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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第五部
63/76

(15) ナイトキラー

 舞踏会は盛況だった。まずメインゲストのアーベル王子との挨拶を済ませ、その他あまり会ったことない貴族の人達を紹介された。その間中、オディロン王子はずっと私の傍を離れず、手を引いてくれた。

 一通り挨拶も終わり、少し疲れたなあと息をついたところで、隣のお兄ちゃんが飲み物を給仕の人から二人分受け取った。

「三種類のベリーをミックスしたジュースだよ。こういうの、女の子は好きでしょ?」

 最後に軽薄な言葉を付け加えたお兄ちゃんは、茜色の飲み物が入った薄いきらめく背の高いグラスを差し出した。受け取って眺めると、グラスには細かいヒビのような模様が刺繍糸のようにグラス一面に張り巡らされ、シャンデリアの光に反射してキラキラと輝いている。

「綺麗だね、夕暮れの雲みたい」

「ハナちゃんは詩人だね。僕は味が良ければ、何でも構わないけど?」

「じゃあバケツでもいいの」

 すると笑い上戸のお兄ちゃんに声に出して笑われて、近くに通りかかった人たちが驚いた様子でこちらを振り返った。少し明るい気分になって、さっきまで感じていたストレスがスッと抜ける気がした。

 そこにコンラードさんが現れ、何やらお兄ちゃんに耳打ちをする。

「ああ分かった、今行く……ハナちゃんごめんね、ちょっとここで待っててくれる?」

「あ、はい」

 すぐ戻るからね、と言い残して、お兄ちゃんは足早に人ごみに消えていった。たぶん忙しい人だから、お仕事があるのだろう。というか、私にずっとついてて良かったのかな。迷惑掛けてなければいいけど……こういう時、舞踏会は不便だなあと思う。

 ――なんでこういう場って、ひとりでいたら駄目なんだろう。

 きっと年を取っても、こういう場所は誰かと一緒じゃなくてはならないルールなんだろうな。姫じゃなければ、そんな事もないかもしれないけど。

 ――そもそも姫じゃなければ、舞踏会(ここ)にいなかっただろうし。

 お城に上がって丸四年、もう五年目に入った。どこへ行くにも、必ず誰かに付き添われる生活に、すっかり慣れたってわけじゃないけど……理解できるようになった。騎士が傍にいて、侍女さんたちに生活のサポートをされ、そうやって過ごす日々は、時に窮屈で息苦しく、いい事ばかりじゃないけれど、寂しくはなくなった。

 周囲を見回すと、あちこちで談笑する小さなグループがあり、皆それぞれ綺麗な服を纏って、おいしそうな料理をつつき、綺麗なグラスに入った飲み物を口に運ぶ。でもきっと、皆それぞれ立場や役割があり、それを精一杯果たすべく毎日生きているんだろうなあ。

 ――あ、ディルクだ。

 人の切れ目から、ディルクの姿が遠目に見えた。ブルーグレーの爽やかな色合いの騎士服に、真っ黒なサッシュベルトを巻いて窓辺に佇む姿は、きっと大勢の人の目を()きつけてやまない。贔屓目じゃなく、間違いなくそうだろう。

 ――あの人は、私が姫じゃなければ、出会う事すらなかった人なんだ。

 改めて、巡り合った不思議を噛みしめる。きっと今声を掛けたら、当たり前のように振り向くに違いない……そう改めて思って、緊張する。当たり前が無くなってしまう日が、来たらどうしようかと。

「……ん?」

 ディルクの話相手のおじさんが、なんかこう、酔っぱらってるのかな。体がふらついて様子が変だ。着ている服装から、結構地位の高い人のように見えるけど……あれ誰だろう?

 ――あ、危ない!

 腕を振りかぶって、グラスが手から離れかけたところを、ディルクが寸でで押し留めた。そしてその御仁を促して、窓の外に出て行った。

 ――大丈夫かな……あっちはたしか夏薔薇が咲く庭園だったな。

 昨日夕食後にお兄ちゃんと散歩した場所だ。気づかれないように、そうっと後をつけてみよう……あのおじさんが変な真似したら、警備の人を呼ばなくちゃ。






「……って、どうせ専属騎士なんて、お姫さんたちのご機嫌取りしてりゃいいんだし、その顔なら何もせんでも、さぞや優遇されてんだろうなあ、ああ?」

 薔薇の茂みからそっと覗いてみると、あの酔っ払いのおじさんがディルクに絡んでいた。どこかで見た事ある顔だなあと思ったら、王族の人だったわ……たしか王様の親戚だったような? 私にとっては遠縁のおじさんに当たる人だきっと。ベンチに座りこんで、正面に立つディルクに向かってくだ巻いてる。

 舞踏会とかの大きなパーティーでは、よく警備の人が、迷惑掛けそうな酔っ払いの人を会場の外へ連れ出して介抱する事があるけど……暴れてケガする事もあるって聞くし、やっぱり誰か呼んできた方がいいかな。ディルクは剣の腕は立つけど、まさか王族相手にそれを使うわけにはいかないだろうしなぁ。

「これまでずっと、うちの娘があんたを専属にしたいって言っても、首を縦に振らなかったくせに……あの娘の専属なんかになりやがって……たしか、あの娘は国王のお気に入りだそうだな? あんたも出世に目がくらんだか、ああ?」

「えっ、ちょっとそれは違うよ、おじさん」

 思わず口から飛び出してしまった言葉に、二人の目が一斉にこちらを向いた。しまった……でも今更誤魔化しようがない。仕方なく茂みから顔を出すと、先ほどまで一ミリも表情を変えなかった騎士様の顔が、驚愕に目を見開いた。一方、おじさんは訝しげにこちらを睨んでいる。

