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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第四部
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(2) はじめまして

 手を取ってエスコートしようとするディルクに、私は両手を振って後ずさりした。

「いいよいいよ別に! ここから歩いて二十分ぐらいだし、地図も描いてもらったからひとりで行けるって」

「そういうわけにはいきません。本来なら編入初日は、保護者が付きそうことになっているのです。しかし国王様はご存じの通りなにかとお忙しい身ですので、僭越ながら私が代理で同行させていただくことになりました」

「えー」

 こんな立派な騎士様が保護者だなんて、自分とアンバランスすぎてやだなぁ……なーんて口がさけても言えない。だいたい身内の代りにしちゃ、どう見たって共通点ひとつもないし。人種が違うっていうか、たとえば遠い親戚ってことにしても、ぜんぜん説得力がないだろう。

「でしたら姫様、わたくしがご一緒に参りましょうか」

 ヨリの申し出にうなずきかけた私だが、それは出かける準備万端の騎士様によって、あっさりと却下されてしまう。

「国王様はご自分がご同行されると、最後までねばっておいででした。説得するのにかなりの時間を要したぐらいです。私自身が完全防備で同行させていただくことで、ようやく納得されたのです」

「完全防備って……こんな平和な王宮で、いったい何が起こるっていうのさ」

 ぶつぶつと文句をいう私に、騎士様は黙ったまま苦笑を漏らしたのだった。親馬鹿って思ってるでしょ? うん、私もそー思うもん……。






「それではお名前をどうぞ」

「えーと、名前はハンナ・ボーゼです。みんなにはハナちゃんって呼ばれてます」

 ドキドキしながら自己紹介をしたけれど、目の前に座っている、ざっと二十名ばかりのクラスメートはシーンとしたままだ。

 ――なんか品の良さげな人たちばっかだなぁ。

 感心したように皆をながめていたら、隣に立つ若い女の先生が「皆さんなかよくしましょうね」と、か細い声でつけ加えた。それから「ハンナさん」と隣の私に小声で囁く。

「よろしければ、お家のことやご両親についてお話ししてもかまいませんよ?」

「お家のこと、ですか?」

 先生に話題を振られて、一瞬考えてしまう。お家のことかぁ……ふと皆を見まわすと、こころなしか数人が身を乗り出している。へえ、こーゆー話に興味あるのか。

「お家は、というか私の部屋は東向きなので、日当たりはそこそこですけど朝日がまぶしいです。壁紙はクリーム地に緑のつた模様で気にいっています。ところでじゅうたんの色ですが……」

「ボーゼさん、ボーゼさん……」

 さえぎるように名前を連呼する先生に、私は「え?」と話を止めた。先生はしばらく陸に上げられたお魚のように口をパクパクさせてたけど、やがてしぼり出すように小さな声で「ご両親は?」と苦しげにのたまった。

「……両親ですか。母はもう他界しちゃったんですけど、こくお……父は元気です。年のわりには若いと思います。でも最近お医者さんから、お酒はひかえるようにって注意されちゃいまして。それで仕方なくお茶を飲み始めたんですが、もともと凝り症なのか、さいきんはすっかりお茶にはまってしまって……」

 ――あれ?

 教室がザワザワし始めた。隣の先生を見上げても、なんだか困った顔をしてるよ。どうしたんだろ。もしかして私、変なこと言っちゃったのかなぁ? みんな私の顔を見ながら、隣の人同士でひそひそ話してるし……ど、どうしよう?

「と、と、とにかく、よろしくおにゃがいしま、お願いします」

 うわあ、あせってどもった上、かんでしまった! すると教室一瞬しん、となって、それからクスクスと笑い声が聞こえてきた……ひー、はずかしー。

「ボーゼさんの席は一番後ろです」

「はい……」

 恥ずかしさで熱くなる顔をふせつつ、私はフラフラと先生に示された席に着いた。するとホームルームの終わりをつげるチャイムが鳴り、再び教室はざわつき出す。

 とつぜん目の前に座る女の子が、クルリと振り向きざま笑いかけてきた。

「自己紹介、楽しかったわよ。特にさいごの猫語がね」

「猫語……あれ、かんじゃって」

 てへへ、と笑うと、今度は別の子が待ち構えたように「ハナちゃんっていうんだ」と声を掛けてくれる。気がつくと数人の女の子たちが、私の席を囲んでいた。快活そうな子、おとなしそうな子と様々だけど、皆そろって人が良さそうだ。

