炎の精霊
旅の間中ほとんど口を利くことのなかった陰気な女は、実は、レテの魔法使いだった。
商人たちは、その事実を聞いた時、なるほどだから人に関わろうとしなかったのかと、奇妙に納得したものである。魔法という神秘の力の伝道者たちには、彼らにしかわからない苦労や決まり事があるのだろう。
「何てことはない。あんたはただ単に内気なだけなんだけどね」
会って間もないアマンダに言い当てられ、ユリアは恥ずかしそうに俯くしかなかった。
初対面の人とうまく話せないのは、持って生まれたユリアの性格によるものだ。魔女云々は関係ない。
「これから、鉄格子を壊します。危ないので下がっていてください」
相変わらず、ユリアはフードを被ったままだった。魔女と知れる前はただの怪しい女だったが、そうとわかった後は、神秘の女性に格上げされている。商人たちは、何かありがたいものでも拝むような気持ちで、ユリアの動向を見つめていた。
鉄格子から少し離れた場所に立ち、ユリアは眼を閉じた。ローブの裾が、風もないのにふわりと揺れる。
変化は、一瞬だった。
魔女は何事か呟いていた。大陸の公用語ではなく、聞いたことのない不思議な響きの言葉だった。
それは、精霊と交信するための古い古い失われた言語だった。レテのみに伝わり、レテの魔法使いしか使えず、いずれはレテの中に消えてゆくであろう…………全ての言語の源とされる音。
魔女の目の前の景色が歪んだ。凄まじい高温を示すように、その一角だけが陽炎のように揺らめいている。
「な、何?」
熱が集まるその一点に、何かがいる。見えるわけではない。けれど、感じるのだ…………気配を、存在を、確かに!
「せ、精霊……?」
鉄格子が、ぐにゃりと曲がった。見えない何かが、その灼熱の手で押し広げているように。
鉄は、赤く紅く輝いて、ついにはどろどろと溶け出した。溶岩のような塊が音を立てて地面を焦がし広がるのを目にすると、商人たちは、もはや畏怖を超えた恐怖をもって、微動だにしない魔女を見守るより他なかった。
商人たちの中には、鋳物の知識を持っている者もいたので、あれほど高温になった鉄が冷めるのに、相当の時間がかかることを知っていた。だが、鉄はあっという間に冷えて固まり、魔女は、何事も無かったかのようにその上を歩き始める。
「お前……魔法使いか!」
見張りをしていたらしい男が、洞窟の中に踏み込んできた。はっとしたユリアが何か魔法を使うよりも遥かに早く、アマンダが突進して、男を突き飛ばした。
「さぁ! 逃げるんだよ! 早く!」
アマンダがユリアの手を取った。
しっかりと握りしめてくれるその手は、私は怖くないよと言ってくれているようで、こんな状況なのに、ユリアはほんのりと心が温まるのを感じた。
「ありがとう……」
「何言ってんだい。牢を壊したのはあんただろ。感謝は私たちがするもので、あんたがするもんじゃないよ!」