(3) おせっかい?
凧の一件で初日からすっかりクラスになじめた私は、ほくほくしながら帰宅した。そんな私を、ヨリはおやつを用意して出迎えてくれた。
「姫様、学校はいかがでしたか」
「楽しいよ、友達もたくさんできた」
「さすがはうちの姫様ですね!」
ヨリはホッとした表情を浮かべた。心配してくれたんだなぁ、とちょっとじーんときた。私の視線に気がついたヨリは少し顔を赤らめると、いそいそとケーキを小皿に切り分けた。そしてトロリとしたクリームをたっぷりとそえると、フォークを持って待ちかまえる私の前にさし出してくれた。
「ちゃんと手を洗って、うがいをしましたか」
「はーい、しました」
「では、どうぞ召し上がれ。今日は林檎のヨーグルトケーキですわ」
お腹が減ってたのでガツガツと食べていると、ヨリが「そういえば」とポットを傾けて私の愛用マグカップにホットミルクを注いでくれた。
「カリスティ宰相の妹君とは、もうお会いになられました?」
「え、宰相様の妹さん?」
私が首をかしげると、ヨリは「あら」と瞬きをした。
「たしか姫様と同い年ですから、クラスもご一緒とうかがいましたけど」
「えっホント? どの子かなぁ。なにしろクラスメートは二十人もいるから、いっぺんに覚えきれなくってさ」
「カリスティ宰相と良く似た、とてもキレイな女の子ってうわさですわ」
キレイな女の子? どの子だろ……キレイな子はたくさんいた気がするし、皆そこはかとなく品もあったよなぁ。何食べてたら、ああいう風に育つんだろ?
私がフォークをくわえたままぼんやり考えてたら、ヨリに「姫様お行儀が悪いですわよ」と注意されてしまった。ケーキのおかわりをもらいながら、先ほどのヨリの質問にこたえるともなしにつぶやく。
「宰相様に似てる子、って言われてもなぁ。私、宰相様の顔自体あんまり知らないんだよね」
「あら、そうでしたの?」
「うん、遠くから見たことある程度だもん。その時だって頭からローブかぶってたし、髪の色だって知らないよ」
「あのローブ姿はカリスティ宰相のトレードマークですものね。歴代の宰相にならってあのような格好をされてるのは分かりますが、まだ若い身空でお美しいのになんだかもったいない気もしますわ」
「へえ、宰相様ってそんなに若くてキレイな人なんだー」
「ええ、ただ少々表情に乏しいと申しましょうか、人によっては冷たい印象を受けてしまうというか……」
遠慮がちに言うヨリの気持ちも分からなくもない。私の聞いた話じゃ、宰相様ってすごく厳しくてコワイ人らしいもの。
うちの騎士様はよく宰相様と一緒にお仕事するそうだけど、うわさじゃこのツーショットはかなり怖いらしい。なんていっても、うちの騎士様もかなりのポーカーフェイス。宰相様も鉄面皮って話だから、二人そろえばさぞかし迫力あるだろう。
とにかくそんな宰相様の妹さんってことは、やっぱりポーカーフェイスな美少女? 明日学校へ行ったらクラスの人にきいてみよっと。
「カリスティ宰相の妹? ああ、フェリシーのことね」
翌日の休み時間に、私は数人の女の子たちと凧揚げ作りをしていた。凧揚げ競争を提案した、あねご肌のレイアちゃんは、気の強そうな濃い茶色の眉をぐっとあげてみせる。
「ハナちゃんの席から三つとなりの、一番うしろの席にいる子よ。今日、国語の授業で先生に叱られていた子」
「……あー、あの子かぁ」
オレンジ色のサラサラ真っ直ぐな髪の、びっくりするぐらいの猫背の子だ。先生にあてられて教科書を読んだけど、読むのが苦手らしく声もすごく小さかったせいか、しまいには先生が「次までにもっと読む練習をしてきてください」と注意してたっけ。あれはちょっとかわいそうだった。
「そのフェリシーちゃんだけど、凧揚げ競争に参加してくれるかなぁ?」
私の言葉に、その場にいた女の子たちは顔を見合わせた。
