三人の黒騎士
(やばいねぇ……これは)
冷たい汗が背筋を伝い落ちるのを、アマンダは感じた。気が付けば、前と左右、ほとんど三方を、傭兵と思しき男たちに囲まれていた。
悲鳴でも怒声でもない、自分でもよくわからない金切り声を上げ続け、逃げ回ったが、ついに崖に追いこまれた。一緒にいた商人たちがどうなったかはわからないが、にやにやと下卑た笑いを浮かべる傭兵どもの顔を見るに、最悪の状況に陥ったと思って間違いない。
(あの子はどうなっただろう。気が付いたらいなくなっていて。きっとはぐれちまったんだ。大丈夫かね……)
アマンダが初めに見たとき、傭兵たちは四人いた。一番先頭にいた、一番危険な気配を漂わせていた男が消えているのが、アマンダは気になった。
きっと、あいつは、ユリアを追って行ったのだ。
この暗い森の中、アマンダすら何処へ行ったかわからない魔女を探し出すなど、不可能に近い気もするのだが……あの男ならやりかねない。なぜだろう、妙な確信がある。
「この女! 手こずらせやがって!」
男たちが手を伸ばしてきた。一刀のもとに斬り捨てる気はないらしい。だからと言って、助かったとはとても喜べないような状況だった。連中の色めき立つ様子から、どんないかがわしい事を考えているか、容易に想像がつく。
(まったく。どいつもこいつも男ってのは!)
やはり、白馬の王子様なんてものはいないらしい。いるのは餓えた狼ばかりだ。現実は本当に残酷で、容赦がない。わかってはいたが、悔しくてたまらなかった。
アマンダは崖を振り返った。
「ごめん! エド、ユニ、マルコ、シンシア、クレア、ジェス、ライラ、フレイ…………ああ、もう、多すぎるってば!」
十二人の弟妹を残して逝くのは不本意極まりないが、誇りを捨ててこの男たちに体をくれてやったところで、生きて帰れる保証は無いのだ。それならいっそ……!
だが、弟妹たちの数が多すぎて、全員の名前を読み上げる前に髪をつかまれ、地面に引き倒されてしまった。
痛みにくらくらしていると、重い荷物のように男が圧し掛かってくる。
「そこまでだ。下衆が」
荷物のように圧し掛かってきた男は、文字通り荷物のようにアマンダの傍らに転がされた。
残る二人の男は、一合目で武器を弾き飛ばされ、二合目で咽元に刃を突き付けられ、両手を上げて打ち震えている。
(うそ……いるんだ。王子様って)
たいそう場違いな感想を抱きつつ、呆けたようにアマンダが見つめる先には、白馬の王子様ではなくアリストラの誇る黒騎士たちが、静かに佇んでいた。
(何なのよ。この美形の品評会のような顔ぶれは)
燃えるような赤毛の美丈夫に、淡い金髪の優美な佳人。アマンダが一番好みの顔の持ち主は、精悍な中にも品の良さが窺い知れる、黒い髪の青年だった。
「大丈夫か? 怪我は?」
黒髪の青年が、アマンダを立たせてくれた。アマンダは女性にしてはかなりの長身だが、その彼女よりも目の前の男はさらに高い。
「ああ……ありがとう。助かったよ」
「こっちも無事だ」
赤毛の青年に支えられるようにして、三人の商人たちが現れた。一人は背中を斬られていて重傷だが、命に別状はないとのことだった。
黒髪の青年は、マントを裂いた布地で、器用に傭兵たちを縛り上げた。あんな頼りなげな生地で作った紐でも、やり方いかんによっては立派にロープの代用が務まるらしい。アマンダは感心した。
「もう駄目だと思ったよ。こんな森の中じゃ、誰も来てくれないだろうし」
「君は凄まじい悲鳴を張り上げて、逃げ回っていてくれたからね。最後にはなぜか人の名前を唱え始めるし。探しやすかったよ。おかげさまで」
金髪の青年が言い、アマンダは苦笑した。無我夢中で叫んでいただけだったが、それが結果として自分と仲間の命を救ったようだ。つくづく悪足掻きなんてするものである。
「ところで、あんたたちは一体……」
「我々はアリストラ黒騎士団だ。この一帯で起こっている旅人の失踪事件を調べていた」
赤毛の男の言葉に、安堵のあまり全身から力が抜けた。自分たちは助かった…………喉の奥から熱いものがこみ上げてくると同時に重要なことを思い出し、彼女は目に見えて青ざめた。
「あの子を助けてっ!」
アマンダは髪を振り乱して、黒髪の青年に詰め寄った。
「ユリアを助けてやっとくれ! なんか、えらく強そうな奴が、あの子を追って行ったんだ。あの子、魔女なのに、どうも抜けているというか頼りないというか……早く!」
今度は、黒髪の青年が顔色を変える番だった。