(9) 第二回作戦会議
「ハナちゃん、あの男に迫られたってホント!?」
まるで恋愛話好きな若い娘さんの発言だが、オディロン王子は至って真面目な表情だ。
短い遠乗り兼ピクニックを終え、城に戻ってきた私とディルクは、午後の会議前にオディロン王子の私室に呼び出されて、事情聴取を受けてる真っ最中だ。
ソファーに向かい合って座るのは、この部屋の主人であるオディロン王子だ。そして、もちろんディルクとコンラードさんも同席している。
オディロン王子は、手にした珈琲カップを口に運びながらぼやいた。
「まさか、あんなに手が早いとは思わなかった。困ったな」
「オディロン様が姫様の話ばかりして、煽ったからですよ」
ディルクは冷ややかな口調で責める。
「プライド高い奴の事だから、正攻法でまず僕に話があると思ってたんだ……まさかそんな情熱的な一面があったとはね」
もしアーベル王子が『おたくの妹姫と結婚したい』とオディロン王子に話して、オディロン王子が『いいよ』と言ったら、断れないところだった……危なかった。いや、まだその可能性あるし!
私の懸念を察したかのように、オディロン王子は軽い調子で笑った。
「やだなあ、そんな簡単に承諾するわけないだろう? 仮にも王族の婚姻なんだから、事は二国間だけに留まらないデリケートな問題になる。それに僕にとって、君は大切な妹姫だよ?」
オディロン王子の台詞は『僕にとって大切な駒だよ?』とも聞こえた……油断ならない。
「あ、もちろんハナちゃんが、奴のところへお嫁に行きたいって言うなら、それでも構わないけど?」
「絶対イヤ」
即答だね、とオディロン王子は盛大に吹き出した。どうやらまた、笑いのスイッチが入ってしまったようだ。この人絶対に、私が断ると知ってて聞いたな。
ようやく笑いが落ち着いた頃、オディロン王子はアーベル王子の事情について説明してくれた。
アーベル第三王子は、兄弟の中で一人だけ側室の子だそうだ。正室を母に持つ兄王子たちとの関係は良好らしいが、周囲からは何かと差別されてきたという。
「そんなわけで、実力で周りから認めてもらいたい欲求が強く、三人の王子の中では誰よりも野心家だ。また、確かな後ろ盾も欲してるから、うちのような大国の姫を妃に迎えたがってる。でもね、姫なら誰でもいいってわけじゃなく、後ろ盾があって利用価値のある、やんごとなき姫君がお好みだそうだ。ま、よくある話だよ」
なるほど……それで仲良し兄妹アピールの理由が分かった。つまり私は竿にぶら下げた人参みたいなものだったんだ。
元々レオノーラ姫の公務とした理由は、正妃様の娘なので王女様として申し分無い身分だし、何より王妃様のご実家である羽振り良い侯爵家の後ろ盾もあったから。
だけど私が代理になっちゃったから、あたかも第二王子が私の後ろ盾っぽく見せかけて、無理矢理付加価値つけようとしたワケか。
「それで、やっぱり私はアーベル王子の元へお嫁に行かなくちゃならないんでしょうか?」
「まあ交渉に一役買ってもらった暁には、それもいいなと思ったけど……気が変わった」
オディロン王子は頭の後ろで腕組みをすると、楽しそうに私を見つめた。
「君のことを誤解してたよ。一国の王子に嫁げるチャンスがあれば、喜んで話に乗るかと思った。王宮での君に関する良い噂も、すべては野心の裏返しなんじゃないかともね。でも君の事を知れば知るほど、簡単に渡したくなくなった……これは計画を変更せざるを得ないな」
よく分からないけど……なんか予定を狂わせたらしい。
「お役に立てなかったみたいで、なんか、すいません」
「計画に変更はつきものだよ?」
だから気にしないでいいよ、と朗らかに笑う。
「そういやレオノーラ姫はどうなんですか? アーベル王子のお嫁さんになる件について、興味あるんでしょうか?」
そもそもレオノーラ姫の公務だったわけだし、初めから先方からプロポーズされる可能性がある事を知ってたんじゃないか?
