3. 騎士様と遠乗りへ行く
晴れていて、気持ちの良い天気だ。そよ風も心地良い……けどさ。
「随分とお静かですが、ご気分でも優れないのですか」
「……別に」
私はむっつりとしたまま、目の前にある馬のたてがみを撫でた。手綱を握る大きな手が、うらやましいやらにくらしいやら。
(せっかくの遠乗りなのに、どうしてディルクの前に乗らなきゃいけないの)
私はひとりで馬に乗りたかったのに。
嫌がらせの意味も込めて、わざと背中に座るディルクに思いっきり寄りかかってみたけど、よろけるどころかビクともしない。
(あーあ、つまんない……)
不貞腐れる私の後ろから、騎士様の声が淡々と響く。
「じきに湖に到着しますよ。お昼はこちらで召し上がられては?」
「あーうん、そうだね……」
湖のほとりに到着すると、ディルクは馬からヒラリと飛び降りて、馬上の私に手を差し伸べた。
「……ひとりで降りられるのに」
ディルクに降ろしてもらった私は、ぶつくさ文句言いながら籐のバスケット手に、お昼ご飯を広げる場所を見繕う。ディルクは近くの木に馬を繋いでくると、ひょいと私の手からバスケットを取り上げた。
「さあ、こちらへどうぞ……木陰があって気持ちよさそうですよ」
ディルクが選んだ場所は、ふかふかの芝で座り心地が良く、湖も見渡せる絶好のスポットだった……くうっ、いちいちそつが無くってくやしい。
「……あれ、ディルクは食べないの?」
私はバスケットから取り出したサンドウィッチを頬張りながら、木の幹に寄りかかって座るディルクに声を掛けた。朝から一緒だったから、私と同様に何も食べてないはずだ。
「おいしいよ、コレ」
色とりどりのサンドウィッチが入ったバスケットを差し出すも、ディルクは神妙な顔で小さく首を振る。
「私は結構です。どうぞ姫様だけお召し上がりください」
「そんなあ、一緒に食べようよ」
すると騎士様は、少し当惑した様子で肩をすくめた。
「私は一介の騎士です。王族の方々とご一緒に、同じ食事をいただくわけには……」
「そんなカタいこと言わずに。私がいいって言ってんだから」
「しかし……」
本当に、真面目というか融通が効かないというか。
「ひとりで食べるのは居心地悪いし、大体つまらないよ。ディルクも一緒かと思って、厨房の皆さんにお願いしてたくさん作ってもらったんだよ。手伝ってもらわないと、このサンドウィッチ無駄にしちゃうよ」
「……では、お言葉に甘えて」
まだ少し躊躇っているディルクに、無理やりサンドウィッチを押し付ける。
「これサーモンだけど、苦手?」
「いえ……私の好物です」
「そっか、よかった」
ふとその顔を見上げると、心なしかうっすら赤くなってる。うわあ照れてるよ!
「……なんですか、その笑いは」
「いやいや、なんでもない……そうだ、ディルクはオイゲンの遠い親戚だって聞いたよ。オイゲンとは会った事あるよね?」
「ええ、子供の頃に数えるほどですが」
「昔のオイゲンって、どんな感じだった?」
「優秀な騎士だったと、周囲から聞いております」
「そういうんじゃなくて、ディルク自身はどうなの? やっぱり、やさしいおじいちゃんって感じだった?」
するとディルクは、ほんの少し懐かしそうな目で遠くを見つめた。
「そうですね、物腰の柔らかな人でした。私の父ベッセルロイアー公爵ともウマが合い、若い頃から酒を酌み交わす仲だったそうです。騎士として城へ上がられてからは、様々な王族の専属騎士としてお仕えしたそうですね」
「へえ、じゃあ人気者だったんだね。血は争えないわけだ」
「どういう意味ですか?」
「ディルクも王族の人たちの間で、すごく人気があるって聞いたよ。姫様たちは皆、あなたを自分の騎士にしたがってるみたい」
「そうですか……」
すると隣の騎士様は、なぜか押し黙ってしまった。片膝を立てて座り、きらめく湖を眺めているその姿は、まるで絵画から抜け出てきたかのよう。
(ホントなんでこんな人が、私の専属騎士になったんだろう?)
王様の話では、そもそも本人が希望したって言ってたよなぁ。でも、なんで?
「あのさ、ディルクはどうして……」
「シッ……お静かに」
緊張がはらんだ声音に、私の体は固まった。
「危ない!」
次の瞬間……私はディルクによって、芝の上に押し倒されていた。
頭上にはビイイイン、と震える棒が宙に浮かんでいる……こわごわと首を曲げて後ろを見やると、木の幹には長い矢がザックリ刺さっていた。
「ひっ、ひいいい!?」
「お怪我はありませんか」
ディルクの視線は、湖の対岸の茂みに向けられたまま動かない。
「……逃げたか。あの距離ではもう追いつけない……姫様、今日はこのまま城へ戻りましょう」
「う、ん……」
「怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
そう言ったディルクは、いつもより少しだけやさしそうに見えた。
怖かったよホント……だって、これって私を狙ったんだよね!? 正直私、涙目だと思う。
「い、一体何が起こってるの……」
「調査は城へ戻ってからです。今は私がついてますので、姫様はご安心ください」
頷いてみせるも、安心できるわけがない。向こうもそれを分かってて、でも敢えてお互い何も言わなかった。