(14) エスコートのお相手
料理長特製の、熱々のテールスープに、こんがり焼けたパンを添えたものが部屋に運ばれた。私がティーテ―ブルに着いて食べ始めると、テーブルをはさんだ向かい側に立つディルクが切り出した。
「姫様、今夜のエスコートはコンラード殿にお願いすることになりました」
「そっか、分かった」
いくら噂話が収束したからって、さすがにこのタイミングで渦中の本人にエスコートしてもらうのは良くないだろう。それでまた噂が再燃でもしたら、せっかくディルクが一日走り回って火消ししたのに元も子もない。
「あのさ、ディルクは……」
「はい」
ディルクが少々食い気味に返事をする。なんでも言って欲しい、もっと頼ってくれ、と言わんばかりの態度に、彼の分かりにくい優しさや気遣いを感じ、喉元までせり上がった言葉を飲み込んだ。
「……いや、やっぱいいや」
「言いかけたことは、最後までお話しください。どうされたのです?」
「大したことじゃないんだ。その……舞踏会に着ていくドレスの事だし、後でヨリに聞くよ」
嘘だった。本当は、ディルクが今夜誰をエスコートするのかって聞こうとした。でも、やっぱり聞きたくなくって誤魔化した。
――やっぱ私との噂を消すには、別のご令嬢をエスコートするのが一番いいんだ。
今夜、ディルクが別のご令嬢をエスコートするかもしれない事は、すでにヨリから聞かされてた。公の場で、他にお相手がいる事をアピールすれば、きっと私との噂も払拭できるだろうって話だ。これも全て私の為と言われたら、納得するしかない。
――これで、いいんだ。
だから余計な事を聞いて、変に気を使わせたくない。
「大規模な舞踏会は久しぶりだし、ご馳走食べるの楽しみだよ。でも最後までいると疲れちゃうから、退出できるタイミングが分かったら、それとなく教えて欲しいんだけど」
「承知しました。では後ほど会場でお会いしましょう。夜なので、甘い物は後悔しないよう程々にしてください。それから冷たいお飲み物もお気をつけて……でないとまた夜中に、お腹が痛くなりますよ?」
「分かってるってば……ほらディルクも忙しいんだから、もう仕事に戻りなよ。後はヨリにお願いするからさ」
「……畏まりました。では失礼します」
ディルクが部屋を出て行ってしまうと、それほど間を置かずに、ヨリがドレス一式を部屋に運んできた。
「たった今ディルク様と廊下ですれ違ったのですけど、流石に機嫌悪そうでしたわ。姫様のエスコートをコンラード様に譲った事が、よほど悔しいのでしょうね」
クスクス笑うヨリに、私はしょんぼりした。自分の仕えてるのが姫ならば、こういった場では自分に仕える騎士がエスコートするのが普通だ。真面目なディルクの事だから、専属騎士としての職務を全うできない事は不名誉に感じるに違いない。
――疲れも溜まっているだろうし、そりゃ不機嫌にもなるだろうなぁ……。
ただでさえ大規模な舞踏会が開かれる日は、会場の警備体制や招待客のリスト確認、セキュリティーチェック等で忙しいのに、今回はエスタルロードの公務も重なっていて、さらに例の熱愛報道の件で朝からずっと奔走して……完全にオーバーワークだ。
私がディルクに出来ることは、せめてこれ以上問題を起こさないように、大人しく舞踏会の支度をして、時間になったら会場へ向かい、そこで適当に時間を過ごしたら、頃合いを見てすみやかに部屋へ戻る、という予定をそつなくこなす事くらいだ。
「そうそう姫様、今夜のヘッドドレスは、改良型のクレスパインをご用意しました。思い切って付け毛の部分を外したので、かなりの軽量化に成功しましたのよ」
ヨリが見せてくれたヘッドドレスは、銀色にきらめく収縮性のある糸で編んだネットで、糸が重なる部分に縫い付けた色とりどりのビーズで出来た小花が、とても可愛らしいアクセントになっていた。
「へえ、可愛いね」
「お気に召していただけて、うれしいですわ。さあ、早くお風呂に入ってお支度しましょうね。本日はドレスの色に合わせて、ラベンダーの入浴剤を使いましょう。きっとリラックスできますわ」
「リラックスしすぎて、寝ちゃうかもよ?」
「ふふ、そうしたら寝ている間にうんと濃いお化粧しちゃいますわよ? 目が覚めてびっくりされたくないならば、寝ないように気をつけてくださいね?」
舞踏会の支度がすっかり整った時、見計らったように扉をノックする音が聞こえた。
「……あれっ?」
ヨリが扉を開くと、予想外の人が現れたので、私は驚いて手にした扇を取り落としてしまった。
「やあ、可愛くしてもらったね」
部屋に入ってきたオディロン王子は、床に落ちた扇を拾い上げると、私の頭から足の爪先まで眺めた後、満足そうにひとつ頷いた。
「あの、コンラードさんは……」
「ん? 兄様のエスコートじゃ不満? せっかくハナちゃんの為に、めずらしく張り切っておめかししたのになぁ」
オディロン王子は扇を私に握らせると、慣れた仕草で私の腰に白い手を回した。めっちゃ馴れ馴れし……いやフレンドリーで、若干引く。
