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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第六部
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(2) 出発の朝

 翌朝。午前五時ピッタリに、ヨリが起こしてくれた。

 眠気眼で顔を洗い終え、着替えを用意してもらう。公務の服は、あらかじめヨリが工夫を凝らしてくれるから、毎回ちょっとした楽しみになっている。

「あ、かわいいズボンだね」

 秋らしいベージュ色のズボンは、ふんわり膨らんだキュロット型で、一見スカートっぽい。ひざ下で絞られている部分は、焦げ茶色のチェックのリボンで縁どられている。

「姫様が動きやすく、でも姫様らしさを損なわない、折衷案的なデザインでご用意させていただきましたの。公務でズボンはあまり好ましくない、といった古臭い風潮もございますが、向かわれる場所も場所なので、十分許容範囲ですわ」

 ヨリは満足げに微笑みながら、同じ生地で作られたベージュのブラウスを着せてくれた。襟元にはズボンのひざ下と同じ、焦げ茶のリボンを結んでもらい、頭には控えめな茶色のカチューシャをつけて完成。

「すごいね、ちゃんとかわいいのに、動きやすくて助かるよ」

「ふふ。仕上げはこちらを……特製の軽量型長靴ですわ。厚底でクッションがきいているので、疲れにくく歩きやすいと靴職人イチオシだそうです」

「わあホントに軽い。しかも皮みたいだけど布製なんだね」

「ええ、防水加工された特殊な生地で出来ておりますのよ」

 これなら山道も難なく歩けそう。今までの長靴は防水加工されているものの、硬くて重くて歩きにくい上、中は蒸れて長時間はなかなかしんどいものがあったからなあ。

「今日一日履いてみて良さそうなら、軍の人たちにも使ってもらうのはどうかな」

「そうおっしゃられると思いましたわ。姫様にはモニター第一号となっていただきますので、お帰りになったらレビューお願いしますね」

「わあ、責任重大だね」

 笑い合っていると、ノックがしてディルクが現れた。

「ご歓談中失礼いたします。姫様、そろそろブリーフィングに入らせていただけますか」

「あ、うん。カウチへ移動した方がいい?」

「いえ、そのままテーブルで構いません。朝食は召し上がられましたか」

「ううん、まだだけど……」

 そこで再びノックがあり、続いて顔なじみの侍女さんが朝食のワゴンを運んできてくれた。

「姫様、焼き立てのバナナマフィンですよ。お熱いので、お気をつけて召し上がってくださいね」

「ありがとう、料理長にお礼を言っておいてね」

「もちろんですわ」

 侍女さんは早朝にもかかわらず、晴れやかな笑顔で退出していく。その後はヨリがてきぱきとマフィンをお皿に乗せて、私とディルクの間に置いてくれた。

「……姫様の朝食ですよ」

「そんなこと言わずに。せっかく二つあるんだから、ディルクも一緒に食べようよ」

 ヨリにお願いしてお茶を二つ用意してもらうと、ディルクは観念したようにマフィンを手に取った。

「何度も申しますが、朝食はこちらへうかがう前に済ませてきております」

「あの、へんてこな飲み物だけでしょ? 生卵とか野菜とか、あれこれ混ぜたやつ」

「手早く、効率良く栄養が取れますので」

 ディルク特製ドリンク……過去に一度だけ、作って飲んでいるところを見る機会があったけど、見てくれはかなり微妙。おいしいかどうか聞いたら「おいしいとか考えたことない」と言われたっけ。

 もしかしたらディルクは深刻な味音痴かもって一時期心配したけど、それなりに好物はあるようだし、単に食に対して、あまり興味がないのかもしれない。

「バナナマフィン、おいしい?」

「……ええ」

 ディルクは手にしたマフィンを、たった二口で平らげてしまった。好物でもないけど、嫌いでもない、と心のメモを取る。よけいなお節介かもしれないけど、いつかディルクの好物を知って、それを一緒に楽しく食べてみたいなあと思う。

「姫様、もう召し上がられないのですか」

「え、ああ……これは今日のおやつにとっとくよ」

 朝の五時半だもの……あまり食欲無いのは、仕方ないと思う。

 私は半分食べかけのマフィンを、手元のナプキンにくるんでポケットにしまおうとしたところ……ディルクに素早く取り上げられてしまった。

「私のマフィン!」

「そうやって、食べかけをポケットに入れる癖を、どうかおやめください」

 奪い返そうとしたのに、騎士様はあっさり自分の口に押し込んでしまった。ちょっと待って、それ私の食べかけなのに!

「さあ、そろそろ出発の時刻です」

 気まずいし恥ずかしいしで、どんな顔をしたらいいのか分からない。それなのにディルクは、しれっとした顔で手を差し伸べるんだからなあ。私は眉を寄せて考える……もしかしてマフィン、ディルクの好物だったりする?






