雄敵
凄まじい速度で繰り出された斬撃を、レイドは、間一髪のところでかわした。
レテの能力に、この時ばかりは感謝した。予めこの攻撃が来るとわかっていなければ、到底避けきれるものではなかった。肌を薙いだ剣圧だけで、白い髪の数本がはらはらと舞い落ちる。
「彼女から離れろ!」
続く二撃が襲い掛かり、レイドはこれは自らの剣で受け止めた。速いだけではなく重い一撃に、肘までも痺れ、危うく剣を取り落しそうになる。
(こいつ……!)
目の前の男は強かった。かつて戦った人間の中で、紛れもなく一番に強かった。
全神経を集中して剣筋を見極めなければ、あっという間に骸にされて転がりかねない。残像すら引いて見える攻撃に、息をするのも辛く感じる。
魔法を使えば活路が開けるのかもしれないが、その隙を全く見出せそうになかった。悠長に呪文を呟く暇など、与えてくれる相手ではない……!
(怒り……?)
男から、凄まじいまでの怒りを感じる。もともとレイドをも唸らせる神技の持ち主であることに加え、その怒りが、彼に爆発的な力をもたらしているように思われた。
全力をもって戦っているのに、押されている。この俺が!
敗者を足元に跪かせ嘲笑うのは、いつも自分の役目だったはずなのに。恐怖すら感じている。目の前の男に、この俺が……!
(こいつは、魔女を知っているのか。だから、こんな……!)
がっ、と、ひときわ大きな音がした。
レイドよりも先に悲鳴を上げたのは、彼の剣の方だった。なかなか業物の一品だったはずなのに、見ればひびが入っている。度重なる斬撃に、ついに耐えきれなくなったのだ。
(黒の騎士剣!?)
目の前の男が、アリストラの黒騎士であることに、レイドはようやく気付いた。
偶然ではない。ここに黒の騎士が現れたのは。旅商人の失踪事件に、ついに宮廷が動いたのだろう。
ならば、騎士は一人ではない。他にもいるはず。さすがに分が悪い。この男一人を相手するのもきついというのに……!
「ちっ!」
打ち込んできた相手の剣の勢いを利用して、レイドは大きく飛び退った。いよいよ亀裂が入って使い物にならなくなった剣を、騎士に向かって投げつける。
騎士は自らの剣で難なくそれを叩き落とした。間合いを計るように進み出た時、不意に、魔女の身を封じていた蔦草が、音もなく枯れて消えた。
「な……!」
前のめりに倒れかかる魔女の体を、騎士は、地面に激突する寸前に受け止めた。難敵が初めて見せたわずかな隙に、レイドは身を翻した。
(覚えていろ、アリストラの黒騎士! ……必ず殺してやる!)




