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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第一部 春

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5. 城下町へ

 翌朝、ディルクが固い表情で私の部屋に現れた。

 ちょうど朝食中だった私は、ゆで卵をむく手を止め、顔色の冴えない騎士様に首を傾げる。


「おはよう……どうしたの、血相変えて」

「本日のご予定ですが、リーザ様と城下町へお出掛けください」

「えっ、いいの? 犯人つかまったんだね!」


 私は卵を握りしめたまま、小さくガッツポーズをした。やったあ、やっと外出できる!


「いえ、犯人はまだ捕まっておりません……そこで最終手段に打って出ることになりました」

「は? 最終手段?」


 ディルクは暗い表情で視線を落とす。


「これ以上時間を掛けるなと、上から圧力が掛かりました。その為、早急に犯人を捕まえる必要が出て参りました」

「うん……?」


 ディルクは一度言葉を切ると、苦しげに続けた。


「城下町へ行く話は、姫様を『#囮__おとり__#』にして、犯人を捕まえる計画の一部なのです」

「おとり? 私が?」

「はい……姫様で犯人をおびき寄せる、という事です。もちろん犯人に気づかれないよう、最大限に護衛を付けますし、私もお傍についております。しかしそれでも、非常に危険であることには変わりありません」

「そ、それは確かに、危険かも……」


 ようやく事態をのみこめた私は、一気に血の気が引く思いがした。


「こ、こわいようっ……!」


 ディルクは私の前で膝を折ると、勢いよく頭を下げた。


「申し訳ございません、私が至らぬばかりに……姫様を、このような危険にさらすことになってしまいました……」


 初めて見たエリート騎士様の項垂れる姿に、出そうになってきた涙も引っ込んでしまった。


(これで私が嫌だって駄々こねたら、ディルクたちはすごく困るんだろうな……)


 きっと、大事なお姫様たちや王子様たちを守る為には、仕方ない事なんだ。


「いいっていいって、仕方ないよ! 断れないくらい、偉い人からの命令なんでしょ?」


 私は、自分に言い聞かせるように、無理やり明るい声で続ける。


「なら逆らえるはず、ないもんね……お姫様や王子様の為だもん。私はほら、他のみんなに比べると、大したことない、名ばかりの姫だもん。たとえ囮にされたって、万が一の事が起こったって、文句言える立場じゃないもん……」

「ご自分の事を、そのように卑下してはいけません」


 ディルクは怒った顔で、俯いた私の顔を覗き込む。


「あなたは王家の血を引く、正当な姫君です。大切に、大事にされて然るべき方なのです……そのことを決して忘れないでください」


 私はディルクの迫力に押されて、無理やり首を縦に振るしかなかった。


「じゃ、じゃあさ、せめてこの状況を楽しむしかないね? せっかく城下町へ出掛けられるんだもの。思いっきり楽しもう!」

「まったく、あなたという人は……」


 私の前向きな提案に、ディルクはようやく苦笑いを浮かべてくれた。






 翌日。城下町は思ったより人が少なかった。

 平日ってのもあるけど、天気があまり良くないからだろう。どんよりと曇った空は、なんだか今にも降り出しそうな予感。


「クラウスさんはどれにする?」

「そうだねえ、僕はやっぱりミートパイかな。甘いのもいいけど、ここはミートパイも格別なんだよね」


 栗色の髪に甘い顔立ちのクラウスさんは、リーザちゃんの専属騎士さんだ。黒サッシュの次に権威のある紫サッシュで、ディルク同様エリート騎士のはずなのに、いつも軽口ばかり叩いてる。全く偉ぶったところもない、明るく気さくなお兄さんって感じ。


 今日のお出かけは、リーザちゃんとクラウスさん、そしてディルクと私の四人連れだ。危険を伴う囮作戦だけど、リーザちゃんは一言「あら面白そう」と、意外にもけろりとしていて、肝が据わってて心強い。


 私たちが訪れたのは、城下町でも有名なお菓子屋さんだった。店頭ではケーキやクッキーの他に、様々なお菓子が売られている。

 特にパイの種類が豊富で、甘い系からおかず系まで色々並んでいて、どれにしようか迷うのも楽しい。


「ミントクリームも捨てがたいけど、ミートパイも食べてみたいなぁ」

「僕のを一口あげようか」

「え、いいの?」


 つい素直に乗っかりそうになったが、ディルクが私を背に庇うようにして、クラウスさんの前に立ち塞がった。


「姫様には私の分を差し上げるので、お気づかいなく」

「おおコワッ……噂にたがわず真面目な男だなぁ。ハナちゃん、こんなおカタくて無愛想な騎士と一緒で、気詰まりしない?」


 クラウスさんは私と話す時は、いつもこんな風に砕けた調子なんだけど、今日は隣を歩くディルクがピリピリしてて話しづらい。


(まるっきり対照的なタイプ同士、だからかなぁ)


 弱ったね、とリーザちゃんに話しかけようとしたら、すでに店内の奥のテーブルでパイに齧りついていた……す、すばやい。私に輪をかけて甘いもの好きだからなぁ。


「……リーザ様、ちゃんと手は拭いた?」


 あっと言う間に駆けつけるクラウスさんは、甲斐甲斐しくリーザちゃんの世話を焼き始めた。軽薄な人に見えて、案外世話焼きだ。

 リーザちゃんは私より一個上のお姉さんだけど、こう見てるとなんか子供みたい。


「あーあ、口の周りがチョコクリームだらけにしちゃって」


 クラウスさんはからかいながらも、ハンカチで丁寧にリーザちゃんの口を拭いてあげている。微笑ましい光景だなあ。


「……それで、姫様はミントクリームでよろしいのですか」


 ディルクに声を掛けられるまで、私はぼんやりと二人の様子を眺めていた。


「ああゴメン、ぼーっとしてた。ミントクリームでいいよ」

「それから、姫様……」

「なに?」


 ディルクは珍しく口ごもると、言いにくそうに切り出した。


「私と一緒だと気詰まりしますか」

「え……」


 どうやら、先程クラウスさんの言ったことを気にしてるらしい。


「別に、そんなことないよ。それに、ディルクが一緒だと安心だもん」

「そう、ですか……」


 ディルクはあまり腑に落ちてないようだった。己の性格は分かってる、といったところだろう。でも気詰まりがどうか、感じ方は人それぞれだ。

 そりゃ私も最初は、彼の堅苦しさや生真面目なところに、まあ気詰まりしたけど……もう慣れてしまった。

 堅苦しさは彼の誠実さが、生真面目さは彼の心配症なところが伝わってくる。きっと黒サッシュである事を差し引いて考えても、私には勿体無い騎士様だろう。






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