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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第六部
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(3) 専属騎士の役目

「ほら姫さん。この下くぐった、くぐった」

「はーい」

 おどけた調子で木の枝を押し上げてくれるロブさんに、私も元気よく返事して、すばやく枝の真下を通り抜けた。

 前方にはロブさん、右側と左側にはそれぞれジルさんとラウルさん、そして後方からはディルクがついてくる。この完璧なフォーメーションに、私は安心してヨリが言うところの『悪路』と呼ばれる獣道を突き進んでいた。

(でも、悪路って呼ぶほどでもないなあ)

 ちょっと道幅が狭くて勾配が強いだけで、空気も緑も爽やかだし、鳥の鳴き声が心地良いし、難易度がやや高いハイキングコースって感じ。

 それに何かあれば、周りのみんなが助けてくれるって分かってるから、こうして安心して登ることができるんだ。ただ前後左右守ってもらうのは、ちょっと大げさな気がしなくもないけど。

「いつもと違って、賑やかなのはうれしいけど……いいんですか? こんな風に、みんなに付き添ってもらっちゃって」

「王族の方々の護衛としちゃ、ちょっと足りないくらいですよ〜。まあ本来なら、俺らの出る幕はないはずなんですけどねえ」

 右隣を歩くジルさんが微笑みながら、大きな木の根をひょいひょい飛び越えている。道幅は人ひとり通るのがやっとの狭さで、両脇は障害物も多く、並んで歩いてもらうのが申し訳ないくらいだ。

「そうそう。他のお姫様方だと、専属騎士たちが周りを固めてますからね」

 左隣のラウルさんはそう言いつつ、絶えず足元の草花に目を配っていて、時折何かを素早く採取している。あれは薬草かなあ、何に使うんだろ?

(それにしても……そっかあ、他のお姫様たちには、何人か専属騎士がついてるからなあ)

 王宮で一番親交が深いリーザちゃんとこだって、クラウスさん以外にもう一人専属騎士様がいるって話だもの。むしろ私みたく、たった一人って方がめずらしい。

「うちはディルクだけだからなあ」

「姫様には、私一人で十分です」

 後方から、すかさず聞き慣れた言葉が飛んできて、ちょっとおかしくなる。ディルクはどうしてか、二人目の専属を嫌がるんだよね……。

「うちはディルクが、一人で三人分くらい仕事しちゃうからね」

 私の言葉に、前を歩くロブさんが振り返ってニヤリと笑った。

「有能な騎士は、一人で百の兵に匹敵しますからな。たしかに他の姫君たちは、そろって見目好い優男ばかりぞろぞろ引き連れてますが、その中で本当に腕の立つ連中は、ほんのひと握りですぞ?」

「それでも俺たちのような、むさい兵士の護衛は嫌がられるからねえ〜」

「実益より、体裁の方が大事なんでしょう」

 人によって、いろいろ考え方があるものだなあ。むさい兵士とか言うけど、少なくとも私から見れば、護衛に付いてくれる兵士の皆さんは清潔だし、強くて男前だし、気さくで話しやすい人たちが多くて安心するけどな。

「逆に、私の方こそ騎士様たちに嫌がられてるかも。前に出かけた時、沼で転んじゃって。乾くまで待ってたら、全身からカエルの匂いがしちゃってね……」

「そりゃ、俺たちもご遠慮願いたいとこですな!」

「お姫さんの、そういうとこですよ〜」

「あ、だからディルクは、他の騎士さんを専属にしようって言っても拒否るのか……!?」

「そんなわけないでしょう!」

「ははっ、お二人ともいいコンビすぎて、これでは他の騎士たちが付け入る隙もないですね」

 褒め言葉として受け取っとこ。たしかに私も、ディルク以外の騎士は考えられないな。カエル臭がしても、黙って付いて来てくれるのは彼しかいないだろう。

 でも、ディルクの本心はどうなのかな……私以外の専属騎士になるって、少しでも考えたことないのかな。ディルクの場合、前の仕事の経験を生かすとしたら、もっと外向けの折衝が絡む公務が多い王族の専属とかいいかもしれない。

 今は私が頼りないから、付きっきりで面倒見てくれるけど、もう少ししっかりしたら別の道も……って、いかんいかん。ちょっと自虐的な思考に陥ってしまった。

 ディルクの生き方は、彼自身で決めることだ。私に付いてくれるのも、以前のように誰の専属にもならず外交関係の仕事をするのも、私があれこれ口出すことじゃない。

 だから将来、ディルクが私から離れることを決意した時は、引き止めたりせずに快く送り出してあげたいと思う。もちろん、そんな日は、ずっと来てほしくないけどさ……。






 目的地に到着する少し前、お昼休憩を取ることになった。

 山中の少し開けたところにブランケットを敷いて、いつの間にか用意されていた日除けのパラソルとか、折り畳みできる簡易の椅子とかクッションとか……まさかの荷物の三分の一は、これだったのかとショックを隠しきれなかった。

(こんなことなら事前に、荷物の確認をしておくべきだった)