 城を出発した馬車は城下町を通過して、郊外の田舎道を駆け抜けていく。

 いよいよ山裾に差し掛かった時、車窓の景色を遮るように、一頭の馬が威勢よく飛び出して追い抜いていった。

(あれって、もしかして……)

 考える間もなく、馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて道の真ん中で完全に止まった。

「姫さん、お久しぶりです!」

 馬車を降りた途端、飛び出してきた人影に私はやっぱり、と駆け寄った。

「ロブさん、それにジルさんとラルフさんも!」

 ロブさんたち三人の兵士さんは、なんでも特殊部隊に所属するそうで、特に危険が伴う公務の場合は必ず同行してくれる。

 もちろん同行するのは彼らだけじゃない。荷物とかいろいろ運ぶ物もあるし、山賊や獣に襲われるケースも想定して、護衛部隊の人たちも含めると総勢二十五名と、かなり大人数で山道を登ることになる。

(みんなと会うのは、半年ぶりくらいか……元気そうでよかった)

 よく危険なところへ行くって聞いてるから、思い出す度に無事かどうか心配になるんだよね。だからこうして顔を合わせる時は、毎回なんだかホッとしてしまう。

 ロブさんは黒い髭がチャームポイントのおじさんで、縦にも横にも大きな、森のくまさんっぽい風貌を裏切らない力持ち。ジルさんは亜麻色の髪をした優し気なお兄さんで、情報収集が専門らしく、国内外の様々な事情にとても詳しい。そしてラルフさんは一見普通の街中にいそうな、のんびりした感じの人だけど、薬学に精通しているそうで、様々な種類の植物に詳しい学者さんみたいな人だ。

「本日はお世話になります」

 深々とお辞儀をすると、三人とも顔を上げてください、と笑った。

「仰々しいですなあ、姫さんと俺らの仲じゃないですか。ま、疲れたら肩車して差し上げますから、遠慮せずおっしゃってくださいよ?」

「今日は俺たちも楽しみにしてたんですよ~、歩きながら色々お話しましょうねえ」

「まあ、のんびり進みましょう。この先の道には、めずらしい草花が多いからご案内しますよ」

 口々にやさしい言葉を掛けられて、つい私も「うれしい」とか「楽しみ」とかはしゃいでいたら、突然ディルクが割って入ってきた。

「姫様。山の天気は変わりやすいので、こちらを」

 そう言って肩に掛けられたのは、少し厚手の防水コートだった。途中雨が降ったらまずいから、万全の注意をしていかないとね。それから軍手もつけようと、ポケットをゴソゴソ探っていると、なぜか横にいたギルさんがクスリと笑った。

「おやおや、父兄の方もご一緒ですか」

 ジルさんの揶揄にも、ディルクは知らん顔している。どうもこの二人、昔からの知り合いみたいだけど、仲がいいのか悪いのか、いまだによく分かんないんだよね。

「ジル……道中、姫様に変なこと吹き込まないように。それからロブ、姫様がお疲れになったら私が運びますからご心配なく。最後にラルフ……」

 ラルフさんは目を瞬いて、ディルクの言葉を待っている。

「草花もいいが、姫様に声を掛けるのは極力控えるように。ただでさえ予定が詰まっていて、寄り道する時間などないのだから」

「わかってますよ。ほどほどに、ね?」

 最後の「ね?」は、私に向けて言ったラルフさんは、ディルクの冷たい視線をものともせず平然として微笑んだ。

「姫さん、あいつと四六時中一緒で疲れたりしませんか?」

 ディルクが一旦離れて、部隊長の元へ挨拶にしに行ってる間、ロブさんがそっと耳打ちしてきた。

「もう慣れてますんで」

 私は苦笑しつつ、肩をすくめた。あれが通常運転だよね、うちの騎士様の場合は。

「前より悪化してるんじゃないかと……ま、姫さんが心配なのは分かるがな」

「あれは嫉妬でしょう~? 心狭すぎだよねえ」

「男の焼きもちは見苦しいけど、姫さんが悪い気してなければいいんじゃない?」

 三人の問うような視線が向けられる。そんな彼らの肩越しに、こちらをうかがうように何度も振り返っている騎士様が見えて、なんだか落ち着かない……困った。

「えーと、うちの騎士様は……悪い人じゃないです」

 みんなの視線が、一斉に和らいだ。分かってますよと微笑まれ、返事に窮してしまう。

 ディルクはとっても真面目で、時に人に誤解されがち。でも、そんな彼だから信頼できるし、皆も信頼してくれるし、一緒にいるととっても安心なんだ。

 道すがら、そんなことを一生懸命話していると、後ろを歩くディルクが「姫様もういいですから」と、掠れた声で何度も遮られた。

 でも、その度にロブさんたちは「もっと聞かせて欲しいですな」とか「ぜひぜひ続けてください」とか言うもんだから、ついつい私の親馬鹿ならぬ騎士馬鹿っぷりがさく裂してしまい、長々と自慢話をしてしまったことは許して欲しい……。







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