収穫祭の夜会3
オスカレイク邸の三人の侍女は、実は魔女ではなかろうかと、ユリアは思った。
いつもエメラインの装いを担当しているという彼女たちは、それこそ魔法のように手際良く、田舎娘のユリアを美しい姫君へと仕立てあげてゆく。まずは補正下着とやらでぎゅうぎゅうと締め付けられたのには参ったが、多少苦しいのを我慢すれば、信じられないほどの細腰と、底上げしてもいないのに豊かに膨らんだ胸元が完成した。
華やかだが拘束着のようにも感じられるドレスを身に付けると、次は、生まれて初めての化粧を施された。
白粉をはたき、眉を整え、目蓋に幾つもの淡い色を重ねてゆく。珊瑚から採ったという高価な紅を唇に刷き、やっと終わったかと思うと、侍女たちはその上からもゆっくりと時間をかけて、更に細かな手直しをかけていった。
一人が化粧をしている間に、残る二人はユリアの短い髪を結っていた。明らかに長さが足りないので、ユリアは髪をいじるのは無理ではないかと思ったが、素晴らしい技術者でもある彼女らの手にかかれば、そんなものは杞憂に終わった。
同じ色の付け毛を器用に織り込み、どうにもならない後れ毛は自然に垂らし、全体的に柔らかな雰囲気を保ちつつ、侍女たちはユリアの頭を見事なまとめ髪へと整えた。しかも一見すると、簡単に解けてしまいそうなふんわりとした印象なのに、頭を振ろうが飛び跳ねようが、まったく形が崩れない。
「すごいです。皆さん」
ユリアが心の底から感心すると、三人の侍女は誇らしげに微笑んだ。
「素晴らしいのはユリア様の方ですわ。……ああ、本当に、お美しいこと。このまま飾っておきたいくらいですわね」
侍女に導かれるまま、鏡の前に立つ。
「女神ティシア様が降り立ったのかと思いましたわ」
それは誉めすぎだろうとユリアは曖昧に微笑んだ。が、侍女の世辞は話半分に割り引くとしても、普段の自分とはあまりにも違う姿に心が躍るのは止められなかった。
(ウォルターさん……誉めてくれるかな?)
見て欲しい人は、一人だけ。
たとえ千人にもてはやされても、そのただ一人の人に何も言ってもらえなければ、意味がない。
(……その前に、そもそも会場でまったく会えなかったらどうしよう……)
思わず不吉なことを考えてしまった時、同じく支度を終えたらしいエメラインが部屋に入ってきた。
「ふふ。綺麗よ、ユリア。これなら、どんな堅物な騎士だって、甘い言葉を囁かずにはいられないわね」
廊下では、女たちの長い身支度に待ちくたびれたらしいスウェンが、壁にもたれて欠伸を噛み殺していた。
ユリアの姿に驚いたらしい彼が、思わず見惚れていると、
「ちょっと! 貴方が見るべきはこの私!」
と、令嬢に容赦なく足を踏みつけられた。
「……貴女はいつも綺麗ですから」
「そんなのわかりきっているけど、他の女を見るのは駄目よ」
「……はぁ、すみません」
「後でたっぷりお仕置きね」
なぜか、一瞬、スウェンは顔を赤くしたようだった。ユリアが心配そうに声をかける。
「スウェンさん、風邪ですか? 何だか顔色が……」
「……いえ。何でもありません。むしろ聞かないで下さい……」
不思議そうに首を傾げる魔女と、うろたえる魔法使いと、一人だけ楽しそうな伯爵令嬢の三人は、そうしてオスカレイク邸を後にしたのだった。
夜会の会場は混んでいた。しかも、ぱっと見てそうとわかるほど、明らかに女性の数が多かった。基本無礼講な王の主催する収穫祭の夜会は、必ず男女揃って出席する必要がなく、一人の父親や兄弟が親族の娘たちを大勢引きつれて訪れたためである。
一つのテーブルを仲良く囲んで、談笑でもしていてくれれば全く問題はないのだが、案の定、壁際でぽつりと佇む女性が早くも現れ始めていた。
これは仕事だと割り切って、仮面の笑顔を張り付けて完璧に令嬢たちの相手をする騎士もいれば、仕事だとわかってはいても割り切れず、警備に託けてひたすら歩きまわるだけの騎士もいた。
前者がフィオル。後者がウォルターとイアニスである。
「……無理。絶対に無理。俺、具合悪くなりそう……」
と、イアニスが呻けば、
「何故だろう……。戦地に放り出されたような気分になるのは……」
遠い目をしてウォルターがそれに答える。
そもそも気のきいた会話って何だよと、二人は思う。
蟲の女王との戦闘? 旅人殺しの小悪党の逮捕劇? それとも貴族の館の大火災の消火活動か?
そんなものを聞いて喜ぶ女性がいるのだろうか。……いや普通は喜ばないだろう。
「踊って頂けます? 黒騎士殿」
しかも最近のご婦人がたは積極的だ。こちらから声をかけなくとも、向こうから嫌になるほど声をかけてくる。
ああ、ついに来たかと、イアニスが観念して貴婦人の手を取った。もともと運動神経は抜群に良い男であるから、一度舞台に出てしまえば、嫌がっていたわりには見事な宮廷舞踊を披露してみせた。
「あの……」
ウォルターの傍らにも、見知らぬ令嬢が立っていた。
「踊って頂けますか?」
令嬢よりも先に、ウォルターが口を開いた。彼もまた腹をくくったのだった。どの道、遅かれ早かれ、こうなる事はわかっていたのだ。これだけ暇を持て余した女性がうようよいれば、逃げ切れるものではない。
令嬢は、ぱっと表情を輝かせた。騎士は恭しく姫君の手を取って、彼女を中央へと導いた。
内心、うわぁ柄じゃねぇ、俺! などと思いながら。