(6) 晩餐会
作戦会議の後、ディルクは明日の日程調整の打ち合わせに、コンラードさんは晩餐会の警備担当者と話があるそうで騎士の詰所に向かう為、部屋を退出した。
残された私とヨリは、晩餐会まで部屋で待機することになっている。
「さ、殿方たちがいないうちに、ゆっくりお風呂に浸かって疲れを癒しましょうね。新しい入浴剤をご用意させていただきましたわ」
ヨリの勧めで、ハーブの香りがする入浴剤を入れたバスタブに浸かる。ふう、生き返る……いい香りだなあ。
「こちらは保湿成分入りですので、この後は特にクリームや香油を使わずに済みますわ。それにハーブの香りがお肌を包むので、香水を振りかけなくても大丈夫ですのよ」
えっ、それは助かる。いろんな香水試してみたけど、どうも苦手なんだよね。あとお風呂上がりのクリームや香油も、全身に塗ってもらうのに手間も時間もかかるから、常々大変だなあと思ってんだよ。
「時間の節約にもなるねぇ」
「他の姫様ならば、むしろお支度には時間を掛けて、ゆっくり楽しまれるところですけどね……」
「そういやリーザちゃんも、びっくりするくらいクリームとか香油持ってたなあ。以前クラウスさんが、しょっちゅう城下町まで買い物に付き合わされるってぼやいてたよ」
クラウスさんはリーザちゃんの専属騎士様で、話しやすくて少しこう、軽いノリのお兄さんって感じの人だ。
お兄さんといえば、オディロン王子にはコンラードさんの他に、四人も専属騎士がいるって言ってたっけ。第二王子様だし、難しくて大変そうなお仕事してるし、きっとたくさんの騎士様が必要なんだろう。
――コンラードさんが私に付いてて、オディロン王子は困ったりしないのかな。
うちも人手が足りないけど……コンラードさんがいて、すっごく助かるけど。オディロン王子はコンラードさんがいなくて、今頃後悔してないかな。
「オディロン王子は大丈夫かなあ。私がコンラードさんに頼り過ぎると、やっぱマズイよね?」
「でもオディロン様は姫様を心配されて、一時的であれコンラード様を姫様付きの騎士に任命されたのでしょう? それにオディロン様は、元々は専属騎士がお一人だけの時期が長かったそうですし、むしろ今は多いくらいではないでしょうか」
えっ、そうなの?
「つまり……今は五人いないとマズイくらい、オディロン王子のお仕事が忙しくなっちゃったのかな」
次の休みに(そもそも休みってあるの?)誰か(私だ!)にパフェをご馳走してる暇なんて、あるのだろうか(いや無い)……それともあのお誘いは、社交辞令だったのかなあ。城下町のどこにあるパーラーだろう。大きいパフェって、どのくらい大きいのかな。食べてみたい気がする……。
「いやいやいや、パフェは横に置いといて」
「パフェ?」
「うん、後で話すよ……晩餐会まで、あと何分?」
「四十分程でしょうか。コルセットは特別仕様のワンピース型ですので、簡単に装着できますから、お時間それほど掛かりませんわ。でも、そろそろドレスをご用意しますわね」
バスタブから上がると髪を急いで乾かして、ヨリにお化粧をしてもらう。昼間よりやや濃い目のメイクなので、着替える時にドレスにつかないよう気をつけないと。
「ところで晩餐会のエスコートは、ディルクとコンラードさんどっちなんだろう」
「どちらも素敵ですけど、そのお役目をディルク様が誰かに譲るとは思えませんわ」
そりゃ晩餐会みたいな大きな催しで、専属騎士が主人に付き添わない事は、到底有り得ないって以前ディルクも言ってたな。騎士の矜持に関わる云々(うんぬん)と、なんか難しい言葉使ってたな。
コンラードさんの為にも、ディルクにエスコートして欲しい。でもディルクばかりに負担は掛けたくない。難しい……。
それをヨリに話すと、私を安心させる為だろう、鏡の中から優しく笑いかけながら両肩をポンポンと叩いてくれた。
「あまりご心配なさらなくても、きっと大丈夫ですよ。お二人とも優秀な騎士ですから、ね?」
「うん……そういえばオディロン王子は、四人の専属騎士を連れて晩餐会に来るのかなあ?」
「専属騎士を複数お持ちになる場合、代表者を決めておくそうですわ。たしかオディロン第二王子の代表専属騎士は、先月までコンラード様だった記憶がございます」
「先月まで?」
「ええ、今月から新しい専属騎士が代表者になったそうですわ。王宮勤務日報で辞令が出てたのを拝見したので間違いございませんわ。ですからコンラード様はこれまでよりも、オディロン王子に付き添う機会が減ることになりますわね」
じゃあますますコンラードさんの、専属騎士としての貴重な時間を、私が奪ってるってことになるよね?
