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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第五部
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(12) 交渉成立

 夕食会にはアーベル王子とオディロン王子、そしてコンラード騎士を招いた。もちろんうちの騎士ディルクも同席している。

「おわっ、おいしそうな……!?」

 ダイニングルームに一歩入ったオディロン王子は、そのまま絶句した。後ろからついてきたアーベル王子も無言で目を丸くして、テーブルの中央に飾られた豚の丸焼きに釘付けである。

「アーベル王子、オディ……兄様、コンラード騎士も。ようこそ! 今日は豚パです」

「ぶたぱ……?」

 コンラードさんは言葉の意味を計りかねてる様子で、ぼそっと呟いた。 

「豚料理づくしのパーティー、という意味です。略して豚パ」

 一瞬シンと室内が静まりかえり、次の瞬間オディロン王子が爆笑した。

「いいね、豚のパーティーか! さすが僕の妹だ、お客さんの楽しませ方をよくわかってる」

「豚肉ですよ、オディ兄様。まあ皆さんこの円卓に座ってください」

 オディロン王子は笑いながらも、さりげなく私を自分とディルクの間に座らせ、アーベル王子から遠ざけてくれた。よかった、あんなことあった後で、隣に座るの気まずいもんなあ。

「さてハナちゃん、どれから食べればいいの?」

「ええと、まずは……」

 それから私はディルクに手伝ってもらって、すべての料理を少しずつ取り分けて皆に配った。うちの料理長の腕は確かだし、お肉はジューシーで柔らかく、口にした瞬間の皆の緩んだ顔を見ればおいしいのは一目瞭然。

 ――それにしても、料理長っていろんな国の料理を知ってるなあ。

 特に好評だったのは、ミンチにした豚肉を野菜と練って、薄い小麦粉の皮に包み、香ばしく焼いた料理だ。それと、やはりミンチ肉をふんわりした皮に包んで蒸したお饅頭のようなのも人気だった。

「君のところの料理長、うちの国へ招待したいな。是非うちの宮殿の晩餐会でも、腕を振るってもらいたいものだ」

 アーベル王子はご機嫌で、酒のグラスを片手に笑ってる。いやいや、料理長を連れていかれたら、私が困っちゃいますって! そうじゃなくて、豚肉だよ豚肉!

「もちろん我が王宮の料理人は一流の腕を持つ者ばかりだが、それをさらに生かすのは素材の良さに尽きる」

 オディロン王子がさりげなく水を向けてくれる。

 そうそう、素材の肉だよ。

「以前、貴殿の王宮で素晴らしい魚料理を堪能させてもらったが、この豚肉で同じ料理を作ってみたらどうだろう。きっとまた違ったおいしさが味わえそうだと思わないか」

「同じ料理を、豚肉で……?」

 アーベル王子が意表を突かれた様子で、手元の料理を見下ろした。

 うんうん、豚肉っていろんな料理に合うから! その魚料理ってどんなのか知らないけど、きっと合うよ!

「豚肉には豊富な栄養素が含まれている上、疲労回復効果も期待されるそうだよ。海の男たちにもきっと重宝されるだろう」

「そうだな……だがあいつら航海に出ると、大抵魚ばかり食っててあまり肉を口にしない。なぜなら安価で質のいい肉が手に入りにくいんだ」

 そこで私がすかさず手を上げた。

「ジャーキーとかにすればいいんですよ。保存も効くし、水に戻して鍋で煮れば美味しいスープも作れます!」

「……だそうだよ? どうかな、可愛い妹の顔を立てて、取引を考えてみないか?」

 クスクス笑うオディロン王子に、私はハッとした。しまった、これじゃうちが買ってもらいたいみたいじゃないか……もしかして方向性間違えちゃった?

 焦る私の隣で、オディロン王子が両手を顎の下に組むと、テーブルに身を乗り出す。

「もし取引に応じるならば、僕の最愛の妹に対する無礼な振舞いについては、不問にしてあげてもいいよ。どう?」

 その言葉に正面のアーベル王子の顔が蒼褪め、引きつった。両隣の二人の騎士も、いつの間にか食事の手を止めて怖い顔をして、青い顔をする王子の顔を見つめている。

 そして私の隣からは冷たい、殺気立ったオーラを飛ばすオディロン王子が、あのいつもと変わらない嘘くさい微笑みを浮かべて目を細めた。

「後はそうだね……うちの取引条件を飲むなら、君のところの船を買ってもいいよ? ただし言っておくけど、これ以上うちの妹姫に手を出そうとしたら……分かるね?」

 あれ、これって脅しだよね!? 脅しは駄目、良くないよ!

「に、兄様……」

「ん、どうしたのハナちゃん?」

 ディルクの顔が『余計な事を言うな』って言ってる。

 コンラードさんの顔は『ご心配なさらず、我々に任せてください』って言ってる。

 そして、オディロン王子は……『今大事なところなんだから邪魔するな』って言ってるよね!? そういう感じの、凶悪な顔つきしてますけどっ……!?