「どうかしら。おとなしい子だし」
「それに暗いし」
「あら、そんなこと言うのはよくないわ」
「でも私たちが声をかけても、あまり一緒に遊びたがらないのよね」
「無理強いはよくないわよ」
最後のレイアちゃんの言葉に、その場にいた私たちはうーん、と考え込んでしまう。そりゃ無理させるのはよくないけど、単にひっこみじあんなだけかもしれないじゃない? もしそうなら、こっちからさそってあげた方が、仲間に入りやすいんじゃないかなぁ。
「私からさそってみるよ」
「ハナちゃんが?」
「うん、凧揚げ競争もだけど、フェリシーちゃんとお話ししてみたいしね」
というわけで、さっそく放課後フェリシーちゃんに声をかけてみた。フェリシーちゃんは重たそうな前髪のせいで、その表情はよく分からないけど、どうみてもあまり乗り気じゃなさそうだ。
「……悪いけど勉強があるから」
そっけなく言って帰り仕度をするフェリシーちゃんに、私はしつこく食い下がってしまう。
「あのさ、勉強って宿題のこと? それなら放課後に、みんなで協力してやっちゃおうって話もあるよ」
「……とにかくダメなの。ごめんなさい」
がっかりしてレイアちゃんにその旨伝えると、なぜかレイアちゃんだけでなく一緒にいた数人の女の子たちも「やっぱりね」とうなずいている。
「フェリシーのお家ってとても厳しいらしいの。それにお姉さまが、かの優秀なカリスティ宰相でしょう? だから成績に関しても、すっごくうるさいらしいわ」
そうなんだ……でもクラスみんなで凧揚げ楽しもうって話なのに、一人だけ不参加っていうのもなぁ。それに、もしお姉さんがきびしいから参加できないっていうならば、直接お姉さんの宰相様にたのんでみちゃどうかな。そーゆーのっておせっかいかな?
でもフェリシーちゃん「勉強があるから」って断ってた。別に凧揚げしたくない、って言ってたわけじゃないもの。もしかしたら本当は、一緒に凧揚げしたいのかもしれないじゃない?
うーん、おせっかいかもしれないけど、せっかくだし宰相様に聞くだけ聞いてみよっかなぁ。宰相様と会うには……やっぱディルクに頼むしかないか。
善は急げ? というわけで、その夜のこと。
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
「いえいえ、お粗末さま」
料理長のロルフさんは控えめな笑みを浮かべた。私は「あ、まただ!」と、わざと不満げに口をとがらせてみせた。ダイニングテーブルには、夕食で出された料理がきれいにお皿から姿を消してるってのに。
「ロルフさんの『お粗末さま』っていうの、変だって言ってるのに~」
「ははは、ついくせで……失礼しました」
「だーかーらー、あやまらないで下さい。おいしいお料理なんだから、ロルフさんにはもっと自信まんまんでいて欲しいってだけなんです。逆に『おいしかったでしょ』って言ってもらいたいくらい」
「姫様は本当に、好き嫌いなく何でも食べる良い子になりましたな」
また話をかわされてしまった。ホントこの料理長さんは、びっくりするほど謙虚なんだよね。
私がちょっとでも残すと「お口に合いませんでしたか」って心配するしさ。おちおち好き嫌いなんか言ってらんないよ。まあ、おかげで大抵のものはなんでも食べられるようになっちゃったけど。
「お食事はお済みですか」
「あ、ディルク」
思いがけずディルクが現れた。食事の後に話したいことがあるから、ってヨリに言づけておいたんだけど、てっきりお部屋に来るのかと思いきやダイニングルームにやってきてしまった。
「早かったね、てっきりお仕事でもっと遅くなるかと思った」
「こちらの方が、なにより大事ですから」
こちらの方って、私と話すこと? ディルクの瞳はやさしげで、心なしかおだやかに微笑んでいるように見えた。