 知ってたら、こんなアイテム絶対に荷物から削ったのに。このために多くの人の手を煩わせたことが申し訳なくって、身が縮こまるような、やるせない気分に陥ってしまう。

「しかも私の席だけなの? こんなの使えないよ、無理だよ……」

 私が顔を顰めると、セッティングを終えたロブさんたちが困ったように顔を見合わせた。

「これでも最低限のご用意でしょう? シートの下は木の根だらけで、直に座ったら足腰を痛めますぞ?」

「日差しも強くなってきたしね。日陰で休まれて、少しでも体力温存しときましょうよ~。お姫さん、今日は一日中予定詰まってるんですから」

「さあサンドウィッチをご用意しましたよ。皆も食べてますので、姫さんもたくさん食べながら一息入れてくださいね」

 他の兵士さんたちの様子をうかがうと、めいめい自分のサンドウィッチを手に、木の根や幹に寄りかかってくつろいでいる。でもこちらの様子が気になるのか、時折チラチラ見てくるから、余計にいたたまれない。

「姫様……皆は、姫様が少しでも快適に過ごせるよう配慮しております。その気遣いを無駄にされるおつもりですか」

 ディルクの指摘にはっとする。たしかにそうだ、これじゃかえって皆に失礼だ。

「ごめんなさい……」

 項垂れると、隣のロブさんが首を振った。

「ディルク、もうちょっと言い方があるだろう」

 いや、これは私が悪かったから。ディルクを責めないで欲しい……彼は言いにくいことを、敢えて厳しく言ってるだけだし。というか、特に厳しくもないよ、本当のことだから。

「よし、気を取り直してサンドウィッチを食べようっと。なんの種類があるかなあ」

「立ち直り早いねえ〜、お姫さん」

 ジルさんが笑う傍らで、ディルクがサンドウィッチのバスケットを差し出してくれた。

「チキンにビーフ、野菜とチーズに、それからサーモンがございます。どちらになさいますか?」

「あ、サーモンはディルクの好物だから、取っといて。私はビーフにする」

「姫様、私のことはお気になさらず。こちらは別に用意がありますので」

 ディルクはそう言いながら小さな包みを取り出すと、指先ほどの茶色い塊を口に入れて噛み砕いていた。前にも見たことあるけど、あれは携帯食のひとつらしい。

(本当に、あれだけで足りるのかなあ)

 ディルクは私と一緒の時、特に外出中は、ほとんど食べ物らしい食べ物を口にしない。何かあった時すぐ動きやすいようにとか、うっかり悪い物を口にして体調を崩したりしない為だとか、いろいろ理由があるらしい。

 ビーフのサンドウィッチはとてもおいしいから、サーモンもきっとおいしいと思うけど、仕事の邪魔になるかもしれないから、無理にすすめることはできないな。

「姫さん、ビーフを選ぶとは意外にガッツリ系ですね。よろしければ、このハーブを振りかけてみてください。肉の旨味が引き立ちますよ」

「そうなんだ、ありがとう」

 ラウルさんが差し出した、小さな小瓶を受け取ろうとすると、なぜか横から伸ばされた手に奪われた。

「失礼、まず確認を」

 ディルクは手にした瓶の蓋をずらし、まず匂いを嗅いで、それから中身を少し手に取ると舌先ですくった。

(毒見だ……)

 ディルクは納得した様子で頷くと、そのまま瓶を私に差し出した。

「……どうぞ?」

「ごめん、うっかりしてた」

 こういうの、ダメだったのに。自分の失態に悔やみながら謝罪すると、ディルクは平然とした様子で小さく首を振った。

「構いませんよ。その為に私が付いてるのですから」

 すると小瓶を出したラウルさんが、申し訳なさそうに眉を下げた。

「こちらも迂闊だったよ……悪かった」

「いや、気にするな」

 ディルクは短く返しただけで、ラウルさんをチラリとも見なかった。それなのに、なぜかロブさんとジルさんは笑みを浮かべている。

「やだねえ〜見てて恥ずかしくなるなあ。ディルクも素直じゃないんだから」

 ジルさんの言葉に、私は首をひねる。素直じゃないって、どういう意味だろう?

「あのな、姫さん。そもそもあやしいと疑っていたら、確認する前にあの瓶は叩き割られていただろうよ。つまり、まあ信頼されてるってことだな」

 ロブさんはニヤニヤしながら、ラウルさんの肩を叩いている。

(なんだか、よく分からないけど……険悪な雰囲気にならなくてよかった、のかな?)

 私は軽く混乱しながらサンドウィッチを咀嚼していると、先に食べ終えたらしいジルさんが、お茶のカップを手に隣にやってきた。

「ところでお姫さん、橋の復旧工事を指揮してる人について聞いてる?」

「はい、事前に渡された資料を読んできました。シーウェル伯爵家の三男、ジェフリー・シーウェルさんですよね。建築家として、これまでいろんな公共事業に参加されてきたとか」

 城下町の国営施設もだけど、下町の区画整理とか、結構活躍しているらしい。

「そうそう、しかも独身で三十二歳、仕事熱心で真面目なお人柄らしいよ?」

 ジルさんは意味深な笑いを浮かべて、内緒話するようにそっと囁いてきた。

「少しばかり年上だけど、お姫さんのお相手にどうかと思って。会えば分かるけど、けっこうイケメンなんだよ~?」






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