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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第六部

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(5) 公務を通して気づいたこと

 茶色の髪に青い瞳のシーウェルさんは、想像よりも若く見えた。ディルクと同じくらいに見えなくもない。

(そういやディルクは、今年で二十七だったな……)

 結婚とか、しないのかな。ディルクとはそういう話をしたことが無いから、よく分からない。でも急に気になってきた。

「姫様、お茶は召し上がられたのでしょうか」

「へっ? いえ、お茶は特に……」

 すると案内してくれたおじさんが、いやいやと首を振りながら割って入ってきた。

「ジェフリー様、そんな目で見ないでくださいよ。姫様が、お茶よりすぐ現場をご覧になりたいとおっしゃるものですから」

「そうなのか。ではハンナ姫、私とお茶をご一緒いただけますか。そろそろ休憩したいと思ってたところですので」

「あ、もちろんです」

 気を使わせてしまった。だが私はちょっと考えて、それから思い切って口を開いた。

「そのう、せっかくなので、先にこちらの様子を見せていただけますか。もちろん、すぐ休憩されたいのなら後でもいいんですけど」

 するとシーウェルさんは一瞬呆けた顔をして、それからパッと明るい笑顔を浮かべた。

「もちろんです。お疲れじゃなければ、是非」

「あ、平気です。山登り好きなんで、慣れてます。釣りの時とか、よく近くの山へ行ってますから」

「釣りですか! 私も釣りが好きなんですよ。先週トラウト釣りに行ってきたばかりです。いい湖が伯爵領にありましてね……」

 いいなあ、トラウト……釣ったことない。王宮の敷地内にはいくつか湖があるけど、トラウトがいないんだよね。いや釣れないんじゃない、あそこには生息してないんだって思いたい。

「よろしければ、今度お誘いしますよ」

「ホントですか!」

 よっぽど私が、うらやましそうな顔をしてたのだろう。また気を使われてしまった。

「さて、そろそろ現場をご案内しましょう」

「はい! あ、あのロープはなんですか? あと、この石はどこから持ってきたんでしょうか。どうやって運ぶのかなあ。こんな重そうな石を、しかも大量に」

「ああ、こちらはこの道具を使って……」

 シーウェルさんは、私の疑問に対してひとつひとつ丁寧に説明してくれた。結局お茶についてはうやむやになってしまい、それから小一時間ほどたっぷり現場を案内してもらった。

 説明をしているシーウェルさんの表情は、生き生きとしていて、心からこの仕事が好きなことは容易に想像できた。現場のおじさんたちとも仲が良さそうだし、きっと性格もいいのだろう。そしてジルさんが言ってた通り、けっこうハンサムだと思う。

「姫様は、こう申しては何ですが、けっこう体力ありますね」

「アウトドア好きなもので。釣りもですけど、乗馬とか大好きです」

「私も馬車に乗るくらいなら、むしろ自分で馬に乗ります。なかなかまとまった時間が取れず、あまり遠乗りができないのが残念です。でも仕事で移動の際は、よっぽどの悪天候ではない限り、馬を使いますよ」

「いいですね。私も今度からそうしようかな……」

 公務の時に馬車じゃなくて、馬に乗っちゃ駄目だろうか。後ろに控えるディルクをチラリと見やると、小さく首を振っている。駄目か、残念。すると隣でシーウェルさんが吹き出した。

「いいアイデアですが……お付きの騎士殿が、ご心配されるでしょうね」

「いつも苦労を掛けてます……」

 こんなわけで、思いのほか趣味が合って、お茶の時も話が盛り上がってしまった。

 もちろん、いつまでも釣りの話をしてる場合ではなく、話題は橋の向こう側である東区へと移った。

(そういえば、橋の先にある東区は、コールバリの国境沿いだったな……)

 コールバリは医療大国なだけあって、東区側で出たケガ人や病人の支援をしてくれている。

 東西どちらの区にも医療施設があるとはいえ、西側の方が王都に近いためか設備も整っていて、必要あればすぐに王都の大病院への搬送もできて便利。だから東区の患者の多くは、西区の病院へ移動することが多かったそうだ。

 橋が崩落しなければ、今頃は西区の医療施設で手当を受けていたであろう人たちが数十名ほどいると聞く。現在のところコールバリの医療隊のお世話になってるとはいえ、向こうも応急処置しかできないだろうから、心配は尽きない。

