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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第六部
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(8) 崩落

 その夜、ものすごい風の音で目が覚めた。

(酷い嵐だな……明日の公務、大丈夫かなあ)

 明日は、新しくできた博物館の開館式に出席する予定だ。屋内での公務だけど、場所が隣町なので、馬車を使って向かうことになっている。これだけ雨が降って道がぬかるむと、移動だけで通常の倍は掛かるし、最悪出席は断念しなくちゃならないだろう。

(出発予定は七時だけど、もしかしたら早まるかもなあ……早く寝よ)

 打ち付けるような雨粒が、窓を叩きつけている。ふと窓ガラスが割れやしないか不安になり、ベッドから飛び降りてカーテンをそっと開いた。

「うわっ……!」

 バルコニーで人影が動いた……私はびっくりして、思わず飛び上がってしまう。

「えっ……まさか、ジルさん!?」

 次に、その人影が見知った人物と気づいて二度驚く。こんな時間に何故ここに、と考える前に、あわててカーテンを端へ押しやると、急いで窓のかんぬきを外した。

「すいません、姫さん。こんな夜更けに」

 分厚いコートは雨を含んで、くすんだ焦げ茶色に変色している。濡れそぼった前髪からはポタポタと雫がこぼれ落ち、ただ事じゃない雰囲気を露に見せていた。

「いやその、大丈夫ですか。とにかく中へ入ってください」

「いや、ここで。手短に話します。この嵐で、建設中だったグロールの橋が崩落しました」

「えっ!」

 あの、昨日の公務で行ったとこ!? かなり完成に近づいていたみたいだったのに、そんな……。

「怪我人も複数出ているようです。陛下の命を受けた救助隊が向かってますが、この嵐で地盤が緩み、山道は悪路になっている為、かなり難航しているようです」

 それは大変だ……大変過ぎて、私もどうしたらいいのか分からない……いや、待てよ。

「ジルさんは、どうしてここに来たの?」

「姫さんは聡くて、話が早いから助かりますね」

 ジルさんの濡れた頬が緩んだ。

「姫さん、仮にも王族でしょう? 俺レベルの部隊なら、自由に指揮を取る権限くらいあるって、ご存じでした?」

「ええっ、私が部隊の指揮!?」

 そんなの、初耳だけど! てか『俺レベル』ってどのレベル? そりゃものすごく大層な部隊の人たちなら、あれほど頻繁に私レベルの公務の護衛には付かないだろうけど。

 冗談だろうか。でもジルさんの目は真剣だから、冗談ではなさそう。兵士さんたちで構成される部隊と、護衛や警備隊で構成される救助隊と、何がどのくらいの違いがあるのかよく分からないけど……片方が難航しているなら、ほう一方が出動した方がきっといいに違いない。

「姫さんのお立場が、絶妙に役立つんですよ」

「私の立場って……大した事ないから?」

 ジルさんは肯定を言葉にはせず、口角を持ち上げただけに留まった。身分が低くて力の無い末端王族の、この低さが役に立つとは? 何かやらかしても、大事になりにくいとか?

「今のところ陛下も王太子殿下夫妻も、通常の救助隊ならば派遣できる。でも本当は、悪路に慣れた兵士で構成された、軍部の特殊部隊を送り込む方が効率はいい」

 なるほど、そういうものなんだ。さすが『特殊』って付くだけあるなあ。たしか昔、わりと厳しい環境下での任務が多いって耳にしたことがあるから、今みたいな状況の対応には、とても頼りになるに違いない。

「しかし現場はコールバリに隣接してる国境付近。そのような場所に、表立って派兵は出来ない――外交的にややこしくなりますからね。でも、もし姫さんのような王族が、独りよがりの正義感から、軍部でも大したレベルじゃない小さな部隊を指揮した事にすれば……」

「そっか、私の『思いつき』と『勝手な振る舞い』って体にすればいいのか!」

 まあそれでも、かなりまずい越権行為になるかもだけど、王族だから権利が無くはない。

 時間があれば、他にもっといいアイデアや選択肢は出てくるかもしれない。でも今は緊急時で、これが一番手っ取り早く、最良の方法なのだろう。

 まあ身分も資産も何も持たない私に対する処罰は、せいぜい謹慎処分か、もしくはどこかでしばらく働くとか、まあ身一つでどうにかなるか。

「でも、ヨリたちに迷惑掛けたら」

「だから、こんな夜更けなんですよ。あなたの侍女たちは皆、すでに退出してしまった後でしょう?」

 何から何まで、気が回るのがすごい……それならば、異論はない。

「私は何をすればいい? どっかにサインするの?」

 ジルさんがコートの内側から、書状のようなものを取り出してきた。受け取ると少し湿っている。

「その書類にサインしてください。そうすれば、俺たち第七特殊部隊と、先日の公務で同行した第二十五連隊が出動できます」

 私は中身に素早く目を通すと、部屋の奥へ戻ってペンを用意した。紙が濡れててインクが滲んじゃったけど、とりあえず署名はできた。

「はい、これ」

「ありがとう、姫さん……悪いね」

「なにがですか?」

 ジルさんは大げさに肩をすくめてみせた。

「これでコールバリの王子様との縁談、絶望的になってしまうかも」

 こんな緊急時なのに、そこかと思わず吹き出してしまった。

「別に構いませんよ。まだまだ候補者はいるみたいなんで」

 次のお見合い相手は、来週には決定されると言われた。その内ルーティンワークみたいになって、慣れていってしまうんだろうな。

「シーウェル伯爵家の三男坊もいますからね」

「あ、でもそれは無いって、昼間に妃殿下から……」

 そこでハッとした私は、一瞬だけ不自然に口籠もってしまう。ジルさんが妃殿下の初恋相手って事を思い出して、つい動揺してしまった。

 私が言葉に窮している内に、ジルさんはヒラリと体を反転させて、バルコニーに足を掛けた。

「では、先を急ぐのでこれで。姫さんは何も心配せずに、ゆっくりお休みください」

 言葉が終わるや否や、ジルさんは忽然と姿を眩ました。暗闇で視界も悪く、打ち付けるような大雨の中でこの身のこなし。

(さすが特殊部隊……きっと特殊な訓練受けてるんだろうな)

 感心しながらベッドに戻るも、眠れるか微妙なところだ。たった今起こった事もだけど、何よりも崩落した現場が心配だ。

(負傷者が出てるとか言ってたな……)

 なんとか早く救助隊に到着してもらいたい。その前にジルさんたち特殊部隊が駆けつける事が出来るかもしれない。

 無理はしないで欲しい気持ちと、何とかして欲しい気持ちがせめぎ合う中、私は浅く、短い眠りについた。





 次に目覚めたのは、まだ明け方頃の事だった。

 雨足は若干弱まったようだけど、カーテンの隙間から窓を覗くと、外は水浸しのひどい有様だ。空は一面鉛色の雨雲に覆われている。

「姫様、もう起きていらっしゃいますか」

「ヨリ、あわててどうしたの」

 扉から顔を覗かせたヨリは、酷い顔色だった。きっと昨夜起こった、橋の崩落について耳にしたんだ。

「姫様、落ち着いて聞いてくださいね」

 ヨリは両手を握りしめたままベッドに近づいてくると、口を開く前にひとつ深い呼吸をした。

「昨夜、グロールの橋が崩れたそうです。それで……駆けつけた救助隊の中に、ディルク様もいらして……落石に巻き込まれて、大怪我を負ったと……」






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