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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
1章
12/57

アリストラの宝



 その日、黒騎士団長ヴァルトは、レゼルの森を監視する物見の兵から、ついに毒蛾の女王が現れたとの報告を受けた。

 六年ぶりだ。そろそろ来るかと思っていたから、驚きはしない。

 驚いたのは、その物見の兵から全く別件を聞かされた時だった。レゼルから馬を飛ばして王都に向かう途中、平和で平凡な集落に、なぜか傭兵の姿があったというのである。

 しかも、傭兵は、一人や二人の数ではなく、少なくとも十人以上はいるようだった。

 麗しの都から遠く離れた辺土ならともかく、王の膝元、そのような輩が徒党を組むのはどう考えても尋常ではない。例えば、盗賊に、魔物に、村が脅かされているとしたならば、傭兵を雇うよりも先にまずは騎士団に助けを求めるのが常だろう……だが、そういった話は、一切ない。

「傭兵、ね」

 戦い慣れていて、厄介な連中だ。

 実力があり、なおかつ素行にも問題が無ければ、彼らは各地で諸侯に召し抱えられることが多い。アリストラ王国は戦乱は絶えて久しいが、代わりと言っては語弊があるが常に魔物の脅威に晒されている。討伐に、護衛に、時には使い捨ての駒に、質の良い傭兵を求める声はやまない。

 腕一本を買われ、騎士までも登りつめる者もいる。ウォルター・レアリングもまた、そういった戦士たちの一人であった。

(まぁ、あいつは、おそらくそこそこ良い家の出だろうがなぁ)

 ウォルターは字が書けた。日常文書はおろか、専門書すら難なく読んだ。

 幼少時から、きちんとした教育を受けていた証しだ。だからこそ、ますます騎士団に引き込みやすかったとも言える。いくら腕が立っても、あまりに馬鹿では話にならない。

「女王と、胡散臭い傭兵どもと、両方か。さて厄介な」

 言葉とは裏腹に、黒騎士を束ねる長は、楽しげですらあった。

「傭兵どもは十数人。まぁ、多めに見積もって二十人とするか」

 ならば、こちらは倍の数の四十人を揃えよう。

 黒騎士一人で三人の傭兵を同時に相手できる。だから十人もいれば戦力的には十分なのだろうが、ヴァルトは念には念を入れる男であった。

 傭兵たちの目的がわからない。数も報告にある通りだとは限らない。オーブなどという厄介な代物を持っている可能性だとて皆無ではないのだ。

 だから、多少のことでは戦況をひっくり返せそうもない数の優位をもって、事を進めることにした。特に人間相手なら、多い方が勝つのは道理である。

「サイラス」

 ヴァルトは、王城に賜った執務室の中にいた。傍らに控える男に声をかける。

「傭兵の方には、黒騎士を四十人向かわせる。お前が指揮してくれ。それでいいな?」

「承知しました」

 サイラス・ルフト・ハーディスは、黒騎士団の副団長を務める男だ。ヴァルトより八歳下で、今年でちょうど三十になる。

 黒騎士は平民出身が多いが、サイラスは生粋の貴族であった。伯爵家の押しも押されもせぬ跡取り息子で、よくもまぁ危険な黒騎士団に籍を置いているものだと、ヴァルトは常々感心している。

 頭の切れる男だった。ヴァルトは彼に絶対の信頼を置いていた。控えめで、思慮深いところも、得難い資質だと思う。

「俺もそろそろ引退を考えている。次の騎士団長にはお前を推すつもりだ」

 ヴァルトの言葉は、サイラスにはあまりにも予想外のことだった。

「は?」

 何を言っているのだろう、目の前のこの人は。引退が必要なほど、もうろくしてもいないだろうに。

「自分が全盛期を過ぎたことは、わかるもんだ。例えば……そう、今の俺では、おそらくウォルターにかなうまい」

「ご冗談を」

「技術では俺の方がまだ上だろう。だがな、ウォルターには勢いがある。若さゆえの……あの力は、ちょっとやそっとでは押さえられん」

「確かに、彼は、優れた騎士ではありますが」

 ヴァルトはウォルターの戦士としての才能に惚れ込んで目をかけていたようだが、サイラスは別の視点で彼を見ていた。

 ウォルターが、滅ぼされた小さな町の生き残りであることを、サイラスはヴァルトから聞いて知っていた。全て焼き尽くされて何も残っていない町の中、炭のようになった遺体一つ一つを、無表情に、黙々と、土に埋めていたのだという。

 サイラスは不安だった。少年の中に、抑えきれない復讐の炎が燻っているのではないかと。

 復讐は人を狂わせる。それに囚われて、運命を、人を、呪い続けたその先に、心の平穏が訪れることはない。

 事実、少年だった彼は、死に急ぐような剣をしていたのだ…………六年前、女王蛾と命懸けの死闘を繰り広げる、その時まで。


(彼は変わった。その日を境に)


 愛想が苦手で生真面目な性分は生来のもののようだが、影を見せることがなくなった。

 何かをふっ切ったようだった……死への誘惑か。復讐への執着か。

 何かを手に入れたようだった……生きていても良いのだと思えるような、希望の光か。

「お前が、ウォルターを見守っていたのは、知っていたよ」

「心配性なもので。我が黒騎士団に相応しい人物か否か、見定めていただけです」

「お眼鏡にはかなったかい?」

「そうですね」

 サイラスは頷いた。

「あれは、いい男に育ちました。あと数年経験を積ませれば、騎士団長も務まりましょう」

「あと数年、あいつを育てる役目は、お前に譲ることとしよう。せいぜい磨いてやってくれ」

「あと数年くらい、貴方が多少頑張って騎士団長の地位にいて、そのまま後を継がせればよいでしょう。人を巻き込まないでください」

「やれやれ。副騎士団長殿は、厳しいね……」

 ヴァルトが苦笑し、サイラスは当然ですと澄ました顔でそれに答える。


「騎士団長を辞めるなどととんでもない。貴方もまたアリストラの宝です。ゆめゆめお忘れなきように」



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