すると案の定、オディロン王子はさも当然と言ったように頷く。なんで私には最初から話してくれなかったのか……って、そんな事したら、私が代理を断ると思ったんだろうなあ。まあ人選ミスだよね、これ……他に姫がいなかったとしても。
「まあレオノーラも、悪い気はしてなかったみたいだよ。相手は側室の子とはいえ、羽振りも良いし、おまけに若くてイケメンだし? でも牡蠣に当たった時点でアウトだね。魚貝類に耐性がない姫を、エスタルロードが歓迎するわけない」
耐性って……あたっちゃったんだから、仕方ないのでは。
「あのう……」
「ん?」
「私アレルギーは無いんですが……貝類、全くダメなんですけど」
「えっ?」
「魚類は好きなんですが」
するとまたしても、オディロン王子の笑いスイッチがオンになった。
「それじゃ、ますますお嫁に出すわけにはいかないね!」
部屋に戻ると、ヨリが笑顔で出迎えてくれた。
「遠乗りは楽しかったですか?」
「うん……まあまあ、かな」
ごめんヨリ、アーベル王子にプロポーズ(だよね、一応?)された事は、オディロン王子に口外しちゃ駄目って言われたから、話せないんだよ……。
「そんな暗い顔されて……仕方ないですわ、ご公務ですもの」
「えっ、えっ!? な、何が!?」
隠し事してるせいか、つい挙動不審になってしまう。
「本当は、お一人で馬に乗られたかったのでしょう?」
「そっ……そんなに、分かりやすかった?」
「ええ、もちろんですわ」
ヨリはお茶の支度をしてくると言って、部屋を下がった。扉が閉まるのを待って、私は隣のディルクを見上げる。
「分かりやすいかな?」
「……そうですね、姫様は隠し事が苦手なようですから」
もう一度、閉まった扉を見つめる。ヨリはきっと、私が隠し事してるのを分かってて、でも私が困るだろうと思って、わざと知らないふりをしてくれたのだろう。
ディルクを奥の寝室へ入るよう促すと、念のため鍵を閉めた。
「ディルク」
「はい」
私はベッドの端に座り込んで腕組みをした。
「オディロン王子の『計画』って何だろう? もしかして私、変なことに巻き込まれてる?」
「ええ。オディロン様は、姫様を交渉の切り札とまではいかなくても、手駒のひとつに数えられてます。私の方でも、出来る限りオディロン様の思惑を阻止すべく動いているのですが、なかなか手強いですね」
困ったなあ……せっかく引き受けた公務だし、問題があれば出来る限り円満に解決したい。
「アーベル王子は輸送船を売り込む為、うちの国に来たんだよね? それでうちはその船をなるべく安く買いたいわけだ。うちの王族の中から、誰かお嫁に出すことを条件に、値段交渉してたんでしょ」
でもレオノーラ姫は牡蠣にあたって候補から外れ、私はオディロン王子の独断?でやはり候補から外れた……三人目の候補になるとすれば、どの姫になるんだろう?
「お嫁さんはさておき、なにか手土産を持たせたら、アーベル王子も納得いくかな」
「手土産とは?」
「んー、なにかうちの国の特産品とか?」
その時ちょうどノックの音がしたので、扉を開けるとヨリが立っていた。
「姫様、あちらにお茶のご用意が整いましたわ」
「あ、はーい……」
話を一時中断し、ティーテーブルに着く。お昼をあまり食べてないと、ディルクから報告を受けていたのだろうか。おいしそうなサンドウィッチがお皿に盛られてた。
――アーベル王子の一件で、ピクニックでは、すっかり食べる気無くしてたからなあ。
席に着くと、さっそくサンドウィッチを頬張る。うん、生ハムおいしい……。
「……これだ」
「えっ」
横で控えるように立つディルクを振り仰いだ。
「ねえ、明日の公務の合間に、昨日公務で行った養豚場に連れてってもらえないかな?」