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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第四部
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(8) 庭先で

 中庭に植えられた低木が、夕焼けでほのかに淡く輝いていた。庭に遊びにくる野鳥の声は、やわらかい沈黙に溶けて遠く、なつかしい響きを奏でていた。

「ディルクはさ、夕暮れっていうと何を思い出す?」

「……連想ゲームですか?」

「そういうわけじゃなくって……あ、別に特に無いならいいよ。ただちょっときいてみただけ」

 もしかしたらディルクも、夕暮れにはあまり良い思い出がないかもしれない。そんな私の心配とはうらはらに、かたわらに立つディルクは静かな口調で語り出した。

「夕暮れと言えば、剣術の稽古を思い出しますね」

 ディルクは手袋を片方外すと、手のひらを私に向けて差し出した。ちゃんと見るのははじめてだけど、なんというか……すごい固そう。表面の皮が厚そうで、ところどころ傷もあって変色している。おそるおそる指先で触れたら、コツンと石をつつくような音が聞こえそうで、びっくりして思わず指を引っ込めた。すると騎士様はクスリと笑うと、サッと再び手袋をはめてしまった。

「ちょうど今ぐらい日が傾く頃には、手の皮がむけ、まめもつぶれてしまうので、痛みをこらえながら稽古を続けました。稽古は日がすっかり沈んで辺りがまったく見えなくなるまで続いたので、子供の頃は夜空に星が見え始めるとホッとしたものです」

「そんな暗くなっても稽古ってするんだ?」

「実践では時を選べませんからね。いつも日の照る日中に戦うとは限らない、むしろ暗闇にまぎれて戦うことの方が多いものです」

「そうなんだ……だから今でも夜に稽古してるんだ?」

「ええ」

「やっぱり毎日稽古しないと、腕がなまっちゃうものなの?」

「そういう問題ではなく、毎日稽古が必要だからです」

 サラリと返答した騎士様は、利き手で腰に帯刀した剣の柄を軽くにぎった。

「私は幼い頃から強い敵に遭遇したことを想定し、日々鍛錬を積んで参りました。しかし今は、この腕は姫様をお守りするために日々精進しております」

「私を守るって……そりゃ確かにディルクは私の専属騎士だけどさ。私の身分じゃあんまり命とか狙われないと思うけどなぁ」

「万が一、ということがあります」

「うーん、でも万が一でも、ほんの一瞬あるかないかだけど」

「その一瞬のために、私の剣はあるのです。ですからいくら鍛錬しても、し過ぎるといったことは決してありません」

 ショックだった。なにがって、小さい頃からずっと、こんな夕暮れになるまで毎日稽古してきたディルクの剣が、あるかないか分からない私の危機のためにあるなんて。そんなのもったいなさすぎる。

 そりゃ私の騎士だけど、ディルクの剣の腕は折り紙つきだ。私を守るためなんかじゃなく、もっと重要でずっと大事なことに役立てる方がいいにきまってる。

「私は今まで闇雲に稽古をして参りましたが、姫様のお陰でその意味を見いだせた気がしています。姫様にとっては大げさに聞こえるかもしれませんが」

 見上げると、微笑を浮かべたディルクの視線とぶつかった。思わずもう一度その手を取って、手袋に包まれた固い手のひらにそっと触れる。

「この手に守られてるんだ……強い手だね」

「それは、姫様の方ですよ」

 触れている指を包みこむように手を握られた。サラリとした手袋の表面を通って、温かい熱を感じた。心臓がドキリと跳ねた。

「この手こそ強くてやさしい。私とは比べ物になりません」

「意味分かんないよ、だいたい私が強いなんて……」

「強いですよ」

 そう言ってディルクはひざまずくと、私の手の甲を額に押し当てた。

「姫様の強さに触れると、勇気がもらえる……強くなれる。そしてやさしさに触れると、心が開く……だから私は、あなたを傷つけるすべてのものからあなたをお守りしたくなる」

「……!」

「ずっと私に、あなたをお守りさせてください」

 ひええ、これは恥ずかしい! 手を離して……って、言葉が詰まって口から出てこない!