「うちの国からも、医学を学ぶ為コールバリに留学してる人も多いんでしたけっけ」

 にわか仕込みの知識を口にすると、シーウェルさんは穏やかに微笑んだ。

「ええ。私の幼馴染も三年前に留学し、今はあちらの医療施設でインターンをしております」

「それは頼もしいですね。帰国されたら、素晴らしい医者としてご活躍されるんですね」

「さあ……帰国するかどうか」

 シーウェルさんの表情がやや曇った気がした。

「幼馴染は知的好奇心旺盛な人間なので、きっとあちらの国から離れられないでしょう。昔からずっと、己の道を突き進むところがありますから。まあ、それはさておき……コールバリの医療システムは、我が国も多大な恩恵を受けております。今回の東区への支援もその一つです。ただ東区とコールバリの間に連なる山脈によって、人の往来は元より物資等が届きにくい状況で……」

 シーウェルさんは硬い表情で、ようやく骨組みが出来上がったばかりの橋へ視線を向けた。技術的なことなんて全く分からないから、この渓谷に橋を渡すことがどれほど大変なことか想像がつかない。

 彼のような建築家のお陰で、不便な場所が暮らしやすい場所へと変わっていく。今回の公務では、それを強く実感できた。






 山の麓に戻ってくる頃には、日も大分傾いていた。それでも、当初の予定よりもかなり早く到着できたそうで、皆の明るい顔が夕焼けの下で見えてホッとした。

(帰りの山道は、サクサク歩けたからなあ)

 今回の公務に同行してくれた護衛部隊の皆さんは、私がもっと休憩を取りつつ進むと思っていたらしい。想定外となった下山のスピードに、皆さんどこかうれしそうにしていた。きっと早くお家に帰りたかったに違いない。

「すごいですなあ。皆、姫さんの体力と根性に感動してましたぞ?」

 山の麓の公道でいよいよ解散となった時、ロブさんに笑いながらそう言われて、思わず首を傾げた。

「体力はさておき、根性って……別に無理なんてませんよ?」

「そういうところですよ。またお供する日を、楽しみにしております」

 ロブさんの言葉に同調するように、横にいたラルフさんがしきりにうなずいている。ラルフさんの鞄には、採取した草花のサンプルがたくさんつまっているようで、行きとは打って変わってパンパンに膨らんでいた。

「お姫さん、また近いうちに会いましょ」

 馬車に乗り込む際に、ジルさんにそう言われた。いつもはあまり会えないけど、今回の公務が成功したならば、これからこういった外へ出る仕事が増えるかもしれない。そうすれば、また彼らに会えるだろう。私は大きく頷くと、見送る三人に向かって馬車の窓から手を振った。

「姫様、そのように乗り出すと危険です」

 ディルクにそっとたしなめられ、仕方なく振っていた手を引っ込めた。改めて座席に座り直すと、正面から労るような笑みを向けられる。

「お疲れでしょう……もう無理しなくてもいいのですよ」

 私はほっとして、それから苦笑いを浮かべた。ディルクにはお見通しだったようだ。

 そう、本当はすっごく疲れた……ここ最近は内向きの公務が多かったから、体力が落ちてたみたい。足はパンパンに腫れて、膝もちょっと痛くなっていた。

 それでも帰り道で休憩を取らなかったのは、一度でも足を止めたら、そのまま動けなくなりそうで怖かったから。

 きっとロブさんなら、笑っておんぶを申し出てくれるだろう。いや、ディルクがしてくれるかな……体力のある二人だけど、負担を掛けるのは嫌だった。

 でもそれ以上に、王妃様の代理としてやってきたのに、皆にだらしない姿を見せたくなかった。ちょっと見栄っ張りかもだけど、最後まで迷惑掛けずに元気よくしていたかった。

「……ごめん、少し横にならせて」

「では、こちらをお使いください」

 体を傾けると、いつの間に用意したのか、頭の下にほどよい硬さのクッションを置かれた。ちょっと足を曲げなくちゃならないけど、座席はギリギリ横になれるスペースがあってありがたかった。

(もっと、体力つけなきゃ……筋力も足りないよなあ……)

 まどろむ頭でそんなことを考えつつ、ふと疑問に思った事を口にする。

「ねえディルク、東区とコールバリの間って、そんなに行き来するのが不便なの?」

「地形的に難しいでしょうね。また国境沿いなので、国防の一環として、故意に未開発のままにしている部分もあります」

「え、そうなの?」

「我が国とコールバリは、不可侵条約を結んでいるものの、それほど親密な付き合いはありませんから」

「でも、じゃあこの間のお見合いは……」

 その時、私はハッとして口をつぐんだ。ディルクと一瞬目が合ったけど、すぐに視線は車窓へと逸らされてしまう。不自然ではなかったけど、その態度の意味はなんとなく分かった。

(そうか……私がコールバリへ嫁げば、きっと状況が変わるんだ)

 練習とは言われたけど、ちゃんと意味があったのだ。きっと私が変に気負わないよう、周りのみんなが黙っていてくれただけだったんだ。






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