(6) 協力
お互い無言で見つめ合うことしばし。先に口を開いたのはディルクの方だった。
「オイゲン殿とも、ここへよく来られたのですか?」
めずらしくオイゲンの話をディルクから振られ、私は目を丸くした。ディルクのマントがそっと腕をかすめ、ずいぶん近くに立っていたことに気づかされる。
「うん……よく来たよ」
そうですか、と、会話はそこで途切れた。しばらくなつかしい記憶に思いをはせていたのだけど、やがてディルクの言葉で現実に引き戻される。
「私はまだまだ、オイゲン殿には及びませんね……」
切なげなため息とともにつぶやかれた言葉に、私はますます目を丸くする。
「オイゲン殿とは、どんなお話しをされてたのですか」
「え? えーと」
なんでそんなこと、きくんだろ? でも騎士様の表情は真剣そのものだ。
「いろんなこと話したし、それこそ数えきれないよ」
「数えきれないほど、たくさんお話しされたのですね」
「う、うん」
ディルクはフッと小さく笑って、それから首を振った。どことなく影を帯びた表情に、なんだか悪いこと言っちゃった気分……大丈夫かな。思わずポンポンと腕をたたくと、騎士様は秀麗な顔に切なげな微笑を浮かべてみせた。
「申し訳ございません、お気を使わせてしまいましたね」
「いや、そのう、大丈夫?」
「……こういったことは、お願いするようなことではありませんが……姫様」
「はっ、はい?」
「もう一度私にチャンスをいただけないでしょうか」
……チャンス?
ディルクはスッと姿勢を正すと、そっと私の手を取り上げた。あ、手袋……私があげたやつ。使ってくれてるんだ、うれしいなぁ。
「姫様?」
「あ、いやぁ、手袋似合ってるね、へへ……」
「……」
するとなぜか私を握る手が強くなった。
「昼食のあと、カリスティ宰相の執務室までご案内いたします」
「へ?」
「姫様に協力させてください」
ええっ、またどういう風のふきまわしだろ? 昨日はあんなに『人の家庭の事情に首突っ込むな』って反対してたのに。私が首をひねっていると、騎士様は真摯な口調で続ける。
「姫様のお力になりたい。あなたがいつも笑顔でいられるように」
「なっ……」
――なんつー、恥ずかしいセリフ!
そんなわけで城へディルクと共に戻った私は、まずヨリに平謝りした。ヨリは私の仮病を信じて本当に心配していたらしく、私を怒るでもなく「ご無事でよかったです」と泣きそうな顔で笑ってくれた。こーゆーのって、なまじ怒られるよりもこたえるものだなぁ……特にヨリは真面目だし、これからはうかつに心配かけられないや。
昼食の後、私はディルクに案内されてカリスティ宰相の執務室に訪れた。そもそもこの部屋がある棟に来たことなんかなかったけど、私が知っている王宮とはガラリと違ってやたら重厚で古めかしい建物だった。
「この部屋は、およそ二百年前の内装を、そのまま保存してます」
執務室で出迎えてくれた、宰相様の秘書さんだというマグヌスさんが説明してくれた。異国から移民してきた人だそうで、他の会議に出席中の宰相様を待っている間あれこれ質問してきた。
「ハンナ姫ですか、ディルク殿のおつかえする姫君と同じ名前です!」
「はあ、その通りです。ディルクは私の騎士です」
「ハンナ姫、ディルク殿はきびしい、違いますか? いろいろ聞きます」
「いろいろって何?」
「ええと、う、う……わ……」
「ああ、『うわさ』ですね。はい皆うわさしますよね。マグヌスさんもそう思いますか?」
「ディルク殿は仕事にきびしい、しかしそれは当り前です」
「そうですか、当り前ですか」
少し片言でしゃべるマグヌスさんだけど、この国に来てまだ三カ月も経っていないらしいから無理もない。それ以上にここまで話せる方がすごい。マグヌスさんがやってきた南の砂漠地帯では、まるっきり違う言語を使うそうだ。
「マグヌスさん、言葉上手ですね。何か勉強の秘訣とかあるんですか?」
「ひけつ?」
「はい、秘密のうまいやり方って意味です。私は外国語学ぶのニガテなんで……」
「『ひけつ』ありません。簡単です。覚えてしまえばいいのです」
その覚えるってのが、やっかいなんだけどなぁ。そう思いつつ、黙って後ろで控えているディルクにふり返ると肩をすくめて見せた。ディルクは軽く眉をあげただけだ……ちぇっ、理解できないって顔してんな。ディルクにしろ、このマグヌスさんにしろ、そろいもそろって頭良さそうだからなぁ。
その時、ふいに扉が開いて宰相様が現れた。宰相様は私の姿を見つけて、意表を突かれたように目を見開いた……それはフェリシーちゃんと同じ、まるで森にすむ小鹿やリスのようなつぶらで真っ黒な瞳だった。