかった。

 引きずるようにして強引に何処かへと連れ去ってしまう。

「ちょっと、何なのよ、あれは! 何やっているのよ、貴女の騎士は!」

 ユリアではなく、エメラインが代わりに怒った。

「いえ。上からご婦人方の相手をするよう、言われているはずですから……」

 と、スウェンが気の毒に思ったのか、ウォルターの肩を持ってみたが、

「上の命令とユリアと、どっちが大切なのよ!?」

 かえって逆鱗に触れただけだった。

「仕方ないですよ。お仕事だって言っていたし……」

 時々見に来る、とは言っていたものの、あの様子ではユリアに構っている暇などないかもしれない。

 会場に来てみてわかったのだが、騎士は人気が高いのだ。彼らが普段かかわっている捕り物や魔物との戦闘などは、刺激を求めている貴婦人たちには、それはそれは面白い冒険譚に聞こえるらしかった。加えて、いまこの会場にいる騎士たちが、上の意向で見目の良い者ばかり集められているとなれば、尚更だった。

「エメライン様とスウェンさんも踊ってきて下さい。私、ここで見ていますから」

「一人で大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。せっかく夜会に来ているのに、踊らないなんて勿体ないです」

 じゃあ一曲だけ、と、エメラインがスウェンを伴い、広間の中央へと進み出た。彼らの姿が見えなくなるや否や、いきなり肩を掴んできた見知らぬ男がいて、ユリアは危うく悲鳴を上げるところだった。

「踊って頂けますか、美しい方」

「は? いえ、あの……」

 躊躇うユリアの腰に、男は強引に手を回してきた。腰から背中へと、まるで撫で回すかのように触れられた時、ユリアの中で、膨れ上がった嫌悪感が一気に爆発した。

「離して下さい!」

 普通の女性なら、頬を引っ叩いているのだろう。だが、ユリアは魔女だった。殴るなどという原始的な方法に頼らなくとも、無作法な男を黙らせるだけの手段は、他に幾つも持っていた。

 ユリアは素早く小声で呪文を呟いた。男はたちまちくたくたと崩れ落ち、床に大の字になって、盛大に鼾をかき始めた。

「ごめんなさい……」

 魔女は身を翻し、逃げるようにその場を離れた。






(どうしよう……思わず使っちゃった……。大騒ぎになっていたら……)

 ちょうど開いていたテラスのガラス扉を潜り抜けると、そこには短い階段があり、庭に降りられるようになっていた。

 暗闇が身を隠してくれることを期待して、ユリアは躊躇わず外に出た。少し走ってから、ふと振り向くと、夜会の広間の明かりは随分と遠くに見えた。

 結局、一曲も踊らず、ほとんど誰とも会話せず、一番会いたかった人にも会えず仕舞いで、一体自分は何をしに来たのだろうと思ってしまう。

 ただ疲労感だけが増してゆき、会場に戻る気にもなれず、ユリアは、夜闇の中、唯一彼女の友でいてくれる月を見上げた。

 先ほど騎士が躍っていたレストルを思い出す。どうやるのだろう、自分にも出来るだろうかと、その場でくるりと回ってみた。

 ふんわりと膨らんだスカートが、月明かりを弾くように煌めいて、これは良いかもと嬉しくなった。

「一、二……あら?」

 頭で思い描いているようには、体の方は動かない。難しいな、と小首を傾げた時、よく知っている声が背後からかけられた。

「教えてやろうか?」

 同じ月明かりの下に、ユリアが会いたかった騎士が、立っていた。






 ユリアが男に絡まれたのは、見えていた。

 だが、騎士が助けに入る前に、魔女は自らの力だけで難を逃れた。

 倒れた男はそこそこ身分のある貴族で、後始末だけが面倒なことになりそうだったので、ウォルターは、どさくさに紛れてワインをたっぷりと寝ている男にかけてやった。

 今頃、会場の方では、酒癖の悪い貴族が、酔い潰れて勝手に寝込んだということになっているだろう。

 そのまま魔女を探して、魔女を見つけたが、すぐには声をかけることは出来なかった。月の光を浴びて佇む彼女が、あまりにも儚げで、美しかったから。

 まるで、神話に出てくる、人嫌いの妖精のようだと思ってしまった。雑念だらけの人間である自分が声をかけようものなら、二度と手の届かぬ遠い場所へと消えてしまいそうな気すらして、しばらくの間、時が経つのも忘れてただ魅入るばかりだった。

 月下の魔法を解いたのは、魔女自身の、妙に人間くさい声だった。

「一、二……あら?」

 妖精から人間へと戻った彼女に、心底ほっとしつつ、ウォルターは今度こそ躊躇いなく声をかけたのだった。






「ここでですか?」

「人がいない方がいいだろう? 人の足を踏んづけるのを見られなくて済むからな」

「む。踏みませんよ。少しですけど、エメライン様とスウェンさんにちゃんと習いましたから」

「基本の型だけだろ。レストルは難しいぞ。足を踏まずに覚えるなんて、お前じゃ無理無理」

「むむ。じゃあ教えて下さい。完璧に踊って、ウォルターさんを驚かせてみせますから!」

「では魔女殿、お手をどうぞ?」

「望むところです」

 紫色の瞳が、挑戦的に見返してくる。柔らかな笑顔もいいが、こういう表情も悪くないと騎士は思う。

 腰に手を回し、ぐいと引き寄せると、魔女は一瞬うろたえた。だが、いつもならすぐに照れて俯いてしまうはずなのに、今夜は毅然と顔を上げ、ぴんと背筋を伸ばして、決してウォルターから視線を外さなかった。

「まずは左足から。一、二……こら、無意識に逃げるな」

「な、なんか近すぎる気が」

「これが適正距離」

「そ、そうですか?」

 会場で見た時は、こんなにくっ付いていなかったような……と、ユリアは混乱した頭で考える。外気の肌寒さが気にならなくなるくらい、体が密着しているせいで、その考えも纏まらない。息が上がってきているのは、動いているせいなのか、それとも……。

「あ、あの……」

「何だ?」

「や、やっぱり、くっ付きすぎているような」

「レストルを習いたいんだろ?」

 会場で踊っていたのは、レストルの一番。難易度の高い、玄人向けの魅せるダンスだ。

 が、今ユリアに教えているのはレストルの五番。こちらは難しくはないが、夫婦や恋人間でしか通常は踊らない。その密着度の高さと、演出に口付けなども入ってくるため、親しい間柄でないと踊れないのだ。

 言わずもがなだが、実はウォルターも実際にこれで体を動かしたのは初めてだった。

 ユリア以外の娘と、よもやこれを踊ろうなどとは思うはずがない。


「嫌ならやめようか?」

「嫌じゃ……ないです」


 予想外の答えが返ってきた。

 ユリアは、時々、意識せずにウォルターの心を掻き乱す。騎士がどれほど魔女を欲しているかなど、きっと、知りもしないのだ。知りもしないから……そんな、誘うような事を平然と言ってくる。

「嫌じゃないって……これでも?」

 なめらかな頬に、手を、唇を、滑らせる。ユリアは微かに震える声でそれに答えた。

「嫌じゃないです……」

「じゃあ……」


 これも?


 唇が触れあった。

 ユリアは逃げなかった。目を閉じ、おずおずと、ウォルターの背に腕を回した。


(嫌なはず……ないです……)




……激甘?


騙されています。魔女さん。

悪い騎士だなぁ、と思ったり^^;

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