(5) 昼食会
メインダイニングの手前で、ディルクの腕に抱えられていた私は、ようやく床に降ろしてもらった。こっちは走ってなくても顔が熱いっていうのに、走ってきた方は至って平然としてるから面白くない。しかも騎士様の手ずから私のドレスの皺をのばし、手袋の指で髪型も整えられた。
「笑顔をお忘れなく。ご同席されるオディロン王子とは、親しげに振舞ってください」
「分かった」
ここでなんで?と聞いても、説明してる時間が無くて困らせるだろうから、とりあえず言う通りにしよう。
豪華に飾り付けられた部屋に入ると、先に到着していたアーベル王子とオディロン王子がソファーから同時に立ち上がった。
「お待たせして申し訳ございません」
「いや気にするな。俺たちもついさっき来たところだ。ちょうどオディロン王子と挨拶できたしな」
アーベル王子は相変わらず、陽気な性格そのものといった調子でディルクの肩を叩くと、隣の私を見下ろした。
「やあ姫、可愛らしいドレスだな」
「ありがとうございます」
取ってつけたように言われた。いやもう、私のことは眼中にないな。早速ディルクとあれこれ話し始めてるし。
四人揃ったところで、奥の部屋に設えたダイニングテーブルへと向かう。アーベル王子とディルクが話している後ろをついていくと、隣のオディロン王子が親しげに話し掛けてきた。
「ハナちゃんは兄様の隣においで。何が食べたい? デザートもたくさん用意してあるからね」
「あ、はいオディ……兄様」
危なかった、もう少しでオディロン王子とよそよそしく?呼ぶとこだったわ。さっきディルクに『仲良し兄妹』アピールするよう言われたし、朝のオディロン王子も初対面なのに、やたら親しげに話しかけてきたし、なんか仲良く振る舞わなきゃならない理由があるんだろうなあ。
「さっきコンラードとすれ違ったよ。随分と男前にしてくれちゃったけど、ハナちゃん一体何したの?」
「えっ、コンラードさんは、もともと男前ですよ?」
するとオディロン王子は何にツボったのか分からないけど、笑いを噛み殺しながら違う違うと手を振った。
「公務の帰りに、二人で泥遊びでもしてきたのかと思ってね」
あ……ああ、あれか。
「あれは子豚を捕まえようとして、ぬかるみに滑り込んだからです。まず一位のトンカツが柵に体当たりして、逃げ出したんです。それで二位以降のカツレツたちも興奮して、トンカツが壊した柵を突き破って……後は会場中の皆総出で、子豚捕まえ競争みたくなっちゃって」
「ちょっと待った、トンカツ? カツレツ?」
「子豚の名前です。最後抱っこさせてもらったけど、どちらも可愛いかった……ん?」
何でみんなこっち見てるの? 給仕の人やメイドさんたちまで……。
「ふっ、あっはっは……あーうちの妹、超カワイイ!」
オディロン王子にぎゅうぎゅう抱きしめられた。く、苦しい、過剰な仲良しアピールに、目が回りそうだよ。
「オディロン王子、姫様が苦しまれてるので、離していただけますか」
「わ、ごめんハナちゃん、つい」
冷静なディルクのツッコミで、拘束の腕が緩んだ……助かった。
「ハナちゃん、今度は兄様とも遊ぼうね」
「遊んでいたわけじゃなくて、公務だったはずなんですが」
でも、言われてみると子豚と遊んできた感も拭えない。いや、公務だったけど。
「じゃあ次のお休みに、兄様とデートしよう。城下町のパーラーで、大きなパフェを食べさせてあげる」
私は曖昧に笑いつつ、四角いテーブルに着いた。すると当然のように、隣にオディロン王子が座り、料理を取ってくれたり、ジュースをグラスに注いでくれたりと、あれこれ世話を焼く……なんだろう、このむず痒さは。
助けを求めて向かいのディルクをチラ見したら、まるで微笑ましい光景を見る表情でこちらを眺めるだけだ。いや、そうじゃなくって、助けて欲しいんだってば。
「ほらハナちゃん、この生ハムとってもおいしいから食べてごらん。兄様がサンドウィッチ作ってあげるから、半分こにしよっか?」
いやもう、お腹いっぱいだから、勘弁して―――!
こうなったら無理やり話題を変えようと、テーブルにある生ハムのスライスを指差した。
「あのう、これ、今日の公務のお土産なんです」
「え、そうなの?」
「子豚捕まえてくれたお礼にって、養豚場のおじさんからいただきました」
オディロン王子は再びツボったらしく、体を折り曲げて笑ってる。そのうち笑いすぎで窒息しないか心配だ……笑い上戸なのかな?
