4. 外出禁止
それから一週間ほど、私は部屋に籠っていた。
外へ出たくなかったのもあるけど、なにしろディルクが部屋から出してくれなかったのだ。
そろそろ部屋にいるのが辛くなってきた頃、ディルクが報告書を手に訪ねてきた。
「犯人の目星がつきました」
「ホント!? よかった~、これで外へ出られるね!」
私は寝そべっていた長椅子から飛び起きると、嬉々として外出用のブーツに履きかえようとしたのに……ディルクに止められた。
「外出はまだダメです」
「え、どうして? 犯人つかまったんでしょ?」
「目星がついた、と申し上げただけです。犯人はまだ捕まっておりません」
そうか、早とちりしてしまった……。
「犯人が分かっているのに、どうして捕まえないの?」
「まだ証拠が揃ってないからです」
「そんなあ」
「とにかく、まだ外出は控えてください」
落胆する私に対し、ディルクはキッパリと外出禁止令の続行を突きつけた。
「出かけられないなら、リーザちゃんに遊びにきてもらってもいい?」
「仕方ないですね……ではリーザ様の騎士には、続き部屋の【控えの間】で待機していただきます」
「えっ、宮殿内なのに、リーザちゃんも騎士の付き添いが必要なの?」
今まで私の部屋へ遊びにくる時は、騎士なんか連れてきたことなんてなかったのに。
「姫様の一件から、より一層の警戒態勢が敷かれ、特に王族の方々は、宮殿内の移動にも騎士を帯同することが義務付けられております」
私があんな目に合ったせいで、いろんな人たちに迷惑掛けてるんだ……。
「姫様のせいではありませんよ」
私の心を読んだように、ディルクが優しい声音でそう言ってくれた。でもやっぱり私の一件が原因だから、責任感じる……。
その日の午後、リーザちゃんが遊びに来てくれた。二人でゲーム盤を囲みながら、話題は例の犯人についてもちきりだった。
「それにしても、犯人はどうしてハナちゃんを狙ったのかしらね」
ホントそれ。なんで私だったんだろう……。
「正室の姫君や王子様方なら分かるけど、私たちみたいな姫を狙っても、なんの特にもならないのにね」
ゲームの駒を手に、リーザちゃんは不思議そうにぼやいた。
「ほら私たちって、王様の子供ってだけで、別に王位継承権も関係ないでしょ。まあ、これで他国へ嫁ぐとなれば、いろいろな可能性もなくもないけど……」
「いろいろな可能性って?」
「うーん、たとえばお金持ちの国へお嫁に行く予定ならば、先回りして誘拐して、身代金を取ろうとするかも?」
「でも、まだお嫁に行ってないのに、身代金って取れるものなの?」
「うーん……前借りするとか?」
「でも弓矢がこう、ビューっと飛んできたんだよ? あれは誘拐じゃなくて、明らかに殺意を感じたよ……」
私はブルリと身震いした。あれが当たっていたら相当痛かったろう……いや、痛いどころの騒ぎじゃなかったかも。
「怖いわね。とにかくハナちゃんを、邪魔に思う人間がいるってことね……一体何が目的かしら?」
「さあ…… #王手__チェックメイト__#」
私の言葉に、リーザちゃんはガックリと肩を落とした。
「ううう、くやしい……ハナちゃんチェス強すぎ」
「ふふん、オイゲンに鍛えてもらったからね! 約束通り、負けた方が勝った方に城下町の人気店のパイおごるんだよー」
「分かったわ、明日にでも城下町へ買いに行ってくる」
そう言われて、私はちょっとシュンとしてしまう。
「一緒に行けたらいいのに……」
「仕方ないよ、ハナちゃんに何かあったら大変だもん。明日ハナちゃんの好きなミントクリームパイ持って遊びに来るよ。じゃあ、私はそろそろ自分の部屋へ戻るわね」
「うん、今日は遊びに来てくれてありがとう」
リーザちゃんを扉の前で見送ると、午後からずっと執務室で仕事をしていたディルクが、入れ替わりにやってきた。
ディルクは私の専属騎士とはいえ、他にもいろいろな仕事を兼任していて、一日中ずっと私に張り付いてわけじゃない。だからかもしれないけど、離れる時と戻ってきた時は、特にあれこれ聞かれるされる。
「お疲れですか?」
「まさか、ゲームしてただけだもん」
ゲーム盤を箱に入れてたら、ディルクも一緒に片づけを手伝ってくれた。
そろそろ日が暮れる。今日も部屋から一歩も出ないまま、一日が過ぎようとしていた。
「リーザちゃん、明日もまた遊びにきてくれるって」
「そうですか」
「今日ゲームで勝ったから、お土産にミントクリームパイを買ってきてくれるんだよ。楽しみだなあ」
ディルクは片づけの手を止めると、私をジッと見つめる。
「……外へ出たいですか」
きっと、閉じ込められっぱなしの私に同情してるに違いない。
「そりゃ出たいけど、仕方ないよ。ディルクも皆も、犯人捕まえようと頑張っているんだもん。だから我慢する」
顔を上げると、ディルクがフワリと微笑んでいた。
「良い子ですね、感心しました」
「え、えへへ……」
突然のほめ言葉と笑顔(と呼ぶにはあまりにもささやかな微笑だったけど)に、なんて返したらいいか分からなくて曖昧な笑いを返した。
「ただし……自室に籠っているとはいえ、もう少しその格好はなんとかなりませんか」
「へ?」
ディルクの指摘に、自分のパジャマを見下ろす。だって外に一歩も出ないなら、着がえたって意味ないし?
「目のやり場に困ります」
「は?」
「いえ、何でもありません。とにかく……だらしがない。きちんと着替えて下さい」
「でも、もうじき夜だよ? もう今日は、このままでいいんじゃ……」
しかしお行儀にうるさい騎士様は、そこのところは妥協してくれなかった。仕方なく私は、夕食を食べるためだけに、しぶしぶ着替えることにした。