6. 何が起ころうと
お目当てのミントクリームパイを堪能した私たちは、食後の散歩をかねて、緑豊かな中央公園へ向かった。
(天気も回復してきて、よかったなあ)
薄暗く曇っていた空には、晴れ間が差し始めている。来月から暦の上では春となるこの時期、公園にはたくさんの花々が可愛らしい蕾を綻ばせていた。
宮殿内の整備された庭園もきれいだけど、小さい頃から見慣れた馴染みのある公園の草花は、眺めているだけでなんだかホッとするから不思議。野草や小さな花々がちょこちょこ顔を出してて、ほのぼのしたやさしい雰囲気が大好き。
また園内のあちこちでは、春のイベントへ向けての準備も行われていて、早々とお祭りにかこつけた出店もちらほら見掛けた。
私はリーザちゃんと一緒に、動物の顔を模したへんてこなお面や、食べるとお腹の中まで真っ赤に染まりそうなリンゴ飴等、あれこれ欲しがっては世話焼きな騎士様たちを閉口させた。
そんなこんなで夕方近くまで園内をうろつき、ようやく城へ戻ってきた時には、日もとっぷり沈んでいた。
玄関ホールでリーザちゃんたちと別れた後、自分の部屋がある棟へ向かう途中、隣を歩いていたディルクが物々しく口を開いた。
「姫様、昼間のお話ですが……私が一緒だと、安心できると仰られてましたね」
「え、うん」
そういえば昼間、お菓子屋さんの店内でそんな話をしたっけ。
「それはつまり、私を信用してくださる、と理解してよろしいでしょうか」
「うん、そーだね……?」
なんだ、やけにこだわるなぁ……やっぱり初めの印象が悪かったのかも。王様の前で、しぶしぶって感じで騎士の誓いを承諾したからなあ。
私は歩いていた足を止めると、同じく歩みを止めたディルクに向き直った。ここはひとつ、ちゃんと伝えておこう。
「正直に言うと、最初は嫌だったんだ」
「……」
「でも今は、ディルクが私の騎士でよかったと思ってるよ」
「……本当ですか。いろいろ口うるさいのに?」
私は思わず吹き出してしまう。口うるさいって自覚あったんだ。
「口うるさいのは、私の為を思って言ってくれてるんだよね?」
ディルクは無言で私を見つめる。なんでそんな、苦しそうな表情なんだろう?
「これから先、何が起ころうと、必ず姫様をお守りいたします」
「う、うん」
「だから……どんなことがあっても、私を信じていて下さい」
ディルクの思いつめた表情に、若干たじろきながらも小さく頷く。するとディルクはゆっくりと身を引き、私を歩くよう促した。
(なんか、変なの……)
私たちの間に流れる空気感は、かなりビミョー……今の会話は一体何の意味があったんだろう。
腑に落ちないままディルクと並んで歩いていると、廊下の向こうからあたふた走ってくる兵士さんに呼び止められた。
「ディルク殿! よかった、こちらにいらしたのですか!」
隣のディルクが怪訝そうな顔つきで兵士さんを見つめた。その兵士さんは、よくこの棟の警備をしてる人で、私もしょっちゅう見かけるから顔は知っている。
あんなにあわてて、どうしたんだろう?
「ディルク殿、カリスティ宰相様がお呼びです。すぐに討議の間へおいでください」
「宰相殿が?」
ディルクはチラッと隣の私を見やる。
「姫様を部屋までお送りするので、宰相殿にはお待ちいただくよう伝えてください」
「で、ですが、もう一時間以上前からお待ちしてまして……大、大至急お願いしますっ! でなけりゃ下手すると、アタシの首がふっとんじまいますよっ……」
兵士さんは怯えた表情で、額の汗を拭ってる……私はふと『宰相様は仕事の鬼』という噂を思い出した。
(これ以上待たせたら、この兵士さん、ものすっごく怒られちゃうかも……)
なんだか気の毒になってきた。私は、隣で硬い表情を崩さないディルクを見上げた。
「あのさ、私はここでいいよ。ディルクは早く、宰相様のとこへ行ってあげて」
「姫様が最優先です」
その気持ちは、ありがたいけど……。
「でも私の部屋は、すぐそこだよ? 大体この棟には、女官さんや警備の人たちがいっぱいいるから、そんな心配しなくても大丈夫だよ」
廊下の端っこで、先程の兵士さんが青ざめながら待ち構えている。ディルクは兵士さんと私の顔を交互に眺めると、観念したように小さくため息をついた。
「……では宰相殿の用件が済み次第、お部屋にうかがます」
「はいはい、じゃあまた後でね」
何度も私を振り返りながら、不本意な様子で去っていく騎士様に、私は苦笑気味に手を振った。
ようやく二人の姿が廊下の角に消えると、ほっと胸を撫で下ろす。
(それにしても、宰相様の用事って何だろう)
もしかしたら、私の専属騎士なんかしてないで、自分の仕事手伝えって言われてたりして。
(うーん、そんな訳ないか)
だって宰相様って、孤高の才女ってイメージだもん。誰かに頼るなんて、ありえない気がする。
(もしかすると……ディルクに好意を持ってたりして)
宰相様はチラリとしか見たことないけど、すごい美人だ。だけど実際に声を掛けるガッツのある人は、なかなかいないらしい。きっと高嶺の花なのだろう。
でもディルクぐらい美形で優秀な騎士様なら、隣に並んでも遜色無い気がする。ちょっと無愛想だけど、どうせ二人とも無愛想同士だから、お似合いなんじゃない?
(お似合い、か……)
考えてたら鼻がツンとしてきた。
「……ん?」
(あれ、口ふさがれている……?)
なんか今度は頭がグラグラしてきた……。
そして、そのまま暗転した。
ゆっくりと目を開ける。
視界が悪い……ここ、どこ?
「やっと、目を覚ましたわね」
声のした方向へ、ノロノロと顔を向けた。
「……!?」
「ふふっ、驚いた?」
うん、だって……そこには、猫のへんてこなお面をかぶった女の人が、私を見下ろしてたんだもの。