(4) お年頃
目を丸くする私に、ジルさんはにっこりと笑った。
「お姫さんも、そういう『お年頃』ですもんね。もうお見合いとか、してるでしょ~?」
「で、で、でも、まだたった一度だけで……」
そう、たしかにお見合いをした。
お城の『しきたり』により、王族の皆さんは十七歳になると、お見合いを定期的に行わなくちゃならないそうで……私も例外じゃなかった。
「お相手は、東の隣国コールバリの第五王子でしたっけ? コールバリの国土はうちの半分以下、食料自給率はわずか五パーセント。ただし医療技術は他国より抜きん出ていて、王族からも多くの医療従事者を輩出している、小さくても一目置かれる存在感放つ国。たしか第五王子はお姫さんと同じ十七歳で、やっぱり医学の道を志してる……とまあ、こんな感じですかね~?」
「なんか、私より詳しいですね!?」
「情報収集は俺の専売特許ですもん。それで、初めてのお見合いはいかがでした?」
「いや、もう形ばかりで……周りの人にも、一回目は練習みたいなもんだからって言われました」
「あはは、たしかに最初はそうかもね〜、でも、あちらさんも、そのつもりか分からないですよ?」
サラリと言われて、私は持っていたサンドウィッチを取り落としそうになった。
「お相手は必ず候補リストに加わりますからね〜。いずれはその中から一人選ばなくちゃならない。違いますか?」
「うっ……」
ジルさんの言う通りだ。慣例に則ってお見合いを何度かして、いずれはその内の誰かと話が進むんだろうな……今のところ実感がわかないから、他人事のように思えて仕方ないけど。
(でもコールバリの王子様は、悪い人じゃなかったよなあ)
向こうもお見合いは初めてだったそうで、お互い緊張しまくってるうちに終わった。それでも中庭の東家で一緒にお茶を飲み、あれこれお菓子を食べながら自己紹介をし合っているうちに、初心者同士なんとなく打ち解けることができた。
同い年のユーグ王子は、少しふくよかでやさしそうな人だった。わりと会話のテンポが合い、決して話が弾んだわけでもないのに、たくさんお話できた気がした。それに向こうも『最初は練習のつもりで』と言われてお見合いに挑んだらしく、小さな花束をぎこちなく差し出された時は、なんだかほっこりしてしまった。
(でも、結婚とかそういう意味では……あんまり想像できないなあ)
お友達にはなれそうな気がするけど、恋愛感情とか持てそうにない気がする。でもそれって結婚相手を決める時に、関係あるのか分からない。王族の婚姻は、政略的なものが多いって聞くけど、私みたいな王族の末席にいる姫とかでも同じなのかな。
「まあ、お姫さんの場合、外国の王子様たちは、お相手としてはかなり可能性低そう。お姫さんは陛下のお気に入りだから、わざわざ国外に嫁がせたくないと思いますよ〜」
「そうかなあ……」
たしかに国王陛下はやさしくて、仲良しだけど、事は結婚だもん。私情を挟むわけには、いかないんじゃないかなあ。
「俺の推測では、陛下はお姫さんのお相手として、国内の有力貴族の子息をお考えじゃないかと。そうすれば、身分からしてお婿さんを迎えることになるから、お姫さんを城から出さなくて済む」
ジルさんが言った通り、もしこの国の人と結婚するならば、お婿さんを迎えることになり、このまま王宮に留まることになる。なぜならこの国には、降嫁って制度が存在しないから。
嫁ぐのは、お相手の身分が同等か上のケースだけ。たとえば外国の王子様とかが該当する。いくら私が末席の姫でも、そこは腐っても王族だから、身分だけはどの貴族より上と見なされる。
その為お相手の人は、いかに高位の貴族だったとしても、爵位を捨てて王宮に入らなくてはならない。そして王族の一員とならなきゃいけないんだって。
国内のお相手も、いろいろ条件があるみたいだけど、中でも絶対に外せないのは、家の跡継ぎじゃないってこと。
(長男とか一人っ子のお家だと、実家を継がなきゃならないから、お相手候補にならないんだよね……)
そう、たとえば……ベッセルロイアー公爵家とか、長男と長女がそれぞれ一人ずつしかいないから、自動的に候補から外れる。
「あーあ、そんな浮かない顔しちゃって。何考えてるんですか~?」
「えっ……いやその、なんでもないです」
私は両手でぺちぺちと頬を叩きながら苦笑いを浮かべた。
ディルクは私の専属騎士だから、こうして傍にいてくれる。いつか私がお婿さんを迎えても、傍にいてくれるのかな。もし外国へ嫁ぐとしたら、きっとそこでお別れだろう……だって、この国の黒サッシュ騎士様は数えるほどしかいないから、そんな貴重な人材を国が手放すなんてしない。それに今でも、ディルクを専属にしたがっている王族の方々は多いと聞く。
(だったら、せめて相手は国内の人がいいなあ……)
ロブさんと話すディルクの横顔を見つめながら、どうすれば彼と少しでも長く一緒にいられるのか、この公務が終わったらよく考えてみようと思った。
休憩を終えて、再び移動を開始すると、そう長くはかからず目的地に到着した。
「お待ちしておりました、ハンナ姫様」
現場監督のおじさんは、泥がついた額に汗を滲ませながらにこやかに出迎えてくれた。
「遠いところお越しいただき、ありがとうございます。朝から山道を歩き詰めで、さぞお疲れでしょう。今お茶をご用意するので、あちらの建屋へどうぞ」
「こちらこそ、お仕事中にお邪魔します。お茶はさっき飲んだので大丈夫です。それより、工事現場へ案内してもらえますか。先に現場監督さんに、ご挨拶させてください」
おじさんはおや、と意外そうに目を丸くすると、先ほどよりも笑みが深くなった、
「それでは現場にご案内しましょう。足元に気をつけて下さいね」
おじさんが示す先は、舗装されてない道がまっすぐ伸びていた。両脇には橋の材料らしき切り出された石が、そこかしこに積み上げられ、何人もの作業員が行き来している。そして皆、こちらを物珍しそうに見ていた。
道の終着点には、大きな渓谷が望め、その縁の近くには多くの人々が作業していた。おじさんの掛け声に、その中から背の高い作業服姿の男性が振り向いて、こちらへ駆け寄ってきた。
「シーウェルです。ようこそ、ハンナ姫」