顛末
旅商人の失踪事件に関与していた傭兵たちは、全部で十二人だった。そのうち十人は生きたまま捕縛され、二人は死んだ。死んだ二人のうち、一人は黒騎士との戦闘で命を落とし、残る一人はもともと死体で発見された。
首謀者である村長と、副村長と、ほか数人の村の幹部たちが、根こそぎ警備隊に逮捕され、事件は一応の終わりを見せた。ほとんどの村人たちは不穏な空気を感じつつも自分たちには関係ないものと認識し、まさか集落でそんな残虐行為が行われていたとは夢にも思わず、知らせを受けて愕然としたという。
村長が悪巧みの為に当初雇った傭兵は、一人だけだった。十一人もいた他の傭兵は、金の匂いを嗅ぎつけて集まってきた死肉漁りにすぎなかった。
自分たちを雇わなければ悪事を全て公にすると脅されて、やむを得ず、次から次へと増える傭兵を受け入れていたらしい。増えた傭兵たちがついには勝手に規模の大きな商人団なども襲うようになってしまい、事が露見したというわけである。
「わからないはずがないだろうに。愚かなことだな」
傭兵たちを捕縛した一人として、ウォルターは事の顛末を副騎士団長から聞いた。
報告書も隅々まで目を通したが、一つだけ、納得いかない点があった。
「傭兵たちが全員捕まった……」
それが信じられなかった。あの白い髪の男も捕まったなど、あまりに現実味がない。奴が死ぬなら戦場の只中だろう。役人に捕縛されるなど、最も似つかわしくない最後に思えた。
捕り物に関わった警備兵に尋ねてみたが、確かに白っぽい髪の男はいたという。ただし死体での発見であり、獣に食い荒らされていてひどい有様だった。回収した死体はすぐに袋に入れられ処分されたので、それ以上はわからないと兵士は答えた。
「死体で発見……奴が……」
自分の中の違和感を収めることは出来なかったが、死んだと言われた以上、それを信じるしかなかった。
目覚めは不快だった。
(いったぁ……)
首の後ろに鈍い痛みを感じ、シエネは呻いた。少しでも痛みを和らげようと姿勢を変えようとして、後ろ手に縛られていることに気づく。
(何……?)
悪態をつこうとしたが、猿轡を噛まされていて、声が出なかった。両手だけではなく両足にも太い紐が巻きついて、起き上がることすらできない。
衣服の前身ごろが腹の辺りまで大きく裂かれ、下着がほとんど剥き出しになっていた。一瞬、頭の中が白く溶けかけたが、自分の身に穢れの痕跡は感じられなかったので、ほっとする。
(どうなってるの。何なの、ここ)
どこかの使われていない倉庫のようだった。空気は湿っぽく、ひどく黴臭い。シエネは石の床の上に芋虫のように転がされていた。小さな窓から差し込む月明かりのおかげで何とか物の判別は出来るが、それにしても暗い。
「目が覚めたか」
突然人の声がして、シエネはひっと喉の奥で悲鳴を漏らした。
彼女のすぐ真後ろに、男が立っていた。
(何? この人、さっきからいたの? 気配が……)
全身から、どっと冷や汗が吹き出すのを感じた。
シエネはレテの魔女だった。普通の人間よりは、はるかに鋭い五感を持っていた。それなのに、声を聞くまで、その存在に全く気付かなかったのだ。いや、それどころか、声を聞いた今でも、シエネにはやはり男の気配を感じることが出来なかった。
「返すぞ、こんな物」
突然、男がぬっと拳を突き出した。ゆっくりと広げた固い掌の中で、七色の珠が柔らかな光を放つ。
(命の石……!)
私の石だ。間違いない。十年もかけて作った、大切な大切な虹の輝石だ。服の下に隠し持っていたはずなのに、それがなぜ、男の手の中にある?
(そうだ。私、急に後ろから殴られて……)
シエネは魔法の術でオーブをはじめとする魔法具を作り、主に貴族に卸していた。残念ながら彼女は精霊と交信し使役できるほどの力を持っていなかったので、召し抱えられるようなことはなかったが、それなりに今の生活に満足してもいた。
今日も、約束の魔法具を納品し、その帰り道だったのだ。いきなり背後から首筋を殴られて、あっという間に昏倒してしまったが。
男は、命の石を縛られたままのシエネの手の中に戻した。彼女の前に片膝をつき、はだけたままの胸元も直してくれた。
「猿轡も取ってやろうか」
シエネは男を凝視した。
何を言っているのだろう、この男は。そう思った。シエネは魔女だ。恐るべき魔術の使い手だ。実際には彼女は人を直接死に至らしめるような強い魔法は使えなかったが、それは外見から判断できるものではない。
魔法使いを詠唱できる状態に放置するなど、正気の沙汰とは思えなかった……殺されても文句は言えない。あまりに無謀だ。
「お前は、それほど強い力は持っていない」
ぴしゃりと言い当てられ、息をのむ。魔法使いの力の強弱は、一般の人間にわかるようなものではないはずなのに、この男は何もかも見透かしているようだった。
「どう……して」
「さぁ……でも、わかるんだよ。俺には」
男は、シエネに返したばかりの石を指した。
「その石からも、何も感じない」
「当り前よ」
シエネは男を睨みつけた。掴みどころのない男への反撃の糸口を、必死になって探していたのかもしれない。自分でも驚くほど流暢に口上が流れ出た。
「虹石は魔女の分身。魔女の命よ。私たちが自ら望んだ人以外には、少しばかり綺麗なだけの、ただの石よ」
「そのようだな」
男は淡々と答える。既にシエネへの興味は完全に失っているらしい。猿轡に続いて、足の拘束まで解いてくれた。
「何よ。逃げるわよ、私」
「勝手にしろ」
「守備隊にあんたのこと話すわよ。そしたら、あんたなんてすぐに捕まるわよ」
「好きにしろ」
男は去った。本当にシエネをどうこうするつもりはないらしく、彼が出て行った扉は開けっ放しになっていた。
シエネは立ち上がると、そのまま扉を潜り抜けた。扉の向こうはすぐ外に繋がっており、何も知らない通行人が、少し離れた路上を当たり前のように行き交っていた。
後ろ手に縛られた彼女に、通りを歩く人々が気づくのは、早かった。両手の縄を外してもらい、今度こそ彼女は完全に自由になった。手首にうっすらと残る被害の跡が消えないうちに、警備兵の詰所に駆け込んでしまうべきなのだろう。
頭ではわかっているのに、シエネはそうはしなかった。
(はぐれだ……あいつ。きっとそう)
はぐれならば、放っておけばいずれ死ぬ。彼らは決して長生きできない……。魔法使い以上に、儚い存在。
それが、同情なのか、もっと別の違う感情なのか、わからぬままに、シエネは走った。はぐれでも生き永らえることの出来る唯一の可能性を、それが出来る男を、彼女は偶然知っていた。
「スウェン……!」
彼に報告するために、駆けながら、シエネははぐれの容姿を一生懸命に思い出す。
闇が濃い上に真後ろに立たれることが多く、記憶はひどく曖昧だった。
「……灰色の目」
冬の曇り空に似た、冷たい灰色の双眸。死人のように色の無い肌。そして。
「髪は、黒っぽかったけど……ううん。もっと薄い色の髪を、染めていたのかもしれない……」
1章終了です。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。
次の章から、いきなり糖度が跳ね上がります。
(次の章を読んで、あれれ? とびっくりされないように、注意書きをしてみました)




