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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第四部
48/76

(10) 甘いお説教

「お食事の前にお菓子を食べるから、お食事がきちんと召しあがれないのですよ。ヨリ、お前も少し気をつけなさい」

「申し訳ありません」

 ひたすら恐縮して頭を下げるヨリに、私は、

「違うよ、ヨリのせいじゃないよ! 私がお願いしたんだもん。凧揚げ競争も一応無事おわったし、せっかくだから特別に町から調達してきたチョコレートの箱を開けようって……」

「特別に町から調達した?」

 ――しまった。

 リーザちゃんに教えてもらった、巷で流行っているお菓子屋さんの新作チョコレート。どうしても食べたくって、この間非番で城下町へ出かけた侍女さんにお願いして、こっそり買ってきてもらったのだ。

 実はセキュリティーのため、王族が口にする食べ物は料理長か、専属の騎士の確認のもと調達される規則になっている。つまり本来なら、私が食べるものはすべてディルクが把握していなくてはならないのだ。

 でも普段の食事すら残してるってのに「お菓子欲しい」なんて、なんか言いにくくって……特にディルクに言うなんて、ぜったい無理。

「ヨリは下がっていなさい」

 静かなディルクの声に、ヨリは恐縮したように一礼すると、私を気にしながら退室した。そうしてディルクと二人きり部屋に残されてしまった。

「えーと、その……ディルクもひとつ食べてみる?」

 おずおずと視線をあげると、スッとひざを折ったディルクと視線が合った。

「……チョコレートがついてます」

 白い手袋の指がのばされ、私はあわてて体を後ろに引いた。

「て、手袋! 汚れちゃうよっ」

「姫様からいただいたものではありませんから」

 しれっと言われたその台詞もなんだか恥ずかしい。顔を見られたくないから、うつむきながら手でごしごしと口元をぬぐった。大体あんな真っ白の手袋にチョコレートがついたら、シミになっちゃうよ。

「ふっ……よけいひどくなりましたね」

「え」

 顔をあげると、至近距離に綺麗な顔が。おだやかな微笑みが、どこか天使めいていて、普通に緊張する……って、なんだそれ! なんでディルクに、騎士様に!? 私どうしちゃったんだろうホント。

「手にもついてますよ」

 そう言って、ディルクは私の手を取ると……指先をぺロリとな、な、舐めた!?

「ちょ、ちょっと……!」

「なるほど。取り寄せるだけのことはありますね……甘い」

 汗が顔じゅうから吹きだしてきて、つかまれた手を引っこめようとしたのに離してもらえない。

「な、なに、なにをして……」

「手が使えないなら、口を使うしかないでしょう」

「くっ……口って……」

「ああ、口といえば姫様の口のまわりもずいぶんと汚れてますね……」

 そういって妙に艶っぽい流し目なんかくれちゃって、なにコレ誰コレ!? いつものディルクとぜんっぜん違うじゃん!

 ……と、そこでいきなりディルクが立ちあがった。

「冗談です」

 ――はあっ!?

 私はボーゼンと口を開けて、甘い微笑を浮かべた顔を見上げた。なにその妙に艶めいた流し目は。私をからかってんのか、この人!?

「これに懲りたら、あまり私を怒らせないことですね」

「はああっ!?」

 私、怒られてたの!?

「なんか、いつものお説教とはちがう……」

「お説教? そちらの方がよろしかったですか。なんなら今からでもたっぷりして差し上げますけど?」

 私は力いっぱい遠慮させてもらった。

 ――調子、狂う……。


 その夜、お風呂上りにおそるおそる体重計に乗ってみた。増えてる……いったいどこが増えたのだろう? 背は夏に比べて多少のびた気はするけど、胸はそんなに……変わらないよなぁ。

 ――やっぱりお菓子は少しひかえようかな。

 こうして新たな悩みが増えたのだった。



(おわり)







(エピローグ)


 次の日曜日。私は王宮にほど近い郊外に建つ、フェリシーちゃんのお屋敷にお茶に招かれていた。

 大きな丸いティーテーブルにはたくさんの焼き菓子が並べられ、私の好物のミントクリームがたっぷり入ったボールが中央に置かれている。湯気の立つお茶をふるまわれながら、フェリシーちゃんと顔を見合わせてクスクス笑った。

「すごい量でしょ。二人じゃ食べきれないわね」

「本当だね~、でも私の好きなものばっかりだよ! 特にこのミントクリーム」

「お姉ちゃんが教えてくれたの。ハナちゃんの大好物だって聞いたから」

「えっ、宰相様が!?」

「うん、お姉ちゃんはハナちゃんの騎士様に聞いたみたい。本当はお姉ちゃんもハナちゃんと一緒にお茶飲みたかったみたいよ」

「そっかぁ、じゃあ今度は宰相様のお仕事が無いときにお茶会しようか」

「お姉ちゃん、今日はお仕事無いからお屋敷にいるわよ?」

「ええっ? じゃあなんで一緒にお茶飲まないの?」

 フェリシーちゃんは、クスクスとおかしそうに笑い出した。

「恥ずかしいみたい。プライベートで私以外の人とテーブル着くなんて、滅多にないのよ」

「えー」

「『仕事あるから』なんていって私室にこもって、ひとりでお茶飲んでいるわ」

 ここに、こんなにたくさんお菓子があるのに?

「せっかくなんだし、みんなで食べたいなぁ……ねえ、宰相様のお部屋ってどこ?」

「どうするの、ハナちゃん?」

「もちろん、お部屋へ押しかけるのさ。『突撃! 宰相様のお部屋』って感じに。ちょうどここにワゴンあるから、ティーセット運ぼうよ。こっちのカゴにお菓子つめて、それからミントクリームはボールごと持っていこう」

「えー、本気?」

 欲張ってたっぷりのお菓子を乗せたワゴンは、すっかり重くなってしまった。途中ですれ違ったメイドさんに手伝ってもらいながら、フェリシーちゃんと私は宰相様の私室へと向かった。

「こんにちはー、おじゃましまーす」

「お姉ちゃん、一緒にお茶しようってハナちゃんが……」

 扉を開くと、そこには本を手に真っ赤な顔をした宰相様がいた。うわあ、鉄面皮の宰相様が照れている! なんかちょっと得した気分。



(エピローグおわり)

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