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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
序章
3/57

蟲の女王2

「ウォルター、俺から離れるなよ」

 黒の騎士の頂点に立つ男は、まだ自分の半分ほどしか生きていない少年に、そう声をかけた。

「はい」

 特に恐れる様子もなく、淡々とした表情で少年は頷く。先月、ようやく十六歳になったばかりの新参者だが、その秀麗な見てくれに反してかなり根性の座った奴だと、ヴァルトは彼を高く評価していた。

 剣筋がいい。咄嗟のときの判断がいい。努力だけでは補いきれない天賦の才を、少年は持っていた。

 こいつは強くなる……!

 初めて会った時から、予感があった。武器を持っている複数人の荒くれ者を、瞬く間に素手で叩き伏せてしまった、その光景を見たときから。

「ぼ、僕も、離れずに付いていきます!」

 と、横から妙な声がして、ヴァルトは思わず振り返った。

 ウォルターの隣に、さも当然という顔をして、見たこともない少年がくっ付いている。

 黄金の巻き毛に、大きく澄んだ翠の瞳。染みひとつない真っ白な鎧。翻るマントも、草の地面を踏みしだくブーツも、目が痛くなるほどの純白で……これから魔物討伐をするとは思えない、何とも目立ちすぎるその姿。

「誰だ、お前」

「はい! 白騎士団所属、ライオネル・グリント・アルトールと申します!」

「……どうして白騎士がここにいる。自分の部隊はどうした」

「はい! 気が付いたら見えなくなっていました。どうやら自分は迷子になったと思われます」

「迷子……」

 ヴァルトは思わずこめかみを押さえた。

 白騎士団が足手まといになるのは百も承知だが、迷子が堂々と黒の中に迷い込むとは、さすがに予想もしていなかった。その辺の草むらに放り出してやりたい気分になったが、そうもいかない。

「おい、ウォルター。面倒見てやれよ。お前と一番年が近そうだ」

 他の黒騎士が言い、ウォルターはじろりとライオネルを睨んだ。自分と同年代とは思えない鋭い眼差しに、金髪の少年は思わずびくりと身を竦めたが、なけなしの勇気をかき集めて愛想よく微笑んだ。

「ど、どうも」

「邪魔するなよ」

「はい! 頑張ります!」

「いや、頑張らんでいい。何もするな」

「えぇ~」

 緊張感のないライオネルの抗議には目もくれず、黒騎士たちは再び風のように移動を始めた。






 討伐隊には、黒騎士が三十人、白騎士が十五人ほどを出してきた。

 黒騎士団は、団長ヴァルトを筆頭に、腕に覚えのある猛者ばかりを代表に選んだが、どうやら白騎士団は、万一のことがあっても文句の出にくい家督の低い者を寄越しただけであるらしい。

 ライオネルと名乗る少年もまた、筋金入りの役立たずであった。

 蜘蛛の巣が顔に触れただけで、凄まじい悲鳴を張り上げる。獣の遠吠えを聞いただけで、怯えてウォルターの腕にすがりつく。

 本気で殴り倒したい衝動に駆られたのは、野営中の深夜、用を足したいから付き合ってくれと揺り起こされた時だった。

 ありえない。騎士云々という前に、男としてありえない。一人で小便にも行けないとは!

「だって、怖いんだよ。何か出そうで」

「だったらそこでやれ」

「嫌だよ。恥ずかしいじゃないか」

「………………」

 無視するべしと心に決めて、ウォルターは更に深く寝袋に潜り込んだ。耳元で、ライオネルが相変わらず情けない声を上げ続けているが、聞こえないふりをする。

 ……が、はっきり言ってうるさい。

「頼むよ、付き合ってよ。ウォルター。友達だろ。ね?」

 友達ではない。断じてない。いったい何をもってして、俺はこいつの友達になったのだ。

「ウォルター……頼むよぅ。君が来てくれないなら、僕、ここにいる全員を起こすからね」

 何だそれは。どんな脅し文句だ。やれるものならやってみろと吐き捨てかけたが、ウォルターは、そこではたと考えた。

 著しく恥の感覚がずれたこの少年なら、本当にやりかねない。それでなくともしばらく続くであろう野営生活、こんなくだらない事で真夜中に叩き起こされたら、堪ったものではない。

「……わかった」

 苦虫を千匹も噛み潰したかのような表情で、ウォルターは渋々起き出した。

 ライオネルは嬉しそうに頷いて、やっぱり怖いからとウォルターを先頭にして、用を足すのにちょうどよい場所を探し始めた。






「すぐ終わるから、そこで待っていてよ。いなくなったら嫌だよ」

 と、懇願しつつ、ライオネルが、お眼鏡にかなった茂みの中に踏み込んで行く。

 別に隠れなくとも、その辺の木の下にでもすればいいのに、やはり恥ずかしいらしい。つくづく面倒くさい少年だ。

 隊の野営地から、思いのほか離れてしまったのがウォルターは気になっていた。

 一人は起きて見張りに立っているはずだし、そもそも百戦錬磨の黒騎士たちのこと、竜でも徒党を組んで攻めてこない限りは遅れを取るはずがないが、単独行動はよろしくない。

「きゃーっ!!」

 不意に、まるで女のような甲高い悲鳴をライオネルが上げた。

「どうした!?」

 茂みの中から這い出してくると、ライオネルは、あれ、あれ、と、震える指で一点を指した。

 分厚い雲がちょうど流れて、それまで黒く塗りつぶされていた茂みの向こうに、緩やかな斜面が続いているのがはっきりと見えた。

 その斜面の下に、蠢く巨大な生物がいる。

「まさか……」

 油を塗りつけたように照り輝く、太い薄緑色の胴。美しいとすら思える複雑な模様を描いた翅が、風も無いのに、はためいた。力なく地面に横たわっていた触角が、ぴんと暗い虚空に向かって伸ばされる。

「えっ……」

 ごう、と風が巻き起こった。眼下にあったはずの巨体が、信じられないほど高く空を舞った。ぽかんと口を開けて間抜けに見上げているライオネルを、ウォルターは渾身の力で突き飛ばす。

 つい先ほどまで少年がいた場所に、轟音と共に巨体が落ちた。小さな樹木なら一瞬で踏み潰すほどの衝撃だった。

「うわ。うわ! きゃーっ!」

 ライオネルがまた悲鳴を上げた。へなへなと座り込むのを見て、ウォルターはついに怒鳴った。

「腰を抜かしている場合か! 団長たちを呼んで来い! ……早く!」

「えっ。でも、ウォルターは。君も一緒に」

「こんなものを引き連れて、野営地に戻るわけにはいかない……」

 弾かれたように、ライオネルはウォルターを見た。

 自分と年は同じ位なのに、目の前の少年は、既に一人前の騎士なのだ。悲鳴を上げて逃げ帰るよりも、この場に踏み留まり援軍が来るのを待つという。

 確かに、まだ事態に気付いていない野営地に、いきなり怪物を連れて行くのは危険極まりない。女王蛾は飛べるのだ。寝ぼけ眼の騎士たちの真上に、音もなく降りてきたら……。

 大惨事を頭の中に思い描き、ライオネルは身震いした。

「わ、わかった。みんなを呼んでくるから……ウォルター、無事で!」

 ライオネルは駆け出した。

 背中に、戦いの気配が伝わってきたが、振り返らずにただ走った。

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