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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第四部
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(7) 夕焼け

 初めてこんな近くで宰相様を見たけど、本当にきれいな女の人だ。フェリシーちゃんと似てるけど、大人のひとのせいか、さらに磨きがかかった美女って感じ。

「美人ですねー……」

 思わず声に出してしまった言葉に、その場の空気が一瞬固まったのが分かった。私はあわてて「すみません、いきなり」と頭をペコペコ下げる。すると宰相様は無表情のまま手をあげて私を制した。

「お気になさらず。何かわたくしにご用でしょうか」

「あ、はい。はじめましてハンナです。お仕事中におじゃましてすみません」

「それで、ご用とは?」

 淡々とした口調に、私はたじたじになってしまう。そっか、これが『うわさ』の鉄面皮か……確かに、にこやか~ってわけじゃないな。宰相様って忙しそうだから、真面目な顔なのもしょうがないんだろうなぁ。とにかく本題に入らないと。

「フェリシーちゃんを凧揚げ競争にさそってもいいですかっ!?」

 長居すると迷惑かも、と思って早口で言ったら舌噛みそうになった。宰相様は微動だにせず、じっと私を見下ろしている……そう、宰相様は私よりだいぶ背が高い。ヨリは平均身長だけど、そのヨリよりずっと高く見えた。

「凧揚げ競争、とおっしゃいましたか」

「はいっ、あの、本人には『お勉強が忙しいから』って一度は断られたんですけど」

「確かにあの子は勉強にいそしまなければなりません」

「そ、それは分かりますが……ちょっとだけ、休めないでしょうか?」

「姫、勉強とは行わなければならない分量が人それぞれ違います。私の妹は他のクラスメートより何倍も勉強する必要があります」

 ――そ、それは分かりますけど、そこをなんとか!

 とりつく島もない様子に、私は一瞬ディルクに助けてもらおうかと考えて、だけど思いとどまった。だってこれは私の友達のことだもん。そんな簡単にあきらめたくない。

「フェリシーちゃんは私にとって、新しい学校で出来た初めての親友なんです」

 私の突然の『親友』発言に、宰相様の表情が一瞬ゆらいだ(気がした)……実際は友達になったばっかだけど。しかも今のところ、私が一方的に友達って思ってるだけだけかもしれないんだよね。

「内気で人見知りの激しいあの子が、ですか」

 まるで私の気持ちを読んだかのように、宰相様は静かに切り出した。

「確か姫は、二日前に編入されたばかりでしたね」

「はあ」

 やばい、かんっぺきに疑われてる。でもここでなんとか、説得力を出さないと!

「じ、実は今朝私が具合が悪くなったとき、フェリシーちゃんが保健室までつきそってくれたんです。すっごく親身になってくれて、そのとき友達になったんです。それからすぐ打ち解けて、今じゃすっかり親友ですっ!」

「つまり、今日知り合ったばかりということですか」

「そうですけど友情に時間は関係ありません。フェリシーちゃんはもう、私の大事な友達です! だから一緒に凧揚げしたいんです。どうか許してください、お願いします!」

 ここまで言い切ったけど、宰相様の表情は能面のように動かない。ああこれ以上どうやってごり押ししたら……と悩み出したその時、パチパチと拍手の音が執務室の天井まで高らかに響いた。

「すばらしい友情、ステキです!」

 マグヌスさんの明るい声に、また部屋が一瞬だけ固まった。

「凧揚げ、きいたことあります。でも砂漠の国ではやりません。ハンナ姫、私も凧揚げ観に行っていいですか?」

「あ、はあ……」

「決まり。私お昼作ります。イレーヌと一緒に観に行きます」

「イレーヌ?」

「私の名だ」

 宰相様が苦虫をつぶしたような表情でつぶやいた。


 その後、部屋まで送っていこうとする騎士様に「向かいの図書館へ行くから」と執務室に押しとどめ、私は人がほとんどいない王宮図書館を訪ねた。それはちょうど執務室の斜め向かいに位置していた。王宮図書館は三つあって、そのうちのひとつがこれだ。

 この図書室は、主に王族の子供たちが学習する目的で作られた場所だが、誰も人がいなかった。受付カウンターに係のおじさんが一人いて、私がやってくるとかったるそうに挨拶してくれた。

 ――西の大陸、西……と、あった。

 西の大陸についてかかれた文献を調べてみると、十年ほど前に飢饉で多くの人々が別の大陸へ移住した、と書かれていた。特にこの大陸に移住した人が多いらしく、つまりフェリシーちゃん達はそういった人々の中にいたのだろう。

 この大陸、特にこの国は様々な外国人が行き交う開けた国だ。でもやっぱり外国から渡ってきた人達は苦労したんだろうなぁ。東の国からきたヨリも、移住したばかりの頃は習慣とか文化とかの違いで、人づきあいにも苦労したって言ってた。

 本に書かれていた移民者の言葉に『日が暮れると、不安な気持ちで心がいっぱいになってしまう』とあった。もしかしてフェリシーちゃんたちも、そうだったんだろうか。

「まだ、こちらにいらしたのですか」

 その声に顔を上げると、目の前にはいつの間にかディルクが立っていた。

「あれ、仕事は?」

「本日は終了しました。もうじき夕食の時刻ですので、ダイニングルームまでお送りします」

 夕食だって? 窓を見ると、確かに日の光が赤っぽくなってる……夕焼けだ。ずいぶん私ここで本読んでいたんだ。

「さ、行きましょう」

「あ、待って。本片付けるから」

 わたわたと本棚に本を戻すと、なぜか目を丸くしてるおじさんに「もしかしてお姫さん?」とつぶやかれたけど聞かなかったことにする。

 廊下から中庭に面している回廊に出ると、柱の間からこぼれ落ちるオレンジ色の光の残像が淡く石畳を染めていた。

 今まで考えたこともなかった……きれいな夕日の中で、不安に思う人がいたなんて。

「……姫様? どうかされましたか」

 足をとめると、隣のディルクも歩みをやめた。庭に目をやると、辺りはすっかり夕焼けにそまって温かに見えた。私の目には、そう見えた。

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