「ハナちゃんって、お城からきたんでしょ」

「うん」

「じゃあ、やっぱりうわさは本当だったんだー。お城のお姫様が編入してくるって」

「でもハナちゃんって、ちっともお城のお姫様って感じじゃないね」

「ホントホント」

 ホントホント……私自身ちっともお姫様って実感ないしね。しばらくお互い自己紹介しつつワイワイおしゃべりしていたら、教室の向こうから嘆くような男の子の声があがった。

「えっ、壊したのかよ!」

 思わず女の子たちと顔を見合わせた。男の子たちの様子をうかがうと、なにやら凧のようなものを手にしている。

「だってぜんぜん空に上がらないんだぜ、この凧。風に乗せようとしても、すぐ落ちちゃうしさ。そうしたら衝撃で壊れちまったんだ」

「せっかく高いやつ港町で買ってきたのに、何やってるんだよ、もう……」

 少しくせのある金髪の男の子がブツブツ言いながら、もう一人のブルネットの髪の男の子から凧を奪い取って吟味し始めた。周りには数人の男の子たちが集まって、凧を取り囲んでいる。

「おっかしいなぁ、ちゃんと説明書通りに組み立てたのに」

「木工用ボンド使ったから、重くなりすぎたのかもな」

 あーあ、あの形じゃ飛ばないのも無理もないよ。きっと説明書通りにしか作ってないんだろうなぁ。私は小さいころ、近所に住む年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに、凧の作り方の工夫や飛ばすコツを伝授してもらったから分かる。

 突然口を出すのも悪いかなぁって思ったけど、ずいぶん悩んでるみたいだし……ここはひとつ、おせっかいかもしれないけど言ってみようか。

「あのー、その凧だけど、もう少し軸をしっかりさせた方がいいよ」

「え、なんだって?」

 いきなり口をはさんだ私に、男の子たちはびっくりた様子で私を見た。今さら引っこみのつかなくなった私は、詳しく説明するために男の子たちのいる席へと向かう。

「軸を取り変えた方がいいよ。それからよく飛ばすために、紙のしっぽを長くするの」

「お前、凧作ったことあるのか?」

「うん、もっと小さい頃にね。毎年この時期になると、よく友達のお兄さんやお姉さんに教わって作ったよ」

 へえ、と感心したような声を上げたのは、例の金髪の男の子だった。私よりちょっぴり背が高く、頭の良さげな小奇麗な顔立ちをしてる。どうやら男の子たちのリーダーのようだ。

「女が凧作るなんて、初めて聞いた」

「そうなの? 私のまわりじゃ女の子だってみんな凧作ったし、飛ばすのも上手だったよ。誰が一番高く飛ばせるか、競争とかもしたし……」

 すると後ろの女の子たちが「すごーい」「私もやりたい」と口々に言いだした。私がふり返ると、そのうちの一人がうらめしそうに男の子達を見ながら「男の子ばっかりずるい」とまで言い出す始末。つい吹きだしてしまった。

「じゃあ、私が作り方教えるよ」

「ホント!?」

 しかし今度は、別の女の子が心配そうに口を開く。

「でも私たち、凧を作るためのセットなんか持ってないわ」

「大丈夫、家にある道具だけで簡単に作れるもん」

「ハナちゃん、すごーい」

 きゃあきゃあとはしゃぎだす女の子たちに、今度は男の子たちがあせったように「俺たちにも作り方教えろよ」と言いだした。すると私のすぐ前の席の女の子が、りんとした声で「それじゃあ」と切り出す。

「女子と男子に別れて、男女対抗・凧揚げ競争なんてどう?」

「いいわね、楽しそう」

「のぞむところだ!」

 うわあ、面白くなってきた。やっぱ学校はこうでなくっちゃね。






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