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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
2章
31/57

騎士の選択1


 時計の針が、ちょうど夜の十一時を指していた。

 翌日が休みなのもあり、ウォルターは何とはなしに起きていた。飲みに行こうかとも思ったが、それをするほど出歩きたい気分でもなく、気付けば思考はユリアの語っていた依頼とやらへ飛んでいた。

(まったく。意外に頑固なんだよな……あいつ)

 自分のことは棚に上げて、そう思う。危険ならば受けなければ良いのに、必要とされているからと、一向に引きやしない。

(俺が、口を挟めることじゃない……)

 わかっている。彼はユリアの親でもなければ兄弟でもない。ましてや夫でもない。一番近い立場は何かと言われれば……友人だろう。

 友人には、当然、何の権利もない。


「ウォルター……」


 扉を叩く音がした。不毛な思考を中断して、ウォルターは扉に向かって誰何した。

「誰だ?」

「すまん、俺だ。イアニスだ」

 珍しい客が来た。ウォルターは扉を開けた。黒衣の制服姿のイアニスが立っていた。心なしか、顔色が悪い。

「どうしたんだ?」

「親父が倒れた」

 その一言で、ウォルターは理解した。これから夜間勤務に向かおうという時、家族に大事があったのだろう。

「わかった。勤務は俺が行く。お前は帰れ」

「すまん」

「……容態は? 大丈夫なのか?」

「わからないんだ。まだ、何も……」

「……そうか。とにかく付いていてやれ。こっちは心配しなくていい」

「今度、お前が夜間勤務の時に代わるよ。本当にすまん。……助かる」

 ウォルターが同僚の肩を叩いた。

「今度、お前んところの飯を奢ってくれ。それでいい」

「ああ……。うちで一番高いやつを奢るよ」

 イアニスが去った後、ウォルターは素早く着替えると、同僚の持ち場へと馬を走らせた。






 ウォルターの夜間警備の持ち場は城内、王と王の一族の居室だが、イアニスは城外の貴族街を担当している。

 ここは、巨大な屋敷が広大な敷地に居を構えるだけあって、とにかく広い。自分自身が見回るというよりは、警備兵たちに指示を出して、それを纏めるというのが主な役割だった。

 貴族街の詰所に行くと、既に警備兵たちは出揃っていた。イアニスではなく別の騎士が姿を見せたことに驚いたようだが、手短に理由を話すと、皆、気遣わしげな表情を見合わせた。

「イアニス様……それはご心配ですね」

 どうやらイアニスは上司としては部下に好かれているらしい。以前は白騎士がここを担当していたが、それは酷いものだったと兵士たちは口々に言い立てた。

「そもそも、滅多に来なかったですよ。白騎士は。だからずっと自分らだけでやっていました」

「貴族の家には、何かあっても自分ら兵士では踏み込めないんですよ。だから騎士様が必要だってのに、いつもいないんだもんなぁ」

「そのくせ何かあるとすぐに俺らのせいにするし」

 何やら、愚痴の聞き役になっている。ウォルターは苦笑した。彼が担当している王の居室警備は、二人一組で巡回するだけなので静かなものだが、十数名の兵士が絶えず出入りする市街の詰所は、とても賑やかだ。

 面白い話も聞けるし、たまにはこれも悪くない……しきりに謝っていたイアニスに、そう言ってやろうと思った時、不意に、夜空が白く輝いた。

「何だ?」

 外に飛び出すと同時に、そう遠くない場所で、爆裂音が轟いた。

 今度は白ではなく赤く天空を染め上げて、貴族の屋敷が燃えているのが、はっきりと見えた。


「火事だ……!」






「非番、休暇の者も呼び出し、消火にあたらせろ! 非常線を張れ。野次馬を中に入れるな。詰所からありったけの水と氷のオーブを持ってこい!」

 素早く指示を飛ばすと、ウォルターは真っ先に現場に駆け付けた。

 燃えている館は大きく、消火には手間取りそうだが、敷地が広いので飛び火の心配はなさそうだ。庭が森のように雑然としているのが気になるが、幸い、木が密集して建物に近い側は、炎の勢いが強くはなかった。

 しかも、屋敷は、現在は使用されていない空き家だという。つまり中にはほとんど人がいないということだ。

 ウォルターはほっとした。その人のいないはずの屋敷でなぜこれほどの火災が起きたか疑問は残るが、それは後から調べればいい。

「た、助けてっ!」

 館から、一人の女が転がり出てきた。少ない生存者から情報を引き出そうと、ウォルターは彼女に駆け寄った。

 今日は珍しく客がいる、と、彼女は語った。その客の食事を準備するために呼ばれた下女は、ついでに真面目に掃除もし、そろそろ帰ろうかと思ったときに、この爆発に見舞われたとのことだった。

「お、お嬢様が中にっ!」

「何だって?」

「エメライン様がまだ中に! そ、それにお客様も!」

「中に何人いるんだ!」

「わ、わかりません。正確な人数までは……。お客様は一人です。ちらっと見ただけですが……銀色の髪の、とても綺麗な娘さんでした」

「銀色の……髪?」

 ぞっとした。

 銀髪は確かに珍しいが、ユリアの他にいないわけではない。

 だが、彼女は難しい依頼を受けたと言っていた。その依頼の中身までは知らないが、わずか数日後、突如として現れた……不可解な白い閃光と強すぎる炎。

 無関係とは思えなかった。

「まさか、中に……」

 騎士は消火にあたっていた者から水桶をひったくると、中身を頭から被った。兵士らが止める間もなく、燃え盛る建物の中に飛び込んだ。


「ウォルター様……!!」



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