 顔を見られたくない。だから……だから私は……こうするしかなかった。手をのばしてディルクの頭を引きよせ、そのまま懐にぎゅっと抱きしめた。

 ディルクが微かに身じろいたけど、抵抗はしなかった。けど……。

「……え、え、うわっ」

 逆にしっかりと腰に手を回され、体ごとフワリと抱きあげられた。自然と両腕はディルクの頭から外されてしまい、私はおもちゃを取り上げられた子供みたいにヤダヤダと両手を振った。

「窒息するかと思いました」

 クスクスと珍しい表情で笑う騎士様の笑顔を直視できそうにない。

「どうせなら、こちらにして下さいませんか」

 ディルクは私を抱きあげたまま、器用に私の腕を自らの首へと導いた。恥ずかしすぎて目を合わせられないから、顔をうずめるようにディルクの首に両腕を回した。

 辺りが暗くって、助かった……どうか誰にも見られていませんように。


「晴れてよかったねー」

「ねー」

 凧揚げ競争の当日は快晴だった。放課後クラスメートと校庭へ飛び出すと、めいめいの手作り凧を揚げた。

 少し風が強いけど、その方がぐんぐん飛ぶから楽しめる。冬の澄んだ空が、色とりどりの凧で一気に賑やかになった。

「フェリシーちゃん、すごーい!」

「一番高く揚がってるんじゃない?」

 そして意外な発見は、フェリシーちゃんに凧揚げの隠れた才能があったこと。とても初心者とは思えない……なんであんな高く飛ぶんだ?

 ギャラリーの父兄も感心したようにフェリシーちゃんの凧を見上げてる……その大人達の中に、なんと宰相様の姿を見つけた。

「お姉様……来てくれたんだ」

 隣でうれしそうにつぶやくフェリシーちゃんに、私も思わず顔が緩んだ。と、その時、いきなり突風が吹きつけてきた。

 ――うわわ、フェリシーちゃんと私の凧がぶつかっちゃう!

「ケンカ凧だ!」

「いけいけ、落とせー」

 フェリシーちゃんと顔を見合わせるも、お互いうなずいて反対方向へと走り出した。ケンカなんてできないって、糸がこんがらがって両方とも落ちちゃうよ。

「姫様、前!」

 ディルクの呼ぶ声に、私はハッとして足をとめたら、目の前にそびえる大木が……もうちょっとで幹に正面衝突するとこだった。危なかった!

 駆け付けたディルクに「おケガは」とたずねられ首を振るも、凧は木のてっぺんに引っかかってしまいなんともなさけない姿に。

「私が取って参ります」

「だめだよ、自分以外の人が凧に触れたら失格になっちゃう」

 そう、この凧揚げ競争では、自分以外の人に凧を触れさせたら失格になってしまうルールだ。揚げた高さで順位を競ってもいるので、こっちは真剣なのだ。なんせ優勝者には父兄から『ごほうび』がもらえるって聞くし。

 私はセーターの腕をまくり上げ、

「ちょっと取ってくるよ。木のぼりは得意だしね」

 と、騎士様が止めるのも構わず急いで枝をよじ登り始めた。実は昨日のことがあって、顔を合わせているのがちょっと恥ずかしかったのだ。

 昨日、庭先でだ、だ、抱き合った後……ディルクはダイニングルームまで送ってくれた。それでいつも通り夕ごはん食べて、いつも通りお風呂入ってベッドに入り、翌朝いつも通り起きて朝ごはんを食べ、出かける前にいつも通りディルクがあいさつしに部屋へやってきて……全部、すっごくいつも通りだった。拍子抜けしちゃった。なんか残念。

 ……ん? 残念?

 残念って、残念ってどういうことだろっ!? あまり深く考えたくない……ダメダメ、意識したくない!

 私は自らの邪念を振り払うように、勢い込んで枝に足をかけた。

 ――うわっ、すべる……!

 間一髪枝にぶら下がったけど、体勢的にやばい。チラリと下を見下ろすと、ディルクとバッチリ目が合った。

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