収穫祭の夜会1
「ユリア、今日は珍しいお菓子が入ったの」
最近、エメラインから頻繁にお茶に誘われる。
香り立つ異国の茶と、王都一と謳われる名店の菓子に迎えられ、帰りには食べきれないほどのお土産まで持たされる。
レテには甘い菓子など無かったので、それはとても嬉しいのだが、こうも続くと、うら若き乙女の身としては非常に辛いものがあった。
腹や腰に余計な蓄えが付くのではないかと……気になって仕方ない。別に、誰かに見せるわけでもないけれど。
「あら。ユリアは痩せすぎよ。もう少し食べた方がいいわ。殿方は、少しふくよかなくらいの方が好きみたいよ」
「はぁ……」
ウォルターもそうなのだろうか。やはり凹凸のはっきりした体の方が好みなのだろうか。そんな事を考えて、ユリアははっとした。なに変なこと想像しているの、私!
「いえ、あの……十分頂いています」
「あともう一つお食べなさい」
「うう……お腹いっぱいです」
それにしても、こんな風にエメラインと打ち解けて話せるとは思わなかった。初めて会った時には、明らかに敵意のようなものを感じていたのだ。この変化にはかえって戸惑ってしまう。
「私、エメライン様には、嫌われていると思っていました……」
正直に胸の内を明かすと、令嬢は、何やら難しい顔つきで考え込んだ。
「……声が聞こえた気がするの」
「声ですか?」
「ええ。あの火事の夜、白い光の中で、貴女の声を聞いた気がするの。もう大丈夫、そこから出してあげるって……」
彼女自身の意識の奥底で、エメラインは長いこと鎖に繋がれていた。鎖に繋がれろくに身動きも取れない状態のまま、呪いが生み出した自らの影が傍若無人に振る舞う様を、なす術なく見つめていた。
(……影?)
いや違う。影などではない。呪いが作り出した、都合の良い幻などでは決してない。
あれは紛れもなく自分自身だった。自らが望んだものを、欲望に忠実に、手段を選ばず、手に入れようとしただけだ。
賢い犬を欲しがったのも、スウェンを他の誰にも渡すまいとしたのも、ウォルターに心惹かれたのも、全て彼女の中の真実だった。
ただ、歯止めがきかなかった。人間ならば誰もが持っている理性や良心といったものが、膨れ上がる黒い感情の前にはことごとく無力だった。
頭の中には、常に怒りと憎しみが渦を巻いていた。なのに、その怒りと憎しみの出処が、向かう先が、わからない。
自分が何に腹を立てているのかさえも、エメラインはほとんど理解していなかった。苛立ちは、とうの昔に堰を超えて、溢れ出していたにも関わらず……。
疲弊して、心が徐々に崩れていったのは、呪いのせいなのか。それとも……。
(私は、もう、壊れる寸前だったのかもしれない)
それが、あの夜、消えた。
「私、あなたに……いえ、あなた方に、助けてもらったと思っているのよ」
少し冷めてきた紅茶を、エメラインは口に含んだ。何となくそれを見習って、ユリアも飲み物を一口飲んだ。慎重に高価な茶器をテーブルの上に戻した時、エメラインの両手が伸びてきて、ユリアの手を握り締めた。
驚き目を丸くしていると、少しはにかんだような微笑を浮かべ、令嬢は言った。
「改めて……お友達になっていただけるかしら? ユリア」
魔女もまた微笑んだ。渇いた地に降る恵みの雨のような、柔らかな笑顔だった。
「恐れ多い事ですが……私、もう、エメライン様とはお友達だと思っていました」
「そういう訳で、ユリア。せっかくお友達になったのだから、舞踏会に出ましょう」
「はい?」
はにかんだような微笑の上に満面の笑みを上乗せして、エメラインが提案した。
話がいきなり飛んだことに付いていけず、ユリアは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
「ぶとうかい?」
それは、綺麗なドレスを着て、音楽に合わせて男の人とくるくる踊る、あの華やかな催し物のことだろうか。まさか戦う方ではないと思うが……ないと信じたい。
「ウォルターも呼びましょう」
ウォルターも来る。黒騎士の中でも一二を争う高い戦闘能力を誇る彼が。では本当に戦う方かもしれない。それに私が出る? いやいや無理だ。絶対に無理。
「もう! 貴女って、どうしてそう時々ありえない方向に話を持っていくのよ。武闘会じゃなくて、舞踏会よ! ダンスよ!」
「は、はい。ダンスの方でしたか」
「当たり前でしょう。あまり笑わせないでちょうだい。まぁ、戦う方が、貴女の騎士は喜びそうだけど」
エメラインは立ち上がり、微かな衣擦れの音とともに、ユリアの隣に移動した。
「ユリア、ちょっと立ってみて」
「はい」
言われるままに立ち上がる。伯爵令嬢は、いきなり、何の前触れもなくユリアの腰を両手で挟んだ。
「ななな、何ですかっ!?」
更に、胸を掴んだ。
「きゃああ!」
脱兎のごとく逃げ出したユリアを眺めながら、令嬢はひらひらと扇を動かした。
「着痩せするたちなのね、貴女。それだけあれば、胸に詰め物はいらないわね。腰も細いし……」
これなら流行りのドレスも着こなせそうだ。急いで仕立て屋を呼ばなければ。出来ればウォルターの方にも新調した礼服を着せたいところだが、これはさすがに無理だろう。
まぁ、騎士は宮廷作法も服装規律も徹底的に仕込まれているので、彼の方に不安はない。大いに不安なのは、この……。
「うふふ。磨きがいのある素材で、楽しみだわ。とびっきりの淑女に仕立ててあげるから、見ていなさい」