「いやあ、ハナちゃんのお陰で、おいしいハムのご相伴にあずかったよ」
「実際この生ハムはいい味ですね」
「ああ、俺もそう思うぞ。姫に感謝だな!」
みんな……喜んでくれてよかった。聞いて欲しい事がある……この豚さんの生い立ちの秘密を。私は意気揚々とテーブルに身を乗り出した。
「なんとこの豚さんは、生前ドングリしか食べなかったそうです。しかも山にある、自生のドングリの木のものだけ! だからお肉が特別おいしくなるんだって、養豚場のおじさんが言ってました」
おじさんの言ってた通りだ。なんたって、口の肥えた王子様たちも騎士様も大絶賛だもん。
おじさんの気持ちを代弁したつもりなってすっかり鼻高々になってたら、初めてアーベル王子が話題に食いついてきた。
「こちらの国は畜産も盛んなのだな。エスタルロードは島国で漁業が盛んだが、食用肉は専ら輸入に頼ってる。このようにうまいハムならば、是非とも取引させていただきところだ」
「では後程、こちらの生ハムの養豚場をお調べしておきます」
ディルクがさっそく気を利かせるけど、それって養豚場的にどうかなあ。
「あのう、その養豚場のおじさんって評判の頑固者だそうで、絶対に量産販売しないって言ってました。小規模な家族経営のお陰で、特別な飼育が可能なんだそうです」
だからうちの生ハムは特別うまいんだって、おじさん誇らしげに言ってた。改めてフォークをのばし、生ハムの切り身を口に運んだ。塩加減が絶妙で、口の中で蕩けそう。
昼食会前の時間が無い中だけど厨房に寄って、料理長にお願いしといてよかった。そのせいで支度の時間が削られてヨリには迷惑かけちゃったから、後でこの生ハムで作ったサンドウィッチを差し入れしよう。
「なるほど、姫は不思議な方だな」
その言葉に顔を上げると、目が合ったアーベル王子が破顔する。
「皆を笑顔にする」
笑顔というか、オディロン王子には笑われたという方が正しい。あれホント、笑いすぎだから。
昼食会の後は予定通り、鉱山の見学について行った。
今回はディルクの付き添いで馬車に乗ったけど、朝も早かった上に昼食べ過ぎて睡魔に勝てず、ぐっすり眠ってしまった。目が覚めた時、ディルクのマントが掛けられていた。その気遣いがうれしくて、ちょっとじんときた。
鉱山では現場責任者の案内で、アーベル王子とディルクがトロッコで内部の採掘現場へと向かう中、私は「危ないから」という理由で、外の仮設事務所で待たされた。せめて鉱山の外側を見学したかったのに、付き添いの事務員に青い顔で「何かあれば俺たちの首が飛ぶからヤメテ」と懇願され、仕方なく屋内にこもっていた。
事務所内は涼しくて快適で、コンラードさんが調達してくれたフレッシュジュースも美味しかった。でも失礼承知で言うと、ものすごく退屈だった……私もトロッコ乗りたかった。
そんなこんなで本日の予定されていた公務は無事に終わり、残すところアーベル王子の歓迎を込めた晩餐会のみとなった。
また馬車で爆睡しながらお城に帰ると、自分の部屋に戻って作戦会議を開くことにした。鉱山の事務所で、ずっと考えていたんだ……!
「では第一回『公務をこなそう大作戦会議』を開きたいと思います」
カウチに座り、正面に並んで立つ面々と改めて対峙する。
まず私の専属侍女で城に勤めて三年になるヨリ。私の衣装を軽量型にする等工夫を凝らしたり身の回りの世話したりと、日常生活全般をサポートしてくれる。
次に私の専属騎士ディルク。騎士のランクでは最高の黒サッシュで、私の公務全般の管理をはじめ、外出先での護衛を務めてくれる。時には王族としての役割や責務について進言し、必要に応じて教師や応援を手配してくれる。
最後にオディロン王子の専属騎士コンラードさん。ディルク同様黒サッシュの騎士様で、今回に限り臨時の専属騎士として、私に付き添うディルクの補助的な役割を担う。
「この忙しい五日間をなんとか無事乗り越える為には、やっぱチームプレイが大切だと思ったんだ。皆さん、協力よろしくお願いします」
みんなウンウンと頷いてくれる。よし、心はひとつだ(と思う)
それに公務が終わった暁には、楽しい夏休みが待っている(ゴメン私だけ)……この休み中は、みんなへのお礼の品を用意しよう、うん。それで皆でお祝いするんだ。
その為にも皆の協力の元、絶対に今回の公務をつつがなく完遂するんだ。
「ヨリは公務の予定に合わせて、事前に衣装と食事を用意して、いつでも支度に入れるよう待機しててくれる?」
「もちろんですわ」
「ディルクはコンラードさんと協力して、どっちが私の公務に付き添うのか、事前に決めておいて欲しい。もし二人とも付き添いが難しい場合は、誰か代理の人を寄越してくれるかな。出来れば私の顔見知りの騎士か兵士が助かるんだけど……」
「騎士が二人もいて、他の人間を姫様に付き添わせるはずありません」
「ディルク殿の申す通りですよ、お姫様。誓ってご不便をお掛けしませんので、どうかご安心ください」
ディルクが呆れた顔で反論すると、コンラードさんもそれに加勢する。二人の迫力にたじろぐ……気分を害したかなあ。
「いやでもさ、万が一って事もあるから……信用してない訳じゃないよ? ただ無理はして欲しくないだけだって」
特にディルクは無理しそうだ。私の前では弱音とか吐きそうにないし、陰でこっそり?倒れてそうで心配だよホント。