(1) 年明けの新学期
季節外れでスイマセン。いちおう冬の物語となっておりますw
「エポック先生が入院!?」
「正確には入院ではなく、通院しているそうです」
めでたい新年を迎えてまだ三日目の本日、朝一番で舞い込んできたニュースはめでたさからかけ離れたものだった。なんでも私の勉強をみてくれているエポック先生が、年末の帰省中にぎっくり腰をやらかしてしまったらしい。
エポック先生は齢70歳のおばあちゃん先生だから、ものすごく心配。私の専属騎士ディルクの説明によれば、少なくとも一カ月は絶対安静だそうだ。
「お茶が冷めてしまいましたので、新しくいれなおしますわね」
私がぼうぜんとしていると、そばに控えていた侍女のヨリがまだ手をつけてないカップを片付け始めた。
「え、いいよ別に。もったいないから飲むよ」
「そんなこと、おっしゃらないでくださいな」
ヨリは苦笑しつつカップを下げてしまった。そんなに気を使ってくれなくてもいいのに。でもそういうこと言うと、ヨリはもちろん、特にディルクが嫌がるんだよね。
この春にはお城に上がって丸四年となる私ハンナ・ボーゼは、いちおう王様の血を引く姫君の末端(こういう言い方もうちの騎士様は嫌がる)なもんで、王宮の一角に住まわせてもらっている。
お城での生活は『しきたり』がたくさんあって、いまだにとまどうことも多いけど、ヨリをはじめ多くの侍女さんたちや護衛の兵士さんたち、ディルクを筆頭とする騎士様たちに支えられて毎日を送っている。ホント皆に感謝だなぁ。
今日はまだ年も明けて間もないということで、東の国出身のヨリが帰省土産に持ってきた『オセチ』っていう料理を試食していた。なんでも東の国では年明けに食べるんだって。ぱっと見はすっごくきれいなんだけど、黒い板みたいなのを巻いたぐにゃぐにゃした物体や、黄色いベトベトした固まりはなんだろう……試すのがこわい。
私があきらめて手にしたフォークをお皿に置くと、テーブルをはさんで立つディルクが「ところで」と切り出した。
「今回の一件もあったことで、当初の予定より早まりましたが、エポック殿には姫様の家庭教師を退任していただくことになりました」
「エポック先生やめちゃうの!?」
私は思わず椅子から立ち上がった。まさか、このままお城へ戻ってこないとか!?
「お城に上がってから、ずっとエポック先生に勉強みてもらってきたのに……このままお別れのあいさつも無しなんて、やだよ……」
「姫様のお気持ちはごもっともです」
なぐさめるような口調のディルクに、私はちょっと恥ずかしくなった。いちばんつらいのは痛い思いをしているエポック先生なんだし、きっと実家でゆっくり静養したいよね……私のはただの自分勝手なわがままだ。
でも待てよ……エポック先生がいない、ということは。
「次の先生見つかるまで、勉強はナシってこと?」
「残念ながら、そういうわけではありません」
……だよね。
苦笑いを浮かべると、隣に立つヨリがクスクスとしのび笑いをもらした。新しい先生はどんな人だろう? キビシイ先生じゃないといいなぁ……なんて考えていたら、ディルクがびっくりするような話を切り出した。
「エポック殿の後任が決まるまで、姫様には王宮学校に通っていただきます」
「王宮学校?」
「この王宮の敷地内にある学校です」
へー、ここに学校があるとは知らなかった。確かに王宮全体ってずいぶん広いから、とうぜん隅から隅まで知っているわけじゃないけど、まさか学校まで存在してたとはオドロキ。そしてふと、ある疑問が頭によぎった。
「そんな便利な場所があるのに、どうしてわざわざエポック先生に勉強みてもらってたんだろ私?」
「それは国王の第一親族、つまり王子並びに王女は、家庭教師について学ぶ『しきたり』ですので」
まーた『しきたり』か。お城ってホント『しきたり』が多いよなぁ。
「ただし例外として、適任者が見つからない場合、一時的に王宮学校へ通うことが認められています。姫様のケースもそれに該当しますので、今回このような話となったわけです」
「ふうん、そっかぁ。それで、いつからその学校へ通えばいいの?」
「明日からです」
「明日! また急だね!?」
「明日から冬の新学期が開始されます。中途半端な時期に編入されるより、授業についていきやすいのではないかと」
――じゃあ仕方ないか。いや、むしろ……。
「ちょっと楽しみかも」
私の言葉に、ディルクは軽く眉をあげただけだった。そしてヨリは興奮気味に「着ていくドレスを新調しなくては」と張り切りモードになった。
「いいよ、服なんてなんでも」
「いけませんわ、こういうことは最初が肝心なのです。姫様には姫様にふさわしい格好をしていただかなくては」
「わかったわかった、じゃあヨリにまかせるよ……でも学校かぁ」
学校なんて、お城に上がる前に通った町の小学校以来だ。聞くところによると、王宮学校に通うのはほとんど貴族の子供たちばかりだそうだ。話合うかなぁ。
――友だち、できるといいな。
その夜、私はドキドキしながら眠りについた。
一夜明けた翌日。
朝食をすませた私は、ヨリが用意してくれた真新しいドレスにそでを通した。着替えを手伝ってくれるヨリは、私の姿を見て満足そうにうなずいている。ドレスはほとんど黒に近い紺色だった。大きな三角形のえりには白いラインが二本あり、赤いスカーフのリボン飾りがついていた。
「なんだか変わったドレスだね」
「それは『セーラー服』というタイプのドレスですの。東の国の淑女は皆、このセーラー服を着て学校へ通うのですわ」
――淑女ってところは引っかかるけど、学校へ通うための服ならまぁいいか。
着替えを終えて応接間に戻ると、マント身に付けたディルクが待ちかまえていた。
「ご準備はよろしいですか」
「え、まさかディルクも一緒なの?」
「はい、学校までは私が送り迎えをいたします」
差し出された白い手袋に面食らった。学校行くのにわざわざ送迎付きなんて、大げさで恥ずかしいんですが。そんな私の気持ちとは裏腹に、騎士様は本気でついてくるつもりらしい。