07 レイフロース、爆散
膨大なエネルギーを生み出す反物質は、戦艦の燃料にも使われているもので、主要な星系には反物質燃料精製工場もある
生み出されるエネルギーは核融合弾を遥かに上回り、艦の燃料槽に引火すると巨大な戦滅艦ですら跡形もなく消滅するだろう
「クロム技術士!機関最大!」
「了解!」
《レイフロース》は重力制御がなければ座席から吹き飛ばされていそうな程の急旋回、艦尾から盛大な白炎を噴き出して離脱を試みる
周りの艦も同じような白い炎をあげている
艦橋は緊迫し、重力制御で加速圧を感じない中、誰も口を開くものはいない
「反物質反応臨界点、爆発します」
アトリアスは相変わらず気持ちがこもらない
「電磁防御壁、艦後部に集中!」
隕石を映した外部カメラの映像の中心から光が広がり、画面は閃光に包まれた
「衝撃波来ます」
隕石の破片を含んだ爆発の衝撃波はあっという間に《レイフロース》を追い抜いて行った
「第五から第九区画に破孔、気密破られました」
アトリアスが報告した
「可動砲二門沈黙!外部カメラ、センサーも全部!」
続いてクロムが報告
「《レイフロース》大丈夫?」
その時ソリスから通信が入った
「破孔多数、センサー全滅、可動砲破壊……。退艦許可を願います」
ララはうつむき加減で言った
退艦許可――すなわち生き残るために、爆散へ向かう《レイフロース》を捨てるしかなくなった
「《レイフロース》からの退艦を許可します。残念だけど」
「ありがとうございます」
ララは敬礼して通信を切った
外部カメラやセンサーが使えないため外の様子はわからない
衝撃波は通過したようだが
「クロム技術士、艦を救えそう?」
ララは尋ねた
「やはり無理です。なんとか爆散まで時間を稼ぐので手一杯です。燃料槽を切り離せば船体は救えますが……うちの班の半数が死傷、人手が足りません」
クロムは首を横に振った
「そう、しかたないわね。アトリアス偵察士、退艦警報を」
艦内に不吉な音が響いた。一生聞きたくなかった音だ
「全乗員に告げる。すべての任務を解除、担当部署を放棄し脱出艇で脱出せよ」
ララは放送を終えると主任達に指示をだす
「計務班は負傷者の救護、技術班は脱出艇の準備を。アトリアス偵察士とイリアム砲術士は移乗の指揮をとって」
指示を聞いた者から順に艦橋を出ていき、最後にララが残った
艦長席の横に立ち艦橋を見渡す
「《レイフロース》、上手くやれなくてごめんね」
そう言って出口に向かい、再び艦橋の方を向き敬礼をして出ていった
「艦隊の被害は!?」
第一艦隊旗艦、戦滅艦の艦橋に副長セルスカの声が響く
提督エルフェスはその横で険しい表情のままだ
「大破と爆散合わせて五○隻、死者三○○以上、負傷者は相当数です」
偵察士が報告した
「まさか反物質とは」
セルスカは肩を落とした
「そうですね。たかが隕石でこれほど被害が出るなんて」
衝撃波が《キルアーク》を襲ったとき、三隻の護衛艦が《キルアーク》の前方に付いていた
戦滅艦が火力重視なのに対して、護衛艦は防御に特化した艦種で高出力の電磁防御壁発生機関を搭載している
その護衛艦も巨大な塊の直撃を受け、一隻が宇宙に散った
「とにかく無事な艦は脱出艇を回収して、艦隊を編成し直してけださい」
「わかりました」
セルスカは指示を受けて部下のところへ降りていった
「ふぅ」
エルフェスは深く息を吐いて背もたれに体を預けた
短い生涯を終えようとしている《レイフロース》から、小さな脱出艇が次々と飛び出してくる
小爆発を繰り返す《レイフロース》の艦内で、ララは脱出艇甲板に向かっていた
「カイル!」
その途中でカイルと合流した
「ララ!後は君だけだよ、急いで!」
「わかった!」
すでに重力制御は失われ、無重力の中を壁を蹴って進む
カイルが前を進み隔壁扉を開けて、通ったらすぐ閉める
だが次の扉を開けた時事件は起きた
大気が残っていた先の区画から真空状態のこの区画に空気が一気に流れ込んできたのだ
「ララ!危ない!」
その勢いで破片がララめがけて一直線に飛んできた
ララはとっさには動けず目をつぶって固まってしまった
だが鈍い音はララの少し前でした
「うぅ……」
カイルの低く唸る声が聞こえ、恐る恐る目を開けると
「カイル!」
カイルは力なく真空空間に浮いていた。与圧ヘルメットは前面部分が砕け、出血もしている
「大丈夫!?」
ララはカイルのヘルメットを外した。赤く染まり出血の多さを物語る
「ララ……大丈夫かい?」
「私は大丈夫だから早く手当てを」
だが近くに医療用具はない。手当てをするには脱出艇まで行かなくてはならない
ララはカイルを担ぎ上げ、通路を埋め尽くす荷物を掻き分けながら進んでいく
「僕のことはいいから、先に脱出艇に……」
カイルは弱々しい声で言った
「そんなの嫌よ。一緒に脱出するの」
「でも……」
「怪我人は黙ってて」
カイルは言われた通り黙っていたが、一言
「ありがと」
「……バカ」
その後二人はなんとか脱出艇に辿り着き、カイルは応急の手当てを受けた
高戦艦は衝撃波に襲われてから四○分後、燃料槽に引火し乗員が見守る中爆散した