「りょ、料理が冷めちゃいますから……食べましょう!」

「へっ?」

 一瞬、オディロン王子がきょとんとした。私は泣きそうな気持で、それでもごり押しするように料理の皿を押し付ける。お皿にはまた温かい豚肉の饅頭が並んでいた。

「さ、冷めるとまずくなるから……」

「……そうだね」

 オディロン王子はにっこり笑うと、片手で饅頭をひとつ取り、もう片方の手で私の頭をよしよしと撫でた。

「ハナちゃんは、やさしいいい子だね。兄様、ますます君の事が好きになっちゃいそうだよ」

「そ、そ、そうですかっ……」

 邪魔しちゃった。でもこんな風にアーベル王子を追い詰めるのも、後味悪い……なんで平和的解決が出来ないのかな。私が甘過ぎるのだろうか。

「いいですよ」

 正面から静かに告げられた言葉に、テーブルに着いた皆が一斉に声の主を見た。アーベル王子は苦笑気味に、でも小さく頷く。

「いいでしょう。確かに、こちらの国の豚肉は素晴らしい。是非我が国への輸入を検討させていただきたい。輸送船の取引についても、なるべくあなた方の希望条件に沿うよう努力する」

 アーベル王子が立ち上がると、オディロン王子も立ち上がった。二人はテーブル越しに固い握手を交わす。

 ――えっ、えっ……これって、もしかして交渉成立したって事?

 ポカンと口を開けていたら、アーベル王子と目が合った。そしてなぜか失笑される。

「ところで……聞きましたよ。姫は貝類が苦手だとか」

「えっ……ええ、と。ああ、そうですね……?」

 質問の意図が分からず、ぼんやりとした返事をする。

「貝類が苦手な姫にとって、我が国は色んな意味で暮らしにくいだろう……残念なことだ」

「あ……」

 とうとうオディロン王子がクスクスと笑い出した。ば、バラされた……てか、これってプロポーズを撤回するって意味だよね? なんとなく私が振られたっぽい感じなのは、なんでだろう……いや、別にいいんだけど。

 こうして思いがけない収穫を得た?夕食会は、無事かつ平和的に幕を閉じたのだった。






 夕食会の後、オディロン王子に誘われて中庭へ散歩に出た。

 アーベル王子は早々に客室へ戻ってしまい、コンラードさんは仕事が残っているとかでやはり下がってしまった。だから今はディルクが私に付き添ってくれている。

「まあ、一応お礼は言っておくよ」

 満天の星空の下、オディロン王子が歌うようにつぶやいた。

「まさか豚肉を交渉材料にしようとするなんてね……君らしい、可愛くて稚拙で、平和的かつ素人臭いアイデアだ。まあ、場が和んだけど」

「すいません……」

 なんか改めて振り返ると、恥ずかしいし落ち込む。オディロン王子は、私の助けなんかまったく必要としてなかった。きっとプロポーズの件がなくても、勝算があったに違いない……国同士の交渉なんて、そもそも素人が首を突っ込んでいい問題じゃなかった。

 オディロン王子は私が想像するよりも、もっと厳しい状況下で仕事をしてきた人だ。色んな諸外国を渡り歩き、時にはその身を危険にさらしながら旅をして、そうやってたくさんの人達と交渉を行ってきた。そういう人だって知っていたはずなのに……何やってんだ私は。

 ――それに……きっとディルクにも迷惑掛けちゃっただろうな。

 ディルクも水面下で、色々交渉に有利な条件を揃えていたに違いない。もちろんオディロン王子の思惑も分かった上で、でも主人である私のアイデアを尊重してくれて、今回私の勝手な我儘に付き合わせてしまった。

 ディルクには後で改めて謝ろう……でも今は、まずオディロン王子に対して、きちんとお詫びをしなくては。

「オディロン王子、この度は本当にごめんなさい」

「あれ、もう兄様って呼んでくれないの?」

 オディロン王子がおどけたように、隣を歩く私の顔を覗き込んだ。その表情に、先ほど夕食会でアーベル王子と対峙してた時の冷たさは微塵も見られない。

「僕はね、君みたいな子を妹に持てて、悪い気はしないよ。何しろ一緒にいても退屈しないからね」

「……」

「だからこれからも、僕の事はちゃんと兄様と呼ぶこと。いいね?」

 私が小さく頷くと、オディロン王子はよし、と言って笑った。そして笑いながら私の手を繋ぎ、腕を大きく振りながら夏薔薇が咲き乱れる小道を闊歩(かっぽ)する。

 ――お兄ちゃん、かあ……。

 オディロン王子の口元には淡い微笑が残っていた。私とは似ても似つかない横顔……と思ったけど、他の人からみたら、どこか私に似てる部分があるのだろうか。半分血の繋がりがあるから、もしかすると顔は似てなくても、例えば爪とか足の指の形とか、もしかしたら体の内側とか、どこかしら似てる部分があるのかもしれない。

 そういえば握った手の温かさは、王様に似てる気がした。






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