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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
3章
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収穫祭の夜会1


「ユリア、今日は珍しいお菓子が入ったの」

 最近、エメラインから頻繁にお茶に誘われる。

 香り立つ異国の茶と、王都一と謳われる名店の菓子に迎えられ、帰りには食べきれないほどのお土産まで持たされる。

 レテには甘い菓子など無かったので、それはとても嬉しいのだが、こうも続くと、うら若き乙女の身としては非常に辛いものがあった。

 腹や腰に余計な蓄えが付くのではないかと……気になって仕方ない。別に、誰かに見せるわけでもないけれど。

「あら。ユリアは痩せすぎよ。もう少し食べた方がいいわ。殿方は、少しふくよかなくらいの方が好きみたいよ」

「はぁ……」

 ウォルターもそうなのだろうか。やはり凹凸のはっきりした体の方が好みなのだろうか。そんな事を考えて、ユリアははっとした。なに変なこと想像しているの、私!

「いえ、あの……十分頂いています」

「あともう一つお食べなさい」

「うう……お腹いっぱいです」

 それにしても、こんな風にエメラインと打ち解けて話せるとは思わなかった。初めて会った時には、明らかに敵意のようなものを感じていたのだ。この変化にはかえって戸惑ってしまう。

「私、エメライン様には、嫌われていると思っていました……」

 正直に胸の内を明かすと、令嬢は、何やら難しい顔つきで考え込んだ。

「……声が聞こえた気がするの」

「声ですか?」

「ええ。あの火事の夜、白い光の中で、貴女の声を聞いた気がするの。もう大丈夫、そこから出してあげるって……」

 彼女自身の意識の奥底で、エメラインは長いこと鎖に繋がれていた。鎖に繋がれろくに身動きも取れない状態のまま、呪いが生み出した自らの影が傍若無人に振る舞う様を、なす術なく見つめていた。


(……影?)


 いや違う。影などではない。呪いが作り出した、都合の良い幻などでは決してない。

 あれは紛れもなく自分自身だった。自らが望んだものを、欲望に忠実に、手段を選ばず、手に入れようとしただけだ。

 賢い犬を欲しがったのも、スウェンを他の誰にも渡すまいとしたのも、ウォルターに心惹かれたのも、全て彼女の中の真実だった。

 ただ、歯止めがきかなかった。人間ならば誰もが持っている理性や良心といったものが、膨れ上がる黒い感情の前にはことごとく無力だった。

 頭の中には、常に怒りと憎しみが渦を巻いていた。なのに、その怒りと憎しみの出処が、向かう先が、わからない。

 自分が何に腹を立てているのかさえも、エメラインはほとんど理解していなかった。苛立ちは、とうの昔に堰を超えて、溢れ出していたにも関わらず……。


 疲弊して、心が徐々に崩れていったのは、呪いのせいなのか。それとも……。


(私は、もう、壊れる寸前だったのかもしれない)


 それが、あの夜、消えた。

 

「私、あなたに……いえ、あなた方に、助けてもらったと思っているのよ」

 少し冷めてきた紅茶を、エメラインは口に含んだ。何となくそれを見習って、ユリアも飲み物を一口飲んだ。慎重に高価な茶器をテーブルの上に戻した時、エメラインの両手が伸びてきて、ユリアの手を握り締めた。

 驚き目を丸くしていると、少しはにかんだような微笑を浮かべ、令嬢は言った。

「改めて……お友達になっていただけるかしら? ユリア」

 魔女もまた微笑んだ。渇いた地に降る恵みの雨のような、柔らかな笑顔だった。

「恐れ多い事ですが……私、もう、エメライン様とはお友達だと思っていました」






「そういう訳で、ユリア。せっかくお友達になったのだから、舞踏会に出ましょう」

「はい?」

 はにかんだような微笑の上に満面の笑みを上乗せして、エメラインが提案した。

 話がいきなり飛んだことに付いていけず、ユリアは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。

「ぶとうかい?」

 それは、綺麗なドレスを着て、音楽に合わせて男の人とくるくる踊る、あの華やかな催し物のことだろうか。まさか戦う方ではないと思うが……ないと信じたい。

「ウォルターも呼びましょう」

 ウォルターも来る。黒騎士の中でも一二を争う高い戦闘能力を誇る彼が。では本当に戦う方かもしれない。それに私が出る? いやいや無理だ。絶対に無理。

「もう! 貴女って、どうしてそう時々ありえない方向に話を持っていくのよ。武闘会じゃなくて、舞踏会よ! ダンスよ!」

「は、はい。ダンスの方でしたか」

「当たり前でしょう。あまり笑わせないでちょうだい。まぁ、戦う方が、貴女の騎士は喜びそうだけど」

 エメラインは立ち上がり、微かな衣擦れの音とともに、ユリアの隣に移動した。

「ユリア、ちょっと立ってみて」

「はい」

 言われるままに立ち上がる。伯爵令嬢は、いきなり、何の前触れもなくユリアの腰を両手で挟んだ。

「ななな、何ですかっ!?」

 更に、胸を掴んだ。

「きゃああ!」

 脱兎のごとく逃げ出したユリアを眺めながら、令嬢はひらひらと扇を動かした。

「着痩せするたちなのね、貴女。それだけあれば、胸に詰め物はいらないわね。腰も細いし……」

 これなら流行りのドレスも着こなせそうだ。急いで仕立て屋を呼ばなければ。出来ればウォルターの方にも新調した礼服を着せたいところだが、これはさすがに無理だろう。

 まぁ、騎士は宮廷作法も服装規律も徹底的に仕込まれているので、彼の方に不安はない。大いに不安なのは、この……。


「うふふ。磨きがいのある素材で、楽しみだわ。とびっきりの淑女に仕立ててあげるから、見ていなさい」



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