01 敗北の味
彼女はいささか緊張していた
それもそのはず。彼女(正確には彼女達)はこれから戦闘を始めようとしているのだ
目を覆うように被った映像環には外部カメラからの映像、船体に多数設置された各種センサーからの情報が映し出されている
しかし彼女はセンサーからの情報には目もくれず、 カメラが映し出す宇宙の景色の一点に集中している
漆黒の中に輝く星々の中に明らかに異質な物体がある
それの少し斜め上に赤字で≪サルヴァーシュ≫と表示されている。赤字は敵勢力を示す色だ
その時、映像環の中に通信窓が現れた。女性が映っている
「ララ十揮長、用意はいいかしら?」
「いつでもどうぞ。ソリス戦隊長」
平静を装った声とは裏腹に、操縦桿を握る手には力が入っている
「よろしい、では始めましょう」
ソリスがそう言うと通信窓は消えた。すると今度はすぐ近くで男性の声がした
「敵艦、機関始動」
主任偵察士のアトリアスが淡々と告げる
「こちらも機関始動」
「了解。機関始動」
ララの命令を復唱し、主任技術士のクロムが機関始動を確認する
艦は滑らかに動き出した。とは言っても速度計の数値はあっという間に上がっていく
しかし艦橋にいるララ達は、重力制御のお陰で大した振動は感じない。みるみるうちに≪サルヴァーシュ≫との距離が詰まっていく
「まもなく射程距離」
とアトリアス
「全砲門攻撃用意」
主任砲術士のイリアムがパネルに指を奔らせる。全砲門と言っても可動式ビーム砲が4門と主砲の反陽子砲が1門あるのみ
さらに反陽子砲の制御は艦長であるララの仕事なので、イリアムはすぐに
「攻撃用意完了」
と報告する
「イリアム、射程内に入りしだい指示を待たずに撃て」
「了解」
ほどなくして《サルヴァーシュ》を射程距離に捉えた。イリアムは指示通り四門のビーム咆を発射
《サルヴァーシュ》は姿勢制御機関を噴かし艦を横滑りさせ回避した
両艦は高速ですれ違いながらもビーム咆で攻撃し続けていた
その内の一つがララ達の機動戦闘艦の船体をかすめた
「やられたか!?」
「右舷装甲小破。問題ありません」
アトリアスの報告を聞いてララは艦を傷つけてしまったことを悔やんだ
ララはすぐさま艦を反転させた
だが《サルヴァーシュ》の方が一足早く反転を終えていた
「敵主砲、本艦に照準」
乗っている艦が主砲に狙われているにも関わらず、アトリアスは相変わらず熱がこもらない
「くっ!」
――間に合うか……!――
《レイフロース》が発射態勢に入った瞬間、《サルヴァーシュ》からの反陽子咆が襲いかかった
艦全体が激しく揺れる
「被害は!?」
わざわざ聞かなくても報告はされるが、ララは聞かずにはいられなかった
「機関損傷!出力低下!戦時出力を保てません!」
「艦底部副咆大破!」
「外部センサー機能停止。船体各所で誘爆発生」
三人からそれぞれ報告が上がった
ララが次を考えていたとき、警報と共に艦橋の照明が数秒間赤になった
「本艦は爆散しました。本艦は爆散しました」
冷たい機械音が艦橋に響いた
照明が元に戻るとララの映像環に通信窓が現われた
「お疲れさま、ララ十輝長」
ソリス百輝長だ。ララは映像環を外す
艦長席に取り付けられた端末の画面に目をやる
「初めてにしては上出来よ」
「どうも」
口ではそう言っていても顔はそうはいかない
模擬戦闘とはいえ、撃破されて嬉しいわけがない
「これで訓練航行は終わり。正式な配属は後日連絡するわ、それじゃ」
明らかに不満そうなララの表情を見て、早々に通信を切った
少しの沈黙の後、ララは
「あと頼む」
と言って艦長席から立ち上がった
艦橋から出ようとしたとき計務士のカイルが入ってきた
「あ、艦長。お疲れさまです」
ララは笑顔のカイルを横目で見ると何も言わずに歩いていってしまった
「えーっと……」
カイルは困ったように頭を掻きながらララの後ろ姿を見送る
すると肩にポンと手を置かれ振り向いた
「なぁ、カイル主任計務士」
クロムだった
「はい?」
「我らが艦長は今の敗北で、その自信とプライドを見事に砕かれてしまった。わかるか?」
「はぁ」
とカイルは気のない返事をする
クロムはカイルの肩に手を回し、艦長席の右後方にある計務士用の椅子に座らせた
「正式配属が決まろうとしている今、艦長がアレではマズイんだ」
「艦長の能力を疑ってるんですか?」
カイルは少し驚いたように言った
「そんなことはない。要するにだな……」
「士気に関わる」
二人の会話にアトリアスが割って入った。クロムは力強くうなずく
「艦長が落ち込んでる間にどこぞと戦争でも起きてみろ。おれ達はただの動く的だ」
とは言っても彼女達《星系連合》が最後に実戦を行なったのは、今から二○四年前の連合共通暦四五二年のこと
ある星系が反乱を起こそうとした際、星系を取り囲むように圧倒的な大艦隊で制圧し、上空からの精密攻撃で反乱軍施設を破壊し尽くした
よってララ達はおろか現在の連合軍兵士は、誰一人実戦経験はない
「わかりましたよ」
カイルはやれやれといった様子で立ち上がった
――はたしてうまくいくかなぁ?――
カイルはなかなか難しい任務だ、と思った