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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第五部
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(10) 早着替え

 その夜、もう一度ディルクと明日の公務について打ち合わせをする事になった。

 普段は夕食前に届く『翌日の公務リスト』を確認し、事前に相談事がある場合のみディルクと打ち合わせするのだけど、今回はディルクの仕事が押した為、随分と遅くなってしまった。

 明日も早いので先にお風呂を済ませて寝支度を終えた私は、寝巻きにガウンを羽織った姿でディルクを出迎えた。

「……どしたの?」

「いえ、別に何でもありません」

 一瞬ディルクが目を見張って固まった気がしたけど気のせいだったかな。一年前の出会った頃に、寝巻きで打ち合わせしたら『はしたない』って怒られたことがあったけど、今夜はちゃんとナイトガウン着てるし、問題ないと思うんだけど。

 打ち合わせには当然ヨリも同席してもらう。彼女の協力無しでは、公務の遂行は絶対にできない。それ以上に、いつも精神的な支えになってくれる、とても頼もしい信頼置ける侍女さんだもの。

 背の低いコーヒーテーブルを囲むように三人でソファーに座ると、まずディルクが明日の流れについて説明を始めた。

「明日のご予定ですが、朝七時に出発し、馬車で二時間先にあるエルダ町の養護施設を九時に訪問。十時から十二時まで、町長夫妻の案内で町見学と昼食会。その後一旦、王宮に戻りお着替えされた後、オーグレーン伯爵夫人の慈善事業の茶会に参加。以上です」

 全部終わらせた後は、どう考えても日暮れになってしまう。夕方はオディロン王子とアーベル王子を夕食会に招かなくてはならない……そう、今度は私が招く側になるのだ。これはスキップできそうにない。

 ――となると、何とか公務の合間に時間を作るしかないかな……なんとか養豚場のおじさんに会いたい。

 うちの国の豚肉は間違いなくおいしい。是非これをエスタルロードにプロモーションしたい。もし取引成立すれば、アーベル王子の功績って事になるんじゃないかな。そうだといいなって思ったんだ。

 あまりに突飛なアイデアだから、最初ディルクに話した時は反対されると思ったけど、意外にアッサリ協力してくれる事になった。出来そうな事は、思いつく限り試してみた方がいいと思ってくれたのだろうか。

 ――アーベル王子が帰国するまで、明日を入れて後三日しかない。

 幸い子豚の品評会が開かれた養豚場は、城下町の南端から馬車でほんの10分程度の距離にある。全国屈指の養豚農家が集まる場所なんで、エスタルロードと取引出来そうな特産品の相談に乗ってもらいたい。

「エルダの町長夫妻とお昼ご飯の後に、なんとか時間作れないかなあ。一度王宮へ戻る時間がもったいない……お茶会は、着替えないでそのままの恰好で出席しちゃ駄目?」

 するとヨリが駄目です、とキッパリ首を横に振った。

「朝の訪問着は、どう見てもお茶会向けのドレスから程遠いですわ。ご準備を怠れば、伯爵夫人が軽んじられたと受け取られかねませんし、下手したら王家に不興を買っているのではと、夫人も周囲も疑われますわ」

 着替えをしないだけで、そんな大ごとに発展するの!?

「それはマズイね……分かった、ちゃんと着替えはするよ。でも王宮に戻らずに、何とか着替える方法があるといいけど」

 なにかアイデアは無いかと、腕組みする騎士様に視線を移す。

「……まさか馬車で着替える、などと仰られないでしょうね」

「いいね、それ」

 ディルクの提案に、パッと顔を上げた。さすがだ、騎士様!

 でも発言した当の本人は、渋面で首を振った。

「冗談です。せめて途中の離宮にお立ち寄りになって、そちらでお支度を整えていただけば多少はお時間を短縮出来ます」

 一番近くの離宮って、帰り道からちょっと、いやだいぶ外れてる。たしかに王宮に戻るよりマシだけど、やっぱり時間がもったいない。

「ヨリ、馬車の中でも着替えられそうなドレスってない?」

「そうですねぇ……」

「姫様、ヨリも冗談でしょう!?」

 ディルクがいつなく焦ってる。何故だ。

「そうだ、いい考えがありますわ」

 ヨリが何か思いついたらしく、両手を合わせて微笑んだ。やっぱり持つべきものは、頼りになる侍女さんだね!






 翌日の朝は、とても良い天気だった。

 ――よかった、これで馬車が遅れることなく走ってくれる。

 予定通り朝五時半(相変わらず早い!)に起きて、着替えと朝食を済ませ、七時には馬車に乗って王宮を出発した。

「姫様、移動中は眠っていても良いのですよ」

 向かいに座るディルクにそう言われたけど、今日の計画を考えると目がさえちゃって、とても眠れそうにない。私の席のすぐ横には、着替えのアイテムと化粧道具が積まれてる。ちなみに今着ている衣装は、ふんわりとした長めのバルーンスカートのワンピース。生地は落ち着いたモスグリーンの優しい色合いで、ウエストに切り返しが無くストンと落ちるシルエットだ。ヘッドドレスには同色の、細目のリボンのカチューシャを着けている。

 ――早着替え、うまくいきますように……!