「さあ行こうか」
「はい……じゃあヨリ、行ってきます……」
ヨリもやや当惑気味に、第二王子と私に向かって膝を曲げると、丁寧に頭を下げて見送ってくれた。
「君は、あの侍女と特別親しいの?」
廊下を歩きながら、オディロン王子は世間話のついでといった具合に呟いた。
「主人をあんな顔をして見送る侍女なんて、僕のまわりにはいないタイプだ」
「そうなんですか?」
「彼らは仕事で仕えてるのだし、そういう馴れ合いが嫌なものだからね」
まあ、人それぞれだからなあ……。それにお仕事で外国に行くことが多いみたいだし、旅には危険が伴うこともあるみたいだし、親しくなり過ぎると常に心配掛けてしまうから、という配慮からかもしれないな。
「ところでオディ……兄様は、いつもはコンラードさんにエスコートしてもらってるんですか?」
「まさか。僕は男だから、エスコートはされる側じゃなくて、する側だよ?」
「あっ、そう言えばそっか……じゃあ、いつもは誰をエスコートしてるんですか?」
「うーん、気の置けない女友達が数人いるから、そのうちの誰かかな。特定のパートナーは持たない主義なんだ」
それって、やっぱりお仕事上の都合なんだろうな。一年のうちほとんど外国を旅してたら、残された方はきっと寂しい思いをさせちゃうから。
つまり、お兄ちゃんは優しい人なのだ。分かりにくい話し方するけれど、きっとそれも気遣いの一種なのだろう……隣を見上げると、目が合ってにっこり微笑まれた。
「明日で公務が終わるね。長いようで、もう五日経ってしまったな」
「ええ、そうですね……」
あっと言う間の、でも濃い五日間だったな……お兄ちゃん的には、どうだったんだろう?
「ハナちゃんは、この公務の後は夏休みなんだって? 何か予定でもあるの?」
「いえ、特には……でも予定がないのが、お休みだと思ってるんで『ゆっくり』『のんびり』を楽しみたいと思ってます」
予定は無いけど、やりたい事はたくさんある。まずはみんなにお礼のプレゼントを用意したい。手作りがいいかなあ。
そういえば、昨日エルダの町長夫人からいただいた手作りクッキー、うれしかったな。休み中にお城の厨房を借りて、クッキー焼くのもいいかも。そうと決まれば、材料を調達しに城下町へ買い物に行きたい。ヨリかディルクが、付き添ってくれるかなあ……あ、でもプレゼントあげる相手に付き合わせるのも変かな。
「ね、予定が無いなら、僕と旅行に出掛けない?」
「……へっ?」
お兄ちゃんは、お洒落なジュストコールを翻すと、私の行く手を阻むかのように真正面に立ち塞がった。
「まあ旅行というか、商談ついでだけどね。今度向かう国は、歴史的建造物が建ち並ぶ、異国情緒あふれるとっても素敵な所だよ。夜になると、オーロラも観れるんだ」
「オーロラ?」
「光のカーテンのようなもの。夜空一面に、虹色のレースが掛かって、それはそれは夢のように綺麗だよ」
へー、そんな世界があるのかあ。
「もちろん、ディルクも一緒に連れてきていいよ。長い旅になるからね。なんだったら、君の侍女も同行すればいい。心配しなくても安全なルートを使うし、道中はいろいろな国に立ち寄って、おいしい物食べたり、素敵な服も買ってあげる。どう?」
戸惑う私の顔を覗き込む茶色の瞳は、期待の色を帯びている。でも……。
「せっかくですけど、やめておきます」
「どうして? 絶対に楽しめるのに」
「ディルクもヨリもお仕事があるし、私一人だけお休みなんです」
「二人が同行できなくても、コンラードがいるよ。彼が一緒なら、君の専属騎士がいなくても……」
何言ってんだ、お兄ちゃん!
「それは無理だよ。ディルクの代わりなんて、いないもん」
私はびっくりして、つい相手の言葉を遮ってしまった。
不思議そうに首を傾げるその姿は、お兄ちゃんなはずなのに、まるで途方にくれた小さな男の子みたいだ。
「夏休みは一週間って決まってて、その後は公務があるもん……皆予定を組んでくれてるのに、迷惑掛けられないよ。なにより私はこのお城に、みんなの傍にいたい」
「……そっか」
お兄ちゃんは私に腕を差し出した。素直に手を乗せると、エスコートを再開する。
「じゃあその代わり、今夜は兄様と一曲踊ってよ」
「でも私、踊り下手だよ?」
「上手だなんて、元から期待してないから大丈夫」
「ええっ、酷いなぁ」
お兄ちゃんはいつものように、朗らかな笑い声を立てた。そして、いつの間にか言葉使いが砕けたものになってしまっていた。
――まあ、お兄ちゃんだし、妹だから、いっかなあ……?
そうこうしてるうちに、舞踏会が催されてる広間に到着した。室内に一歩足を踏み入れると、光と音の洪水で圧倒される。この舞踏会の主催者である第二王子の登場に、割れんばかりの拍手が広間中に鳴り響いた。
隣に立つお兄ちゃんは、立派に第二王子の顔で威風堂々と微笑んでいた。だから私も、背筋を伸ばして、笑顔を浮かべることができたんだ。