「なんだ、お前……あ。お前は!」

 バレた。

「そうです、私がそこの騎士の主人です。おじさん、彼は黒サッシュの騎士ですから、出世とかもう必要ないです」

「なっ……そうか。そうだな黒サッシュだな。とすると、あれか、金目当てか? 王族に取り入って、いろいろ援助してもらおうとか」

「でもおじさん、私は援助できるようなお金持ってないです」

「お前が金持ってなくても、お前の実家が後ろ盾になりゃ……」

「それが、実家が無くなっちゃって。あってもあまりお役に立てないかと」

「実家が無いだと? 母親は、どうしたんだ?」

「それが、四年前に……流行り病で」

「むっ……そ、そうか。そりゃ悪い事聞いたな……」

 おじさん、実は結構いい人かもしれない……ただ酔っぱらってるだけで。

「それにおじさん、彼はベッセルロイアー家の跡継ぎだし、お金には困ってないです」

「むっ……じゃあ一体何のために、あいつはお前みたいな姫なんかの専属やってんだ? こんな何の得もない……ヒッ!」

 ギラリ、と光る刃が、おじさんの喉元に押し当てられてる……い、いつの間に!? 切れ味半端なさそうな刀身を辿ると……怒りの形相で剣を握る騎士様の姿があった。

「貴様……姫様を愚弄するな」

「な、な、な、な……」

 後から剣を突きつけられたおじさんは、すっかり顔色を失ってブルブルと震え出した。

「私が本気を出す前に、汚い言葉を撤回してさっさとこの場を立ち去れ」

 チャキッ、と剣を構えなおして刃が微かに動いた途端、おじさんはぶわっと涙を浮かべて叫び出した。

「て、撤回する! 撤回するからやめろっ……ひいいい……ぐえっ……」

 騎士様は剣を引くと同時に、おじさんの背中を容赦なく蹴飛ばした。おじさんは転びかけながらも、その場を走り去っていった。

「姫様、ご無事ですか」

 なめらかな動きで剣を鞘に納めた騎士様は、私の前にやってくると膝を折った。ご無事も何も、むしろあっちの方が無事だろうか……蹴った時、結構すごい音がしたよ!?

「どうされました、姫様?」

「どうされました、じゃないよまったく……びっくりしたよ」

 呆れて苦笑を漏らす私に、ディルクはつられたようにクスリと笑った。手が取られ、ぎゅっと握り締められる。

「もうお部屋に戻りましょう。お送りしますよ」

「え、舞踏会はいいの?」

「構いません、もう充分です。朝からあのような騒動で、ご心痛の中よく最後まで頑張りましたね……」

 ご心痛って……私と変な噂立てられて嫌な思いしたのは、ディルクの方なんじゃ?

「あのう、ディルクは怒ってないの……?」

「もちろん思い出しただけでも、はらわたが煮えくり返るようです……姫様のような方を、よりによって一介の騎士なんかとの、下世話で軽薄な噂を立てるなど言語道断です。あのようなくだらない記事で、姫様にご心痛を与えてしまった事が……それを防ぎきれなかった事が、悔やまれて仕方ありません」

 ええっ!? 何それ、姫様のような方? どこの深窓のお姫様の話してんだ……? てか、一介の騎士なんかって! 一介って!!

「駄目だよ、自分の事をそんな風に言っちゃ。ディルクは一介の騎士なんかじゃない、黒サッシュの優秀な騎士なんだから」

「しかし……」

「ディルクは私の、自慢の専属騎士なんだからね!」

「……はい……」

 ディルクは戸惑いがちに目を伏せ、私の手を引きながら、薔薇園の曲がりくねった小道を辿っていく。甘い薔薇の香りが夜風に乗って、ざわつく心が次第に凪いでいくようだ。いつの間にか舞踏会の喧騒も、酔っ払いのおじさんのろれつの回らない声も、みんな遠くなって、どこかにかき消えてしまった。

「姫様……」

 足音と葉擦れしか聞こえない静けさの中で、囁くように呼ばれた。何を言われるのだろうと待っているのに、なかなか言葉が続かない。どうしたのかと隣を見上げると、ディルクは歩く足を止め、緊張した面持ちで私を見つめ返した。

「姫様……本当に神殿に入るおつもりですか」

「え?」

「ピクニックの日、湖の前でアーベル王子にそう話されていたでしょう」

 そういえば、そんなこと話したかな……『もし王宮の厄介者になりそうだったら、出家して神殿に入るって手段もありますもん』って。あれ、聞かれてたのか。

「姫様が神殿に入られたら、私はどうなるのです」

「えっ」

「あの神殿は王族の方々しか入れない……もし姫様が神殿に入られたら、一生かけて姫様をお守りすると誓った私は、どうすればいいのですか」

 真剣な眼差しに熱が帯び、握られた手が熱い。

「神殿ではなく、私の屋敷に来てください。そうすれば今まで通り、いえ、今まで以上にお傍でお守りできます」

「ディルク……」

「後生ですから、私の居場所を奪わないでください……あなたの隣が、私の居場所なのですから」

 金糸の髪がサラリと揺れたかと思うと、取られた手のひらに唇がそっと落とされた。まるで懇願するような仕草に、困った私はおずおずと口を開く。

「じゃあ……お姫様の仕事をクビになったら、ディルクのお屋敷に再就職させてもらうよ」

「ええ是非そうしていただけると、助かります」

 ディルクはホッとした顔で私を見つめている。私の隣がディルクの居場所だって言うなら、ディルクの隣が私の居場所でもあるんだ。

 欲しかったものが、こんな近くにあったんだ。知っていたようで、ちっとも気づかなかったよ。もっともっと大事にしたい……そう思えるものが、今夜見つかってよかった。






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