 そう祈ってるうちに、やはり寝落ちたようだ。コンラードさんの時はそんな事なかったのに、ディルクと一緒だとつい気が緩む。エルダに到着して揺り起こされた時そう言ったら、ディルクはどうしてか照れたように微笑んだ。

 町に到着すると、町長夫妻が出迎えてくれた。奥さんの方が背が高く強そうで、何度か町長さんを叱ってたけれど、お二人ともとても仲良さそう。

 養護施設はとても清潔感があって、住んでいる人たちも満足してるようだった。みんなで歌って、訪問を歓迎してくれて、とてもとても嬉しかった。そう告げたら、町長の奥さんが少し泣いた。だから私もうっかりもらい泣きしそうになり、でも今回は化粧直しを自分でやらなきゃいけない事を思い出して、急いでハンカチで押さえた。ふう、危なかった。

 その後は、町案内をしてもらい、可愛い民芸品をいくつか購入した。昼食は町長夫妻の屋敷に招かれ、夫人の手料理を振舞ってもらった。とても心温まるおもてなしに、本当に感動した。最後に手作りのクッキーも持たせてくれた。これはお茶の時に大事にいただこうっと。楽しみ。

 こうしてエルダの町を後にし、馬車で小一時間ほど走った頃だろうか。

 ちょうど林の近くを通りかかったので、ここらで馬車を止めて、さっそく着替えを行うことにした。

 ――さて、と。さっそく脱ぎますか……!

 ディルクには外に出ててもらい、車窓に掛けられた遮光性カーテンをしっかりと閉めた。ランプの光を頼りに、すばやく大胆にスカートをベロリと剥くと……中から、淡いブルーのワンビースがのぞいた……これぞヨリの提案、ドレスの二枚重ねだ。

 一枚目のドレスは、体の線に沿ったシンプルなワンピース。日中のお茶会なので、スカート丈は膝と(くるぶし)の間くらいでも大丈夫らしい。そしてその上に、二枚目のモスグリーンの長めのバルーンスカートを着ることで、一枚目のワンピースをすっぽりと隠してしまう。

 ――えーと、まずは左横にある留め金を外して、頭から脱ぐでしょ。それからもってきたパニエを履いて、ブルーのワンピ―スのスカートを膨らませばいいんだよね。

 さっそく留め金に取り掛かる。びっしりと十個ぐらいついていて、結構手間取ったけど、なんとか全部外し終えた。それからスカートをたくし上げ、ソロソロと頭からモスグリーンのワンビースを脱いだ。ふんわり大きめな上、ウエストを絞ってないタイプなので脱ぎやすい点もポイントだ。

 ――えっ……!?

 しまった。脱いだワンピースの留め金が、ブルーのワンビースに引っかかっちゃった。しかも、なんかブツッて糸が切れるような音しなかった……?

 ――ど、ど、どうしよう。

 ランプを近づけてよく見たいけど、それだと両手使えないし……仕方ない。

「ディルク……そこにいる?」

「はい」

 外に向かってそっと囁くと、扉一枚隔てた向こうから返事があった。

「ごめん、悪いけど、ちょっと手伝ってくれないかな……」

「それはできかねます。ご自身でなんとかしてください」

 即座に断られてしまう。ううっ、予想通りの反応だわ……。

「違うんだって、緊急事態なんだよっ……お願いだから」

 扉をそっと開くと、向こうからぎょっとした顔をした騎士様が振り返った。

「何してるんですかっ、早く扉を閉めてください!」

「だ、だ、だって……助けて」

 するとディルクは眉根を寄せ、すばやく馬車に身を滑り込ませて扉を閉めた。どうせ田舎道で、御者の人は御者台から動かないで待ってるし、誰も見てないからそこまで慌てなくてもいいのに。

 馬車の中はランプの明かりに照らされ、淡いオレンジ色の薄闇に包まれていた。窓もすべて閉め切っている為、人が一人増えただけで中の温度がぐっと高まった気がする。

「……それで、何があったのです?」

「と、留め金が引っかかっちゃって……」

 消え入りそうな私の声に、ディルクは後ろの台座からランプを取り上げると、私の手元を照らしてくれた。なるほど、留め金がウエストの切り返しの部分に引っかかってる。私はできるだけそうっと絡まった糸を留め金から外した。

「あっ……」

 生地は破けてないみたいだけど、ちょうど正面のおへその上にある縫い目がほつれかかっていて、わずかに下着が覗いている……。

「ディ……」

「言わなくても、見れば分かります」

 私の言葉に被さる感じでディルクは肯定すると、おもむろに自分の腰に手をやって黒いサッシュベルトを外してしまった。

「これを着けてください」

「えっ……で、でも」

 拒否する隙を与えず、騎士様は己の大事な黒サッシュを私のウエストにさっと巻き付けてしまった。

「リボン結びにすれば、飾りに見えなくもないでしょう」

 ディルクに抱きかかえられるようにして、ウエストの後ろ側に回したサッシュベルトをリボン結びにされる。たぶん慣れてないのだろう、なかなか手間取っているようで、手を貸したいけれど、私も自分でやるとどうしてかすべて縦結びになっちゃうから、騎士様の腕に頼るしかない。

 ――わわわ、息が首に掛かる……髪がくすぐったいよう。

 なんとかリボン結びが出来上がると、ディルクは用は済んだとばかり、入った時と同様すばやく馬車の外に滑り出てしまった。

「あ、ありがと……」

 扉の向こうに声を掛けると、小さく掠れた声音で「どういたしまして」と聞こえた。






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