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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
2章
21/57

骨董市に行こう!


 大切な思い出の中の少年は、六年の歳月を経て、青年になっていた。

 背が伸び、肩幅が広くなり、胸も厚みを増していた。レテの湖畔の青の瞳はそのままに、当時の面影を残しつつも、十代らしい幼さは既に消えていた。

 きっと格好良くなっているだろうと、無邪気に少年の未来予想図を思い描いたこともあったが、現実に現れた彼は、その想像を超えて大人の男になっていた。野暮ったい田舎娘の自分が傍らに立つのが、気恥ずかしくなるほどに、堂々たる騎士になっていた。


(でも、お祖母さんのお店、守っていてくれた……)


 祖母の店は無事だった。彼女が都を離れたときより、かえって綺麗になっていたくらいだ。壁や屋根には補修の跡があり、窓の壊れた鍵も取り替えられていた。

 レテを往復し、六年ぶりに都で生活を始めるために必要な生活道具をそろえると、以前に店の中身を処分した時の資金は、あっという間に底をついた。これは当時相場をよく知らなかったユリアが貴重な魔法具も二束三文で叩き売ってしまったためで、ヴァルトなどはしきりに悔しがっていたが、ユリアはむしろ良かったとほっとしている。

(お店を任されるのは、私にはまだ荷が重いみたい)

 かつて店だった建物は、一階は空きのまま、二階、三階がそのままユリアの新たな住居になった。

 物を手広く売ることはなく、依頼を受けて魔法具を作成する受注仕事のみに絞ったが、どちらかと言うと要領の悪いユリアには、一つに集中できるこのやり方が向いていた。祖母のように何でもこなす一人前の魔女になった時、また店を再開しようと心に決めれば、目標が出来たみたいでそれも楽しいと思える。


「ユリア!」


 一階の外扉の前で、ウォルターが呼んでいる。ユリアは急いで二階の窓を開け、大きく身を乗り出した。騎士がぎょっとするのも構わず、何を思ったか……飛び降りた。

「おまっ……!」

 仰天したのはウォルターの方だ。どこの世界に、外出するのに二階から落ちてくる奴がいる!

 慌てて両手で受け止めようとしたが、ウォルターが触れる寸前、魔女の体はふわりと羽のように軽く宙に浮いた。とん、と、何事も無かったかのように、地面に降り立つ。

「お待たせしました」

 にっこりとほほ笑むと、

「驚かせるな!」

 物凄い剣幕で怒られた。

「空は飛べませんけど、ちょっと宙に浮くくらいなら出来るんですよ」

「そうか……じゃなくて! ちゃんと階段を使って一階の入り口から出てこい!」

「だって、待たせたら申し訳ないと思って……」

「いやそういう問題じゃないだろう! 頼むから心臓に悪いことはやめてくれ! というか、普通の人間が出来ないことはするんじゃない!」

「はい……」

 魔女はたいそう美しいが、たいそう変な奴だというのが、よく知ってからのウォルターの感想だった。

 こんな風にみな浮世離れしているのだろうか、魔女という人種は。大丈夫なのか、レテという場所は。二階から出入りするような輩ばかりなのでは……。いやいや俺、考えるな。


「お買い物に付き合って下さって、ありがとうございます。嬉しいです」


 ふんわりと花開くように微笑まれ、それ以上何も言えなくなってしまう。自分でも甘いと思うし、馬鹿だと思うが……この笑顔は、鉄をも溶かす火の魔法よりもたちが悪い。

「いや……」

 弾むように楽しげな足取りのユリアの後ろを、何やら少々疲れた様子の騎士が、付き従う。






「来たかったんです。骨董市!」

 月に一度、一日だけ、王都の中央広場とそれに続く大通りが解放され、巨大な市場が催される。王都だけではなく近隣の町村からも商人が詰めかけるため、その規模はかなりものだ。

 ぎっしりと立ち並ぶ店は二千を数え、訪れる人の数は五万を超える。骨董だけではなく、服でも装飾品でも何でもあるが、ユリアのお目当ては食器だった。しかも魔女らしく魔術に使う小道具の類ではなく、来客用のグラスが欲しいのだという。

「そんな物、どこでも売ってるだろうに……」

 と、ウォルターが脱力したのは言うまでもない。

「これ、可愛いと思いませんか?」

 魔女はうきうきと話しかけてくる。陶の器の表面に、小さな花が浮き彫りになっているその皿は、可愛いというよりは使いにくそうだと武骨な騎士は思ってしまう。そもそもグラスを買いに来たのでは? 一度もグラスを見てないだろお前!

「目移りしてしまいます~。ウォルターさんも選んでください」

「じゃあそこのやつ」

「駄目です」

「考える素振りも見せず、即行却下しやがったなお前……」

「これなんていかがです?」

 傍から見れば仲睦まじい二人の前に、店の主が満面の笑みとともに商品を差し出す。立派な木箱の蓋を開けると、中身は一対のグラスだった。

 橙から赤へと、日没の空のような色彩の変化を見せる滑らかな面に、複雑な金の模様を織り込んだそれは、どう考えても普段使いの代物ではない。来客者だって、こんな物で水や茶を出されたらおちおち飲んでもいられないだろう。

 が、必要ない、とウォルターが言う前に、店主はさりげなく爆弾発言をかましてくれた。


「新婚さんには安くしておきますよ」


 その発言の威力はかなりのもので、瞬時に固まったユリアの手から、つるりと箱が滑り落ちた。高価に違いない美しいグラスが床に当たって割れる前に、ウォルターが何とか手を伸ばしてそれを阻止する。

「おい、ユリア……」

「は、はい。あの、えと」

 動揺のあまり白い頬に朱をのぼらせて、ユリアは助けを求めるように騎士を見る。どう解釈すればいいのだろう……その表情を。店主に律儀に説明しろとでも言うのだろうか。

 いやいや新婚などではありません。それどころか付き合ってすらおりません。この前やっと六年ぶりに再会しました。なので赤の他人です……そう言えと?

 何だかなぁ、とウォルターは空を仰いだ。

「悪い。他も見るから。ほらユリア、次行くぞ」

 店主の押しに負けて高価な食器を売りつけられる前に、ウォルターは店からユリアを連れ出した。必然的に手を繋いで歩くことになったのだが、ユリアは赤い顔をしつつも、振り解こうとはしなかった。

「び、びっくりしました」

「動揺しすぎだ」

「すみません」

「謝らんでいい」

「あの、もしかして、怒っていますか?」

「怒るような事じゃないだろ」

「そ、そうですか。……良かった」

 繋がれた手に、熱を感じる。居心地が良いような、悪いような、不思議な感覚。

 大きい手だな、と、ユリアは、すっぽりと包んでくれる騎士の手を見つめた。半袖から伸びた腕も引き締まって筋肉質で、ああこの腕に抱き締められたのだと思うと、動悸は静まるどころか速くなるばかりだった。

「あの、手……」

「何?」

「離してくれて大丈夫です。迷子になったりしませんから」

「嫌だ」

 ユリアはぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「えっ?」

「……もう少し」

「でも」

「いいから来い」

「ど、どこに行くのですか?」

 騎士は立ち止まり、振り返った。腰をかがめ、ユリアの耳元に唇を寄せると、自分の言葉がどれほど魔女を狼狽させるか十分にわかった上で、意地悪く囁いた。


「何か買ってやるよ。……奥さん?」



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