5. 城下町へ
翌朝、ディルクが固い表情で私の部屋に現れた。
ちょうど朝食中だった私は、ゆで卵をむく手を止め、顔色の冴えない騎士様に首を傾げる。
「おはよう……どうしたの、血相変えて」
「本日のご予定ですが、リーザ様と城下町へお出掛けください」
「えっ、いいの? 犯人つかまったんだね!」
私は卵を握りしめたまま、小さくガッツポーズをした。やったあ、やっと外出できる!
「いえ、犯人はまだ捕まっておりません……そこで最終手段に打って出ることになりました」
「は? 最終手段?」
ディルクは暗い表情で視線を落とす。
「これ以上時間を掛けるなと、上から圧力が掛かりました。その為、早急に犯人を捕まえる必要が出て参りました」
「うん……?」
ディルクは一度言葉を切ると、苦しげに続けた。
「城下町へ行く話は、姫様を『#囮__おとり__#』にして、犯人を捕まえる計画の一部なのです」
「おとり? 私が?」
「はい……姫様で犯人をおびき寄せる、という事です。もちろん犯人に気づかれないよう、最大限に護衛を付けますし、私もお傍についております。しかしそれでも、非常に危険であることには変わりありません」
「そ、それは確かに、危険かも……」
ようやく事態をのみこめた私は、一気に血の気が引く思いがした。
「こ、こわいようっ……!」
ディルクは私の前で膝を折ると、勢いよく頭を下げた。
「申し訳ございません、私が至らぬばかりに……姫様を、このような危険にさらすことになってしまいました……」
初めて見たエリート騎士様の項垂れる姿に、出そうになってきた涙も引っ込んでしまった。
(これで私が嫌だって駄々こねたら、ディルクたちはすごく困るんだろうな……)
きっと、大事なお姫様たちや王子様たちを守る為には、仕方ない事なんだ。
「いいっていいって、仕方ないよ! 断れないくらい、偉い人からの命令なんでしょ?」
私は、自分に言い聞かせるように、無理やり明るい声で続ける。
「なら逆らえるはず、ないもんね……お姫様や王子様の為だもん。私はほら、他のみんなに比べると、大したことない、名ばかりの姫だもん。たとえ囮にされたって、万が一の事が起こったって、文句言える立場じゃないもん……」
「ご自分の事を、そのように卑下してはいけません」
ディルクは怒った顔で、俯いた私の顔を覗き込む。
「あなたは王家の血を引く、正当な姫君です。大切に、大事にされて然るべき方なのです……そのことを決して忘れないでください」
私はディルクの迫力に押されて、無理やり首を縦に振るしかなかった。
「じゃ、じゃあさ、せめてこの状況を楽しむしかないね? せっかく城下町へ出掛けられるんだもの。思いっきり楽しもう!」
「まったく、あなたという人は……」
私の前向きな提案に、ディルクはようやく苦笑いを浮かべてくれた。
翌日。城下町は思ったより人が少なかった。
平日ってのもあるけど、天気があまり良くないからだろう。どんよりと曇った空は、なんだか今にも降り出しそうな予感。
「クラウスさんはどれにする?」
「そうだねえ、僕はやっぱりミートパイかな。甘いのもいいけど、ここはミートパイも格別なんだよね」
栗色の髪に甘い顔立ちのクラウスさんは、リーザちゃんの専属騎士さんだ。黒サッシュの次に権威のある紫サッシュで、ディルク同様エリート騎士のはずなのに、いつも軽口ばかり叩いてる。全く偉ぶったところもない、明るく気さくなお兄さんって感じ。
今日のお出かけは、リーザちゃんとクラウスさん、そしてディルクと私の四人連れだ。危険を伴う囮作戦だけど、リーザちゃんは一言「あら面白そう」と、意外にもけろりとしていて、肝が据わってて心強い。
私たちが訪れたのは、城下町でも有名なお菓子屋さんだった。店頭ではケーキやクッキーの他に、様々なお菓子が売られている。
特にパイの種類が豊富で、甘い系からおかず系まで色々並んでいて、どれにしようか迷うのも楽しい。
「ミントクリームも捨てがたいけど、ミートパイも食べてみたいなぁ」
「僕のを一口あげようか」
「え、いいの?」
つい素直に乗っかりそうになったが、ディルクが私を背に庇うようにして、クラウスさんの前に立ち塞がった。
「姫様には私の分を差し上げるので、お気づかいなく」
「おおコワッ……噂にたがわず真面目な男だなぁ。ハナちゃん、こんなおカタくて無愛想な騎士と一緒で、気詰まりしない?」
クラウスさんは私と話す時は、いつもこんな風に砕けた調子なんだけど、今日は隣を歩くディルクがピリピリしてて話しづらい。
(まるっきり対照的なタイプ同士、だからかなぁ)
弱ったね、とリーザちゃんに話しかけようとしたら、すでに店内の奥のテーブルでパイに齧りついていた……す、すばやい。私に輪をかけて甘いもの好きだからなぁ。
「……リーザ様、ちゃんと手は拭いた?」
あっと言う間に駆けつけるクラウスさんは、甲斐甲斐しくリーザちゃんの世話を焼き始めた。軽薄な人に見えて、案外世話焼きだ。
リーザちゃんは私より一個上のお姉さんだけど、こう見てるとなんか子供みたい。
「あーあ、口の周りがチョコクリームだらけにしちゃって」
クラウスさんはからかいながらも、ハンカチで丁寧にリーザちゃんの口を拭いてあげている。微笑ましい光景だなあ。
「……それで、姫様はミントクリームでよろしいのですか」
ディルクに声を掛けられるまで、私はぼんやりと二人の様子を眺めていた。
「ああゴメン、ぼーっとしてた。ミントクリームでいいよ」
「それから、姫様……」
「なに?」
ディルクは珍しく口ごもると、言いにくそうに切り出した。
「私と一緒だと気詰まりしますか」
「え……」
どうやら、先程クラウスさんの言ったことを気にしてるらしい。
「別に、そんなことないよ。それに、ディルクが一緒だと安心だもん」
「そう、ですか……」
ディルクはあまり腑に落ちてないようだった。己の性格は分かってる、といったところだろう。でも気詰まりがどうか、感じ方は人それぞれだ。
そりゃ私も最初は、彼の堅苦しさや生真面目なところに、まあ気詰まりしたけど……もう慣れてしまった。
堅苦しさは彼の誠実さが、生真面目さは彼の心配症なところが伝わってくる。きっと黒サッシュである事を差し引いて考えても、私には勿体無い騎士様だろう。