――どうしよう。一度オディロン王子と話した方がいいのかなあ?
主人の命令だから、コンラードさんからは断れないだろうし……でも私から断ったら、どんなに落ち度があったわけじゃないって説明しても、オディロン王子からしたら、私がコンラードさんを庇ってる風に取られかねないし。
すごく、悩むよう……。
ヨリの協力を得て、時間通りに晩餐会の身支度が整った。ミントグリーンのイブニングドレスは、ウエストを大きなリボンで絞ってあり、肩の線まで大きく開いた首回りには、細かいパールを細い糸で繋ぎ合わせたネックレスで飾ってある。大人っぽ過ぎず、可愛すぎず、ちょうどいい感じ。手には白いレースで出来た、肘上までの長い手袋をした。
一方エスコート役のディルクは、濃紺のスッキリした上下に、首にはスカーフのような淡いミントグリーンのクラバットを巻いている……その色は疑いようもなく、私のドレスに合わせたんだろうなあ。なんか気恥ずかしくって、まともに見れそうにない。
「私がエスコートさせていただきますが、途中どうしても離れなくてはならない用事があるので、申し訳ありませんが、その間だけコンラード殿に姫様の付き添いをしていただきます」
「あ、うん。気にしないでいいよ」
「……」
何も言わなくても、その視線は明らかに『私は気にしてる』っていうね。分かってるよ……矜持だっけ? 色々とデリケートな部分だよね……大体にして、ディルクにしてみれば、コンラードさんが臨時の専属騎士になるなんて、降って湧いたような話だったわけよ。何も言わないけれど、例の矜持ってやつに関わってくるかもしれない。
「あのさ、コンラードさんの事だけど、臨時の専属騎士だなんて、相談もせずに勝手に決めちゃってごめん」
「……オディロン王子のご提案ならば仕方ないでしょう」
それでも、ごめんって言いたい。
「それに本当は、なるべくディルクに付き添ってもらいたいんだ」
「……姫様……」
「だって、コンラードさんも、できる事ならオディロン王子に付いていたいと思うんだ」
「……姫様……」
あれっ、なんか最初の『姫様』と比べて若干、声のトーンが低い? 隣を見上げると、少し困った様子の騎士様と視線が合った。
「分かっていても、ちょっと焼けますね」
「えっ?」
「いいのですよ、あなたはそのまま……分からないままで。私が勝手に勘違いして、最終的に振り回されるだけです。でもそれも、近頃は悪くないと思っているので、これでいいのです」
なんだか意味がまったく分からん。でもディルクがそれでいいと言ってるなら、私はそうか、と言うしかないだろう。
――せめて自分の騎士様の気持ちくらい、ちゃんと汲めるようになりたいなあ。
そんなこと考えているうちに、晩餐会の会場である広間に到着した。晩餐会というか、これ舞踏会だよなあ。立食形式だし、ビュッフェスタイルだし。
「あ、エスタルロードの料理もあるんだね」
料理のテーブルを覗き込むと、うちの国の料理と、エスタルロード料理と、両方並んでいて、各々の料理の前には料理名とともに国旗のマークがついている。
「先に国王陛下と来賓客にご挨拶してからですよ」
「はーい……」
お腹空いたけど、我慢我慢。どうかあの美味しそうな魚料理とか、四角くて分厚いケーキとか、残ってますように……!